『いだてん』に詰まったあらゆる“初めての一歩” 宮藤官九郎は戦争とどう向き合うのか
語り口はどう変わっていくか、戦争の時代をどう描くのか
「ストックホルム編」は、ある意味、日本版『炎のランナー』だったと思う。競技の内容や結果のみに左右されることなく、その人が歩んできた「人生そのもの」を深く見つめる。この金栗四三をめぐるドラマは、まさに知っておくに越したことはない胸を揺さぶるものだ。そして彼は1912年のストックホルムのみならず、12年後のパリにも出場している。つまりアカデミー賞を受賞した名作『炎のランナー』の大舞台にてランナーたちが死力を尽くすそのすぐ近くで、四三もまた同様に国の威信をかけて走っていたのである。
このあたりがどう描かれるのかも気になるが、まずは始動したばかりの「第2章」に注目したい。ここではストックホルムでの敗退を大きな材料として、帰国後の四三がスポーツ教育や人材育成に様々な提言を投げかける姿が描かれる。女性スポーツの台頭も大きな鍵を握っていくらしい。つまりこれまで以上に「初めての一歩」を踏み出すキャラクターたちでワチャワチャと賑わうことは確実。一方、日本にも世界にも、戦争の足音が忍び寄ってくる。その時、スポーツはどのような局面を迎えるのか。さらにはクドカン自身が戦争という題材をいかなるタッチで描くのかも非常に気になるところだ。
兎にも角にも『いだてん』は古今亭志ん生(ビートたけし/森山未來)の語り口に乗せて、あっちこっちへと時代が飛ぶ。それで観ている方も相当疲れる。だがこれは心地よい疲れだ。そもそも歴史が線形に語られるべきものだなんて誰が決めたのか。それは単なる固定観念に過ぎない。むしろ自分(視聴者)に対して歴史が同時多発的に訴えかけてくる姿の方が、ある意味、正しいのかもしれないなとふと思ったりする。これもクドカンが今回のドラマを通して教えてくれたことだ。
やがて志ん生の喋る「今=1960年」に近づくにつれ、語り口はうねる。さらに1964年の東京オリンピックに向けてドラマのスタイルも変容していくに違いない。鍵となる落語『富久』の内容も一度しっかりと頭に入れておいたほうがいいのかも。ゼロからイチを生み出す稀代の脚本家が、金栗四三の「スッスッハッハッ」というリズムを超え、いかなるルール破りの大跳躍を見せてくれるのか。クドカンは筆が乗り始めるともう止まらなくなるタイプの書き手だ。我々もまた、沿道に出てこの長丁場のマラソンを精一杯応援せねばなるまい。などとスポーツとは全く縁のなかった私がいつしかこんなことを言い出すのだから、一本のドラマは本当に人を変えるのである。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。
■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ/綾瀬はるか、生田斗真、杉咲花/ 森山未來、神木隆之介、橋本愛/杉本哲太、竹野内豊、 大竹しのぶ、役所広司
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/
写真提供=NHK