『ダウントン・アビー』と『エルカミーノ』は、劇場映画産業の“救世主”と“天敵”に?

 1988年『X-ファイル ザ・ムービー』に2008年『セックス・アンド・ザ・シティ』と、ご長寿ドラマの劇場版ヒットは今までも存在してきた。しかしながら、かつてとの違いは、業界における“需要”だ。現在、ストリーミング・サービス等に押される劇場映画産業は「IP」偏重時代にある。「IP」とは知的財産権を指すが、この場合、2019年グローバル興行収入の多くを占めるディズニーやスーパーヒーローといった強力なブランド及びキャラクター(それを駆使する映画作品)を指す。一方、そうしたブランドを持たぬ劇場配給作品は、低予算かつ低リスクに走っている。近年のアメリカ市場では、ホラー・ジャンルや、女性、アフリカ系、ヒスパニック狙いのコスト・パフォーマンスが注視されているようだ。ただし、そのなかでもリスクを孕む作風は忌避される上、魅力を伝えるためのマーケティング・コスト問題によって廃業を考える配給サイドの苦境がWashington Timesにて報告されている(黒人/ラティーノ女性リードとくくれる作品でも、ジェニファー・ロペス主演『Hustlers』はヒットしたが、ヴィオラ・デイヴィスの『ロスト・マネー 偽りの報酬』は興行的失敗に終わった)。この状況下、『ダウントン・アビー』は、素晴らしい可能性を示した。巨大ファンベースを抱える強力な「IP」とも言える人気TVドラマ原作の劇場映画は、低リスク低予算で高い収益を狙える。今日の劇場映画産業からすれば“救世主”のような存在だろう。『ダウントン・アビー』クリエイターは続編映画も視野に入れており、ついで、2020年にはHBOの歴史的ヒット作『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』劇場版が公開予定だ。2010年代は、映画界とTV界の境界が融解した時代とされるが、次なるディケイドは、双方のコンビネーションがさらに増えていくかもしれない。

「『エルカミーノ』が『ブレイキング・バッド』ファン以外にヒットする可能性は低いだろう。しかしながら、ほぼ全てのファンがこの映画で欲しいものを得る」(アニ・バンドル、NBC Newsより)

 『ダウントン・アビー』の劇場版はファン以外も楽しめる仕様だったようだが、Netflix配信を機に人気を爆発させた『ブレイキング・バッド』の続編的映画『エルカミーノ』は対極に位置している。これはクリエイターのヴィンス・ギリガンがシリーズ・ファンに宛てたギフトのごとき作品なのだ。公開前から溢れんばかりのプロモーションを放出した『ダウントン・アビー』と異なり、トレイラー等の事前情報は最小限にとどまっていた。加えて、舞台アルバカーキ含む68カ所で限定公開はされたものの、基本的にはNetflix配信の「テレビジョン・イベント」と称されている。本編にしても、既存エピソードを観ていないと登場人物が何者かわからない状態だ。ファン主義にこだわり説明を排した『エルカミーノ』は、伝統的な大規模シアター展開が望まれる構成ではないだろう。だからこそ、ストリーミングが牽引する「Peak TV」時代ならではの作品と言えるかもしれないし、裏返せば、その存在は、劇場映画文化を侵しゆく“天敵”的存在なのかもしれない(アメリカの大手劇場チェーンとNetflixの関係は良好と言えず、今年は『アイリッシュマン』事前公開交渉が破断に終わったと報じられている)。

 しかしながら、個人的に興味深い点は、「21世紀の西部劇としてのドラッグ・クライム劇」の頂点とされる同シリーズが新たな輝きを見せたことだ。『エルカミーノ』は、かつてハリウッドの中心で輝いた西部劇を喚起させる内容になっており、ある種、その伝統文化を継承してアップデートさせている。ビジネスが文化にもたらす影響は大きいが、その一方で、アートとは現実の軋轢を越えて交差し進化していくものなのだろう。

参考

・https://www.nbcnews.com/think/opinion/downton-abbey-movie-succeeds-following-formula-perfected-tv-series-ncna105708
https://www.thedailybeast.com/downton-abbey-becomes-highest-rated-pbs-drama-of-all-time
https://www.emmys.com/shows/downton-abbey
https://deadline.com/2019/09/downton-abbey-rambo-last-blood-ad-astra-hustlers-weekend-box-office-1202739525/
https://www.boxofficemojo.com/movies/?id=rambolastblood.htm
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-09-24/PYB5Q26S972801
https://www.hollywoodreporter.com/news/irishman-netflix-books-broadway-s-belasco-theatre-1245686

■辰巳JUNK
ポップカルチャー・ウォッチャー。主にアメリカ周辺のセレブリティ、音楽、映画、ドラマなど。 雑誌『GINZA』、webメディア等で執筆。
ブログ:http://outception.hateblo.jp/
ツイッター:https://twitter.com/ttmjunk

■公開情報
『ダウントン・アビー』
2020年1月10日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督:マイケル・エングラー
脚本:ジュリアン・フェローズ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジム・カーター、ミシェル・ドッカリ―、エリザベス・マクガヴァーン、マギー・スミス、イメルダ・スタウントン、ペネロープ・ウィルトン
配給:東宝東和
スコープサイズ/ドルビーデジタル/2019年/イギリス・アメリカ/原題:Downton Abbey/字幕翻訳:牧野琴子
(c)2019 Focus Features LLC and Perfect Universe Investment Inc.
公式サイト:downtonabbey-movie.jp

■配信情報
Netflix TVevent『エルカミーノ: ブレイキング・バッド THE MOVIE』
独占配信中
Netflix:https://www.netflix.com/jp/

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