まさにホップ、ステップ、ジャンプ ジム・ジャームッシュのアートフォームが確立された初期3部作

 昨年(2019年)5月の第72回カンヌ国際映画祭のオープニング作品として上映され、方々の話題と絶賛を呼んだ傑作ゾンビ・コメディ映画『デッド・ドント・ダイ』が公開延期を経てついに日本公開。不遜ながら、いきなり断言させてほしい。この監督、ジム・ジャームッシュの世界に通じるには、なにはともあれ初期3作を観なければ始まらない!と。

 学生映画の範疇で撮られた『パーマネント・バケーション』(1980年)。一般的なデビュー作にして画期的なマスターピース、その名を世界に知らしめた『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)。プロフェッショナルな充実が認められ、ファンに人気の高い『ダウン・バイ・ロー』(1986年)。そのテイクオフからの推移はまさしく「ホップ、ステップ、ジャンプ」の3段階。彼の個性が瑞々しい形で凝縮されており、独自のアートフォームが急速に確立されていく過程を追うことができる。順番にざっくり見ていこう。

『パーマネント・バケーション』(c)1980 Jim Jarmusch

 まずは「ホップ」。ニューヨーク大学(NYC)の大学院映画学科の卒業制作として撮られた長編第1作『パーマネント・バケーション』。15,000ドル(12,000ドル説もあり)の低予算、75分の16mmフィルムに収められたジャームッシュの原石。

 ある意味、「入門」という観点から言うとこれは上級編かもしれない。文字通りの粗削りな自主映画だが、随所に只ならぬ才能のきらめきが見られる。まもなく大成するが栄光の未来をまだ誰も知らない、ガレージバンドの自主制作盤といった趣だ。実はジャームッシュが本作をNYC主催の学生映画祭に出品した際、「こんなのは今までで最低の作品だ」と酷評を受けたという、むしろ大学側にとって黒歴史的なエピソードが残っている。

『パーマネント・バケーション』(c)1980 Jim Jarmusch

 主人公は16歳の不良少年アリーことアロイシュス・パーカー。演じるのは当時実際に根無し草の生活を送っていたクリス・パーカーで、これ以降の俳優経験は特にないはずだ。ポンバドールの髪型など50’s風のファッションで身を固めた彼は、眠れないままニューヨークの寂れた裏通りを歩き回る。

 ストーリー、と呼べるほどの起伏はない。要は「何も起こらない」。「永遠の休暇」というタイトルそのままに、放浪者として生きるアリーの2日半ばかりを淡々と綴って映画は終わる。取り留めのない散文詩のような調子で。

『パーマネント・バケーション』(c)1980 Jim Jarmusch

 遅れてきたビートニクといった風情のアリーは、気ままでありながらブルーにこんがらがった憂鬱さを纏っており、思わず「イキってんなあ」と呟きたくなる青臭さが微笑ましい。ジャームッシュの映画術に関してはまだ「スタイル未満」で、ユーモアも欠如している。だがそのぶん、この時期だけの二度と繰り返せない特別な輝きが刻まれた貴重なフィルムだ。アリーが一緒に住んでいる少女リーラのアパートにふらっと戻ってきて、狭い部屋でビー・バップのレコードをかけて踊るシーンの素晴らしさ。ラウンジ・リザーズのジョン・ルーリー(ジャームッシュの親友であり長年のコラボレーター)扮するサックス・プレイヤーが即興演奏を聴かせる夜の路上の美しさ。

 ちなみに劇中の映画館でニコラス・レイ監督の『バレン』(1960年)が上映されているが、レイはジャームッシュにとって師に当たり、彼が在学中にNYC映画学科で教鞭を取っていた。しかし残念ながらレイは『パーマネント・バケーション』の製作を開始する前日に世を去ってしまった。ちなみにジャームッシュは本作の製作費のために学費をつぎこみ、結局同校を卒業できなかったという愉快な後日談も残っている(北野武にとっての明治大学のように、学位は有名になってから特別授与された)。

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