『お嬢ちゃん』で魅せた名演 萩原みのり、ガールズジェネレーションを牽引する新世代の女優に

 実を言えば、萩原みのりは既に4年前、18歳の時にある一人の女性監督に出会っている。2014年の伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞を史上最年少で受賞した一人の女子高校生は、大学受験を終えたその1年後に「高橋名月」という弱冠18歳の新人映画監督となり、自らの受賞脚本『正しいバスの見分けかた』を25分の短編映画として群馬県で撮影する。出演者は中条あやみ、岡山天音、葉山奨之、そして萩原みのり。高校生たちによる関西弁の静かな話し言葉だけで構成されるこの会話劇は、後に中条あやみが出演することになる『セトウウツミ』の映画やドラマよりも先に脚本が書かれ、撮影されている。

 それは一言で言えば透明な川の水を撮るように、流体力学のようなコミュニケーションだけを撮影した映画であり、ボーイミーツガールとガールミーツガールが交差する新しい世代の、たった25分の青春映画である。後にスターダムに駆け上がっていく中条あやみたち4人の若き日を記録した記念碑的な作品でありながら、25分という上映時間のネックで一般公開されないまま4年間眠り続けていた映画は、この夏に新宿シネマートで限定公開された。そこで22歳になった高橋名月監督に終映後のロビーで聞いたところでは、萩原みのりは中条あやみの関係者から「事務所は違うのだが、とても演技が上手い子がいる」と紹介されてキャスティングされたのだそうだ。実際に萩原みのりはこの映画で、愛知県出身ながら短期間に習得した関西弁を駆使して暴走族の妹「中島さん」を見事に演じている。この映画のあと、中条あやみはスターダムに駆け上がり、高橋名月監督は日大芸術学部で大学生として映画を学ぶ。そして萩原みのりは本人が語るように迷いの日々を送る。たぶんその日々は彼女の演技のボキャブラリーを深めたのだが。

 『お嬢ちゃん』新宿K'sシネマの舞台挨拶の終わりに、観客を見送る萩原みのりに『正しいバスの見分けかた』について質問すると、彼女は意外そうな顔で今回の役を演じる上では特に意識をしなかったと答えた。だが僕には『正しいバスの見分けかた』で彼女が演じた人物、中条あやみが演じる心身に不調を抱えて宇宙人を目撃する少女・鮫島に不思議な距離感で寄り添い、「おおむねええ人やで」と表現される「中島さん」は、この映画の「みのり」とどこか通じているように思えた。萩原みのりは、18歳の自分を同い年の女性監督がたった2日間で撮影したあの美しい25分間の映画を、女優を辞めようかと悩んだ期間に思い出しただろうか。同性の心の影に寄り添う「中島さん」は、彼女の女優としての将来を予言していたように見えるのだが。そしていつか、かつて18歳だった監督と女優が再び映画を撮影する日は来るのだろうか。

 新しい書き手たちが新しい語彙に出会い、新しい文章を書き始めている。ガールズジェネレーション、新しい女優と新しい女性監督の時代がそこまで来ている。蝶のように舞いハチのように刺す(Float like a butterfly, sting like a bee. )、と言ってのけたカシアス・クレイ、後にモハメド・アリと名乗ることになる若き挑戦者は、その名台詞を吐いた直後の試合で、王者ソニー・リストンの史上最強と言われたハードパンチを変幻自在のフットワークでことごとく空を切らせ自滅させる。それはボクシングが強さとタフさを競う男らしさの決闘から、フットワークとスピード、そして戦略のゲームへと転換する歴史的な転換点となる試合だった。そのよく知られた挑戦者の名台詞の後には、実は続きがある。”Your hands can't hit what your eyes can't see.”お前の手は、お前の目に見えないものを殴ることができない。

 僕たちの目には、高橋名月や萩原みのりたち、新しい世代がたぶんまだよく見えていない。でも彼女たちの世代には、きっと僕たちのことがよく見えているだろう。そしていずれ彼女たちの作る映画が僕たちを打ち抜くとき、ようやく僕たちにも彼女たちの姿が見えるはずだ。「俺は混沌の代理人だ(I'm an agent of chaos)」というのは映画『ダークナイト』でヒース・レジャーが演じるジョーカーが吐いた映画史に残る名台詞なのだが、言うまでもなく、混沌は男性の側にだけ存在するわけではないのだから。

■CDB
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■公開情報
『お嬢ちゃん』
新宿K’s cinemaにて公開中
監督・脚本:二ノ宮隆太郎
プロデューサー:市橋浩治
出演:萩原みのり、土手理恵子、岬ミレホ、結城さなえ、廣瀬祐樹、伊藤慶徳、寺林弘達、桜まゆみ、植田萌、柴山美保、高岡晃太郎、遠藤隆太大、津尋葵、はぎの一、三好悠生、大石将弘、小竹原晋、鶴田翔、永井ちひろ、高石舞 島津志織、秋田ようこ、中澤梓佐、カナメ、佐藤一輝、中山求一郎、松木大輔、水沢有礼、高橋雄祐、大河内健太郎
製作・配給:ENBUゼミナール
2018 年/130分/スタンダード/カラー/モノラル
(c)ENBUゼミナール
公式サイト:http://ojo-chan.com/

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