映画製作における美術監督の役割とは? 鈴木清順、熊井啓らを支えた巨匠・木村威夫の真髄

 現在、国立映画アーカイブ開館記念として開催中の『生誕100年 映画美術監督 木村威夫』は、普段はあまり脚光を浴びることのない映画美術と映画美術監督の巨匠にスポットを当てた展覧会。この特別企画をひと言で表すと、映画制作においての美術の存在の大きさを知る機会になるといっていいかもしれない。

 御存知の方も多いと思うが、木村威夫は映画美術の巨匠。舞台美術でキャリアをスタートさせたのちに、映画界入り。大手映画会社の大作から若手のインディペンデント映画まで、さまざまな作品の映画美術監督を務めた。参加した作品は、劇場公開された長編だけでも240本を超え、とりわけ鈴木清順と熊井啓という、まったくタイプの異なる作風の監督とコンビを組むことを少しもいとわなかった実にバイタリティ豊かな感性の持ち主。「映画美術とは、人の情念を表現する仕事である」と語り、晩年に差し掛かった86歳の2004年には映画監督デビューまで果たしている。逝去する2010年まで精力的に活動するとともに、大学や映画教育機関で後進の育成にも携わった映画人だ。

 その美術監督人生は60年以上。しかも最後まで第一線で活躍していた上に、手掛けた作品もひとつの器には収まらない。今回の展覧会場の入り口に掲げられたボードに羅列された映画タイトルにざっと目を通せば一目瞭然なのだが、作品の大小もジャンルさまざまで、縦横無尽に多種多様な作品を往来している。これを限られたスペースでまとめるのは困難なことと容易に想像できる。

 その中で、今回の展覧会は、非常にコンパクトな中にも木村の人生とキャリアの要所を的確かつディープに深掘りしながら回顧。日本映画界を代表する美術監督の功績をくまなく振り返るとともに、映画美術のすばらしさも堪能できる内容になっている。

時間軸とポイントが明確に示された展覧会

 今回の企画展を担当した国立映画アーカイブの濱田尚孝研究員に話を聞くと、この長きキャリアをどうまとめるかはやはり悩みどころだったという。

「木村さんに関する展覧会は、2002年に川崎市市民ミュージアムで開催された『夢幻巡礼 映画美術監督木村威夫』展がありました。実は、私はこの展覧会でもアシスタント・スタッフとしてお手伝いをしていました。その経緯もあって、今回、メインで担当することになったのですが、手始めにワイズ出版から出ている木村さんの著書『映画美術―擬景・借景・嘘百景』を読んで基本情報を頭に叩き込んだものの、いざ膨大な資料を前にすると途方に暮れたといいますか(笑)。今回、京都造形芸術大学芸術学部映画学科が保管する資料をお借りできることが決まっていました。同学科は、木村さんが亡くなるまで客員教授を務めておられて、その関係から木村さんが亡くなった後、木村さんの下で助手を務められたことのある嵩村裕司准教授のご尽力で、調布の自宅の可動式書架に収められていた膨大な資料が同学科に移管されました。あわせてその書架も一緒に運ばれ、木村さんが並べていた通りに資料が配架され、自宅にあった形そのままに保管されています。ここにある、木村さんが長年蓄積されてきた文献やロケハン写真、セットの写真や映画作品のスチル、シナリオ、セットデザインや図面などを、光栄なことに自由に見ることができたんです。実は、川崎市市民ミュージアムの時の準備で木村さんのご自宅にお伺いした際、私も直接書庫は見ているんです。ただ、当時は木村さんがまだご存命で、自由に見ることはできませんでした。あくまで木村さんが自ら書庫から出されてきた資料しか見られなかったんです。でも、今回は自分で好きなところを好きなだけ調べられました。ただ、これが調べれば調べるほど、的が絞れないといいますか。ほんとうに大量の資料に溺れるようで、どうしようかと思いました。そこから試行錯誤しまして、最終的には、木村さんの個性がよく表れた鈴木清順監督と熊井啓監督との仕事は外せない。それから川崎市市民ミュージアムの展覧会では見せることができなかった資料をできるだけ展示する。一方で川崎のときに重要だった資料で今回も展示する。そういったことを要所にしながら、木村さんのキャリア全体を見渡せて、重要なところをポイント、ポイントで見せられればと思いました」

 こうして構成された展示は全5章仕立て。第1章「生い立ち~演劇活動から映画の世界へ(1918~41)」から始まり、第2章「大映時代(42~54)」、第3章「日活時代(54~71)」、第4章「フリーの時代(71~2010)」、第5章「監督作品と文筆活動」と続く。

 時間軸とポイントが明確に示されているので、木村の出生から亡くなるまでの歩みを年代順に追うことができて、その足跡を知るには十分な内容。木村威夫という戦前から日本映画を下支えしてきた映画人の業績を誰もが感じることができるに違いない。

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