『いだてん』上白石萌歌が語る、偉人・前畑秀子との同化 「水泳にかける思いもリンクするように」

 田畑政治がいなければ日本水泳界の今はなかった

ーー阿部さんとの共演はいかがでしたか?

上白石:阿部さんは役の方から阿部さんに染まっていく感じがしています。何をしていてもものにしてしまうし、台本が見えないし、本当に阿部さんの体とか口から出た言葉、動きという感じがするので、役が生きているってこういうことなんだなってすごく思いました。田畑さんは見ていて面白いですし、人間味があって、チャーミングな役ですよね。

ーー田畑との共演エピソードはありますか?

上白石:全編を通して2回、阿部さんを水の中に落としているんですよ。泳ぎ終わった後に田畑さんから「前畑よく頑張った!」って手を差し伸べられてそこから引きずり落とすっていうのと、ベルリン前にももう一度水に落とすシーンがあって。台本を読んでいてもそんなに激しいことは起こらないだろうと思っていたし、どちらも落とすつもりはなかったんですけど……(笑)。「『ガンバレ』って言えばいいんだろ」ってセリフもあるくらいに秀子も「ガンバレ」っていう言葉をあまり面白くは思っていないというのもあり、気持ちがすごく乗って阿部さんを水の中に叩き落としてしまいました。

ーー前畑は田畑をどのような目線で見ているのでしょう?

上白石:私が演技の中で、男女(おとこおんな)って言葉をかけられた時は、そんなに嫌な感じはしなかったんです。相手が阿部さんというのもあると思うんですけど、私はその当時の女性に対して「男も女も関係なくあなたは強いよ」って言ってくれたように私は受け取っていて。田畑さんは一見口も悪いし、何を言っているかよく分からないし、すごくコミカルな人物なんですけど、誰よりも水泳を愛している。ヒトラーと言葉は通じなくても体で会話をして、日本の水泳を引っ張っていこうという思いを端々に感じていたので、ああいう人物でなければきっと日本の水泳はここまで行っていなかったんじゃないかと思います。

ーーベルリンオリンピックで前畑は金メダルを獲得します。前畑に注がれる「前畑ガンバレ!」は有名です。

上白石:「前畑ガンバレ!」って言葉を日本から浴びるように受け取っていた彼女は、それをプレッシャーに感じていたこともあったと思うんですけど、日本から届く電報とか、生の声がそのまま彼女の活力になっていたんだろうなと。日本人選手団は1日で声を枯らしてしまうくらいにたくさん声を届けてくれて、それは泳いでいる最中も、顔を上げた瞬間に一気に耳にぶわっと入ってくるくらいで、その声援は心強かったんだと思います。

ーー「前畑ガンバレ!」はトータス松本さん演じる河西三省アナウンサーの名台詞ですね。

上白石:前畑さんは和歌山県出身の方で橋本(市)に住んでいた方なので、この役をやると決まって現地に行きたいなと思い、1日お休みをいただいて前畑秀子記念館に足を運びました。その中に当時のレコードがそのまま残っていて、聞かせていただいて、その当時ってA面で3分か4分くらいが限界で、その中に収まるくらいの速さで泳いでいたんだなって思うと本当にすごいことですし、それが印象的でした。

ーー上白石さんは前畑に向けられた「ガンバレ」という言葉について、どのように感じていましたか?

上白石:私は「ガンバレ」という言葉はプラスにしか受け取ったことがなかったんですけど、「『ガンバレ』のほかに何かないの?」というセリフがあったりするくらい、当時の前畑さんはガンバレしか言われない時期があって。「ガンバレ」という応援の言葉もマイナスに変わってしまうくらい追い詰められていたんだと思います。ロサンゼルスオリンピックでは実況放送ができなかった河西さんが「4年後はちゃんと実況放送できるように頑張ります」って言っていたのに、その4年後は「ガンバレ」としか言えなくて。でも、日本中が秀子の泳ぎに、一瞬も目を離さずに心から応援していた気持ちが声になっていたのが「ガンバレ」だと思うので、それはそれで素敵だなと思います。

(取材・文=渡辺彰浩)

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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