色彩とジブリ作品の関係性とは? 三鷹の森ジブリ美術館「映画を塗る仕事」展を小野寺系がレポート
『となりのトトロ』の異様ともいえる完成度の高さの理由は、これがかつて高畑、宮崎コンビによる傑作『パンダコパンダ』(1972年)の要素の多くを引き継いでいることで、部分的に説明がつく。明快で楽しい、そしてほろりとさせる娯楽作のベースに、新たに人間と自然の関係という現代的テーマ、男鹿和雄による美術や、豪華な作画スタッフによる、より繊細な職人的技術を加えることによって、『となりのトトロ』は、明快な楽しさを保ったままで、あらゆる部分において奥行きを増した『パンダコパンダ』強化版になっている。
美しく描き込まれた背景が自然の条件によって変化を見せるのと同じように、キャラクターたちも時刻によって、その色が変貌する。「映画を塗る仕事」展では、日中のノーマルな色指定、黄昏色、夕方色など、微妙な時間の違いによって細かく色が選び直されていることが分かる。暗くなるのに従ってただそのまま色の彩度が落ちていくのでなく、例えば夕方から灯がともる時間に変わると、ネコバスの色に本来なかったグリーンが混じる。こういう工夫によって、キャラクターがそれぞれの場面でより美しく映えるように、観客の感情を揺さぶる効果を与えるのだ。
よりリアリティを重視して色を選ぶ高畑監督に対して、宮崎監督は現実の色味よりも鮮やかな色彩を好むということも、展示内容で確認できる。それが好対照を成したのが、このときの『火垂るの墓』、『となりのトトロ』同時上映だった。
駅の構内で、親を失った少年が便にまみれながら衰弱死するところを、行き交う大人たちが助けようとせず通り過ぎるという痛ましい『火垂るの墓』のオープニングは、当時駅舎で実際に見られた、浮浪孤児たちが死んでいく光景を、原作や資料などをもとに再現したものだ。その悲惨さを克明に表現するために、色彩を含めて真に迫るリアリズムが不可欠であった。
対して『となりのトトロ』は、母親が入院して寂しい思いをする姉妹の心情や奇跡を、ファンタジックに描く作品だ。不思議ないきものトトロとの出会いや、魔法のような出来事など、どこまでが現実でどこまでが姉妹の創造したまぼろしなのかが曖昧な位置に置かれた物語は、空想力が人間を助けてくれるというテーマを負っているように感じられる。色彩もそれによって、やはり現実よりも輝いていなければならない。
宮崎監督は理想化された世界を描くことで子どもたちに仰ぎ見るような希望を与え、高畑監督はより現実的な世界を描いて、子どもたちの足元と地続きな希望を用意する。後年になってその違いはさらに明確化されていくが、その作家性の違いが色彩表現によって、ここで暗示されているところが面白い。
作品の質にこだわるスタジオジブリでは、監督と色指定のスタッフとは綿密な確認作業や相談が行われるが、色を選ぶということは、ただ好き嫌いや直感的センスだけではなく、さらに職人的な技術の結果だけというわけでもなく、作家の中にある哲学が深いところで息づき、それら全てが渾然となって色彩に反映しているのだ。