『花と雨』が描く音楽と人の親密な関係 細部にまで込められたヒップホップへのリスペクト

 そして、本作の見どころのひとつが笠松が初挑戦したラップだ。今回、笠松はラッパーの仙人掌からコーチを受けた。とくに「花と雨」に関しては特訓を重ねて、仙人掌から口の開け方や言葉の発し方などを細かく教えられたという。その甲斐あって本番で一発でOKを出した「花と雨」を歌うシーンは、吉田が大きな痛みを盛り超えてSEEDAとして成長したことを告げる本作のハイライトだ。また、個人的に印象に残ったのが、吉田が友人と街を歩きながらラップする姿を長回しで撮影したシークエンス。撮影時は現場で起こることに即興で反応してながらラップをしていたそうだが、そこに漂う空気感を通じて彼らとヒップホップの親密な関係が伝わってる。

 そのほか、自宅のクローゼットで吉田がラップを吹き込む姿、ラッパーとトラックメイカー(ラップを乗せるトラックの制作者/作曲者)との関係、レーベルの舞台裏など、ヒップホップをめぐるディテールを物語にさりげなく織り込んでいて、作り手側のヒップホップに対するリスペクトをしっかりと感じさせる。だからこそ、ヒップホップ好きにはもちろん、ヒップホップを誇張されたイメージでしか捉えていない初心者にこそ見て欲しい作品だ。そして、さらに本作は青春映画としてのリアルさも併せ持っている。

 自分が本当にやりたいことがわからないまま、傷だらけになって迷走する吉田の姿を、余計な説明やセリフを削ぎ落して鮮烈な映像で描き出す語り口は、土屋が本作を作るうえで刺激を受けた『ムーンライト』や『神様なんかくそくらえ』に通じるところもある。そして、そのなかで笠松は吉田というキャラクターを完全に自分のものにして、強烈な存在感を放っている。笠松は「これまで自分なりに試してきた演技の集大成」と断言しているが、本作は間違いなく彼の代表作になるだろう。映像という舞台を用意した土屋がトラックメイカーなら、肉体と言葉を通じて物語を熱く語った笠松は役柄そのままにラッパー。二人の個性が激しくぶつかることで、『花と雨』は映画でも「名曲」になったのだ。

■村尾泰郎
音楽と映画に関する文筆家。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などの雑誌や、映画のパンフレットなどで幅広く執筆中。

■公開情報
『花と雨』
2020年1月17日(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
出演:笠松将、大西礼芳、岡本智礼、中村織央、光根恭平、花沢将人、MAX、サンディー海、木村圭作、紗羅マリー、西原誠吾、飯田基祐、つみきみほ、松尾貴史、高岡蒼佑
監督:土屋貴史
原案:SEEDA、吉田理美
脚本:堀江貴大、土屋貴史
音楽プロデューサー:SEEDA、CALUMECS
製作:藤田晋・中祖眞一郎
制作プロダクション: P.I.C.S.
配給:ファントム・フィルム
(c)2019「花と雨」製作委員会
公式サイト:Phantom-film.com/hanatoame/

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