『帰れない二人』ジャ・ジャンクー監督のこれまでを辿る冒険に 背景に描かれる中国の変化とは

 物語の中では17年の時を経て、チャオとビンが別れと再会を繰り返す様子が淡々と運ばれていく。奇しくも昨年本作が出品されたカンヌ国際映画祭では、同じコンペティション部門にポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ監督が手がけた『COLD WAR あの歌、2つの心』が出品されていたが、同作も戦後15年の歳月をかけた男女の付いたり離れたりの恋愛模様と、その背景で社会情勢が移りゆく様が描写されていた。もっとも、このような映画の作り方というのは決して珍しいものではないのだが、『COLD WAR』でのワルシャワとパリとの距離と、『帰れない二人』での大同と奉節との距離が共に1500キロ強で一致するというのは興味深い。しかも、前者は間にいくつもの国を挟んでいるにもかかわらず、後者は同じ国の中で完結しており、それぞれの地域の特色と両者の間にある2年という時間の差があまりにもドラマティックに変貌を遂げる。

 こうした21世紀に入ってからの中国社会のめまぐるしい変化の裏にあったのは、劇中と同時代に開催が決定した北京五輪の存在が大きいことはいうまでもない。それでも劇中では五輪という存在にはっきりと言及されることなく、あたかもそれが市井の人々には直接的に関係がないものであるかのようにひっそりと影を潜めている。その代わりに、彼らが生きる上で必要不可欠な“水”と“火”を用いて、変化してゆく社会と人間関係が表現されていくことになる。

 2001年の大同は環境保全の目的によって火力発電が衰退していくことで重要な資源である石炭が価値を落として町全体が活気を失っていく。自然の産物である活火山を背景にした対話と、銃という火器の存在によって主人公二人の関係が崩壊していき、そして大きな桶は中に酒を入れて仲間同士で契りを交わす役割を果たす。一方で2006年に時代が移ると、奉節では推し進められた水力発電によって歴史ある町がダムの底へと沈んでいく。人工物の三峡ダムを背景に、ペットボトルに入った水というアイテムが人を殴打する道具となり、列車の中で偶然出会った男性と手を繋ぐ役割も果たす。こちらで大きな桶の中に入るのは、厄落としのために燃やされた新聞で、二人の二度目の別れの印象をより強くしていく。

 すると物語は、あっという間に北京五輪の時代を飛び越え、あらゆる変化が完了したかのように近代的な2017年へと到達してしまう。何時間もかかって移動していた鉄道は高速化し、携帯電話もスマートフォンの時代へと突入するのだが、大同の町のいたるところには17年前のままの姿が点在しており、そこはかとない物哀しさを生み出す。おもむろに街頭に設置される監視カメラは、2022年に北京で行われる冬季五輪に向けた“さらなる変化”が中国の国内で動き始めていることを示唆しているのだろうか。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『帰れない二人』
Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国公開中
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
撮影:エリック・ゴーティエ
音楽:リン・チャン 
出演:チャオ・タオ、リャオ・ファン、ディアオ・イーナン、フォン・シャオガン
提供:ビターズ・エンド、朝日新聞社
配給:ビターズ・エンド
2018年/135分/中国=フランス/英題:Ash is Purest White
(c)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved
公式サイト:www.bitters.co.jp/kaerenai

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