『真実』宮本信子×宮崎あおい×是枝裕和監督が語り合う、吹替版制作の裏側と初挑戦で感じたこと

宮崎「声を録る前日に意識を変えた」

(左から)是枝裕和、宮本信子、宮崎あおい

ーー是枝監督はお二人の吹き替えに関して何か指示はされたんですか?

是枝:あまり本人たちにはめすぎなくて大丈夫ですという話だけしました。自分を消しすぎないようにと。宮本さん、台本にすごい線や書き込みがありましたね。

宮本:ふふふ(笑)。どの仕事でもそういう風にしているんですけど、今回一番困ったのは、収録までに準備する時間があまりなかったことですね。でも、私なりに一生懸命やらせていただきました。

ーー宮崎さんはどのように役作りを?

宮崎:それこそ是枝さんとお会いした時に、「はめてやらなくていい」とおっしゃっていたので、もっと、自由にやっていいんだというのは、声を録る前日に意識を変えた部分でした。

ーー直前に変えたと。

宮崎:やっぱり、ビノシュさんがどういう表情でどう話しているのか、この表情をする時にはこういう喋り方をするんじゃないかというイメージを湧かせるくらいしか準備ができなかったので……。でも、それをしすぎてしまうと、感情ではちょっと違う部分が多くなってしまう。なので、もうちょっと真っ白な気持ちで挑もうと切り替えました。それまでは、とにかく何回も何回も観て、どんな表情でセリフを言っているか、少しでも心と頭にビノシュさんの表情を置いておこうと思って、繰り返し観る日々だったので。

宮本信子

ーー宮本さんも宮崎さんも過去にアニメーション映画の声優を務められていましたが、やはり実写の吹き替えは違うものですか?

宮本:私がやらせていただいた『かぐや姫の物語』の場合は、プレスコといって、先に声を収録して、それに合わせて絵を作っていく方法だったので、ストレスがありませんでした。出来上がった絵に対しても、「もうちょっとこうじゃないかしら?」と意見を言わせていただくと、高畑(勲)監督も考えてくださって、実際に顔も変わったりしたものです。そういう意味では、今回は真逆ですよね。私が芝居をするわけではなく、既に完成された芝居に声だけ吹き込むわけですから。

一同:(笑)

宮本:責任もありますし、難しかったですね。だからこそもう、本当に必死になって作品を観ました。あおいちゃんもそうだと思うんですけど、とにかく観て、どの場面でも声がパッと出てくるようにしました。私もフランス語を喋っているような(笑)。長年俳優をやってきましたが、初めて感じる難しさでした。

是枝:ファビエンヌは言葉の数が多いですし、しかもドヌーヴさんが早口なんですよ。

宮本:そう! そうなのよ(笑)。

是枝:だから本当に大変だったと思います。フランス人の方に聞くと、ドヌーヴさんのリズムは独特で、短い時間の中でたくさん喋れるというのが特徴らしいんです。宮本さんには大変な仕事をお願いしました(笑)。

宮本:勉強になりましたよ(笑)。日本語の早口で言うと、そこでまた一つ性格の色がついちゃうみたいな。だから、音に追っかけられているような感覚で、本当に難しかったです。なかなか面白い経験というか、勉強させていただきました(笑)。

ーー宮崎さんはいかがでしたか?

宮崎:私が過去に参加させていただいたアニメーション映画は、もう絵ができているものだったので、また違う経験になるのかなと思うんですけど、今回は、映っているのは人間なので、同じタイミングで呼吸をしているわけなんですよね。アニメーションの場合は、どうしてもギュッとしてる瞬間が多くて、出しにくい声があったりするんですけど、今回はあまりなかったので、呼吸を合わせる感じで楽しくできました。アニメーションと吹き替えを比べると、こんな違いがあるんだというのは、今回初めて実感したことですし、宮本さんがおっしゃっていたように、完成した作品に、自分がこのような形で参加させていただくことの責任感はすごく感じました。

是枝:僕としては、今回お二人の収録に立ち会っていないので、もちろん不安もあったんです。キャスティングは自分で選ばせていただいたわけですが、アンサンブルでどう聞こえるかは、やっぱり仕上がったものを観てみないとわからないわけです。結果的に、皆さんの声の響きの違いがすごく調和して聞こえてきたので、とてもよかったです。

ーー同じ女優として、カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュの演技に対して、「自分だったらこうする」みたいなことを考えたりはしましたか?

宮本:それはもちろんあります。それがなかったら女優はやっていないと思います。今回に関しては“声”だけなので、どう表現したらいいのかはものすごく考えました。

是枝:宮本さんとの最初の打ち合わせの時に、ファビエンヌの新聞記者に対しての物言いのシーンで、ドヌーヴさんがややフラットにやっているのを、宮本さんは「もう少し抑揚をつけてもいいかしら」とおっしゃって。それは、ぜひそうしてくださいとお願いしたんですよね。

宮本:そうですね。「大丈夫です、やってください」とおっしゃっていただけたので、その一言で「もう少し自由にやらせていただいていいのかしら」と思ったんです。もし、「いや、そうじゃないです。フラットにやってください」と言われたら、また違うかたちになっていたと思うので、そう言っていただけて嬉しかったです。

ーー宮崎さんは何か監督に確認されたことはあったりしたんですか?

宮崎:最初に「なぞらなくていいです」とおっしゃっていただけたので、あまり伺うことはなく、とにかく何度も観て勉強しようと思いました。

是枝:すいません、丸投げで(笑)。

宮崎:いえいえ(笑)。

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