学校と病院はサスペンスにうってつけ? 『シグナル100』『仮面病棟』など“閉鎖空間”が人気のワケ

 同様のことは、病院にもいえる。来院、入院では行動が制限され、医師や看護師のいう通りにしなければならない。一方、病院側は個人情報を厳格に扱わなければならない。教師と生徒の力関係、隠蔽体質になりがちな学校の運営と似たところが病院にはある。こちらに関しては、自身も医師である知念実希人の小説『仮面病棟』(2014年)が映画化されており、今年3月6日より公開される。凶悪犯が病院に立てこもり入院患者や職員が人質にされるが、病院側もなにかを隠しているという設定だ。事件に巻きこまれた当直医は負傷者を気遣いつつ、犯人と病院の狭間で必死に脱出しようとする。同作では、病院が閉鎖された危ない空間になる。

『仮面病棟』(c)2020 映画「仮面病棟」製作委員会

 学校と病院の類似性を踏まえると、冲方丁の同名小説(2016年)を映画化した『十二人の死にたい子どもたち』(2019年)も興味深い。安楽死で集団自殺をしようとした少年少女たちが、廃業した病院に集まる。ところが、部屋にはすでに少年1人の死体が横たわっていた。誰が殺したのか、自分たちはこのまま計画を実行してもいいのか、未成年者たちの議論が始まる。

 教室で行うホームルームを病室で開いているような異様な状況だ。冲方丁の原作には、発想のヒントを与えられた先行作があった。アメリカで1954年にテレビドラマとして放映された後、1957年に映画へリメイクされた『十二人の怒れる男』である。同作は、父親殺しの容疑をかけられた少年の罪の真偽に関し、陪審員たちが議論し評決に至るまでを追う物語だった。法廷という裁きの場もまた、緊張感あふれる閉鎖空間なのである。『十二人の死にたい子どもたち』の未成年者たちも、なりゆきから陪審員的な立場になってしまうのだった。

『十二人の死にたい子どもたち』(c)2019「十二人の死にたい子どもたち」製作委員会

 裁きと閉鎖空間ということでは、アガサ・クリスティの傑作ミステリー小説『そして誰もいなくなった』(1939年)が後世に残した影響も大きい。同作では外界と行き来できない孤島に集められた10人が、童謡の詩をなぞる形で次々に殺される。10人のなかに犯人がいるのではないかと互いを疑うが、書名通り、全員が消されていく。信じる正義を実現するため、逃げ場のない島で自分の裁きを下したというのが、事件の動機だった。

 『そして誰もいなくなった』はたびたび映像化されており、日本でも2017年に長坂秀佳脚本でドラマ化された。同作に限らず、嵐の孤島や雪の山荘など、逃げ場のない閉鎖空間(クローズド・サークル)で連続殺人が起きる設定は、ミステリーの分野では昔から定番になっている。近年の日本で最もヒットしたこのパターンの物語といえば、第27回鮎川哲也賞を受賞しベストセラーになった今村昌弘のデビュー小説『屍人荘の殺人』(2017年)だろう。

『屍人荘の殺人』(c)2019「屍人荘の殺人」製作委員会

 大学のサークルで訪れた合宿先が、異様な事態の発生によって閉鎖状況になる。そこで不可能なはずの密室殺人が発生し、死が相次ぐ。若者たちの集団という意味では学校的な状況であり、犯人の動機が裁きである点ではそこが身勝手な法廷と化しているのでもある。また、ネタバレになるから遠回しに書くが、合宿先周辺で治療が意味を持たない異変が起きるのは、病院を裏返しにした設定ともいえる。病院は人体を管理するが、物語の舞台ではその種の管理が不能になるのだから。

 あらためてみると『屍人荘の殺人』は、学校、病院、法廷というこのジャンルの要素をよく組みあわせて発想されていた。根強い魅力がある閉鎖空間ミステリーはこれからも多く作られるだろうが、定番のパターンであるだけにどのように演出して新味を加えるのか、工夫が必要である。作品の発想自体が閉鎖空間に閉じこめられないように、大胆な作品を期待したい。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『ディストピア・フィクション論』(作品社)、『意味も知
らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)、『戦後サブカル年代記』(
青土社)など。

■公開情報
『シグナル100』
全国公開中
主演:橋本環奈
出演:小関裕太、瀬戸利樹、甲斐翔真、中尾暢樹、福山翔大、中田圭祐、山田愛奈、若月佑美、前原滉、栗原類、恒松祐里、中村獅童
原作:宮月新・近藤しぐれ『シグナル100』(白泉社・ヤングアニマルコミックス)
監督:竹葉リサ
脚本:渡辺雄介
配給:東映
(c)2020「シグナル100」製作委員会
公式サイト:signal100.jp
公式Twitter:@Signal100_Movie

『仮面病棟』
3月6日(金)全国公開
出演:坂口健太郎、永野芽郁、内田理央、江口のりこ、大谷亮平、高嶋政伸
監督:木村ひさし
原作:知念実希人『仮面病棟』(実業之日本社文庫)
脚本:知念実希人、木村ひさし
脚本協力:小山正太、江良至
音楽:やまだ豊
主題歌:UVERworld「AS ONE」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
製作プロダクション:ファインエンターテイメント
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 映画「仮面病棟」製作委員会
公式サイト:kamen-byoto.jp

『屍人荘の殺人』
全国公開中
出演:神木隆之介、浜辺美波、葉山奨之、矢本悠馬、佐久間由衣、山田杏奈、大関れいか、福本莉子、塚地武雅、ふせえり、池田鉄洋、古川雄輝、柄本時生、中村倫也
監督:木村ひさし
脚本:蒔田光治
原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社刊)
製作:「屍人荘の殺人」製作委員会
製作プロダクション:東宝映画、ドラゴンフライエンタテインメント
配給:東宝
(c)2019「屍人荘の殺人」製作委員会
公式サイト:shijinsou.jp/
公式Twitter:@shijinsou_movie
公式Instagram:@shijinsou_movie

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