井浦新が語った“きれいな花になること”の意味とは? 『アンナチュラル』が描く光と闇の対比

 回を重ねるにつれて加速する面白さと感動を与えてくれたドラマ『アンナチュラル』(TBS系)がついに最終回を迎える。『コーヒーが冷めないうちに』で映画監督デビューすることも発表されたドラマ『リバース』(TBS系)の塚原あゆ子が演出、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』、『重版出来!』(ともにTBS系)の野木亜紀子が脚本を手がけたこのドラマは、1話完結の法医学ミステリーではあるが、一貫して「不条理な死、不自然な死」を巡る死者たちの物語と、遺された人々の物語を描いていた。

 また、過労死、いじめなどの社会問題、石原さとみ演じる主人公と市川実日子演じるその同僚、さらに言えば初回ゲストである山口紗弥加といった、働く女性を取り巻く様々な問題を提起するとともに、SNSを利用した殺人やビットコインなど、タイムリーな事象を組み込むことで、視聴者とテレビドラマを繋ぐ「現在」を描き出したことも特筆すべきである。

「犯人を見つけ出して殺しても何も変わらない。死んだものは生き返らない。きれいな花になることはない。理屈では、な」

 第9話で井浦新演じる中堂系が語った言葉だ。その言葉は、かつて殺された中堂の恋人・夕希子(橋本真実)が書いた絵本『茶色い小鳥』の「茶色い鳥が死んできれいな花になる」というエピソードと、彼女の「理屈じゃないの」という言葉があってのことだ。中堂が今にも自分の手で犯人に報復しようとしかねないことを危惧したミコト(石原さとみ)の「法医学者は法で落とし前をつけるべき」という忠告に対する彼なりの答えでもある。

 それに第8話で医師である、六郎(窪田正孝)の父を演じる井武雅刀が法医学に対して「死体をいくら調べても生き返らせることはできない」と揶揄した言葉が重なる。「それでも」と彼らが遺体と向き合い、必死でその生きた痕跡を辿るのは、第1話でミコトが言うように、彼らが、「法医学は“未来のための仕事”、遺された人々が“永遠の問い”に決着をつけ、ちゃんと前を向き未来へ進むための仕事である」と信じているからだ。さらに、彼らがやっていることは、不条理に死に至った死者たちに寄り添い、その人生の物語を詳らかにすることによって、茶色い鳥を「きれいな花」として昇華することでもあるように思う。それがこのドラマの最も強烈な部分であり、それは、一筋の光に照らされた、死者たちの物語の残酷なほどの美しさであるとも言える。

 「ミケちゃん」という名もなき死者がいた。第2話で練炭による集団自殺と見せかけられて殺されていた20代の女性だ。「三毛 猫」というふざけた偽名しか記録がなく、正確にはどこの誰かもわからずに、第8話でもUDIの身元不明の遺骨を保管している部屋に残されたままだ。でも、最期の最期までネット上で知り合った友人を救うために命がけで動いた彼女の人生は、ドラマの中で、彼女のことを知るさまざまな人々の証言によって、イメージとして立ち現れる。「なんかノート書いていた」「帰りにそこで立ち止まって白夜の写真を見ていた」。暗闇の中で、彼女は1日中明るいという太陽が沈まない国に行って白夜を見ることを夢想する。

 中堂が回想する有希子のイメージは、黄色の光で包まれている。それは彼女の描いた絵本の鮮やかな「黄色い花」のイメージであり、回想の中の明るく気さくで優しい彼女の佇まいそのものでもある。そしてそれは、「あったかくていい匂いがする場所できれいな花になれたら幸せ」と語っていた彼女とスクラップ置き場の遺体を残酷にも対比させる。中堂にとっての彼女は太陽だった。そして太陽を失った彼の8年間は、犯人を見つけることのみに執念を燃やすことでしか光を見出せない暗闇である。

 第4話の過労によるバイク事故で亡くなった、家族と会社思いの優しい父親・佐野(坪倉由幸)が地面に投げ出されて倒れこんだ先に見た、花火の煌き。彼はそれを見て早く家に帰らなきゃと微笑む。

 闇の中でさす光は時に残酷だ。ミケちゃんは結局夢の白夜でしか光を見出せなかったし、有希子を失った中堂が求める光は復讐の炎でしかない。佐野が見た花火は、一方では彼を死に至らしめた社長が彼の配達したケーキが地面に落ちるのにも気付かずにはしゃいでいる頭上の花火でもある。でも、その光に照らされた死者たちの人生は彼らのことを想う人々の思いとともに、一際切なく、美しく心に残る。

 一方、UDIラボのメンバーとは別のベクトルで、死者の「物語」を描くことに固執、偏愛し、彼女たちの死を白々しいポエムで飾り立てる男が、北村有起哉演じるフリーの記者・宍戸である。そしてまだ謎に包まれた、赤い金魚殺人事件の容疑者である高瀬(尾上寛之)も、宍戸の言う言葉を信じるなら「人生の転機を迎えていた」若い女たち、「未来ある女性」を選んで殺すという性質、ABCにちなんだ殺害方法という、妙に律儀に物語性を重視した法則からして、美しい花を採集し、飾りつけ、壊す男といったイメージが付きまとうのである。

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