『光』と『武曲 MUKOKU』は“画”で見せる映画だ 2017年の傑作邦画2作を比較考察

『光』と『武曲』は“画”で見せる映画だ

 もうひとり、河瀬直美監督との縁で結ばれた人物がいる。音声ガイドのモニター役を演じている早織は、14歳の時、河瀬直美監督の『沙羅双樹』(03)のオーディションを受けている。京都に住む普通の中学生だった彼女は、最終審査まで残った時に河瀬監督から「あなたは女優に向いている」と言われたのだ。結局、出演は叶わなかったものの、その言葉をきっかけに一念発起した早織は女優を目指し、『舞妓Haaaan!!!』(07)や『百円の恋』(14)、『過激派オペラ』(16)を経て、14年越しで「河瀬作品に出演する」という夢を本作で叶えている。『光』では“途中失明”という設定の役を演じるため、顔面の上半分に力を入れていない。目を使わなくなることで、瞼の筋肉が徐々に衰えることを表現しているのだが、やはり河瀬監督からは「ああして、こうして、と細かに言われることはあまりなかった」と早織も述懐している。

『武曲 MUKOKU』(c)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

 ちなみに『沙羅双樹』のメイキング作品『2002年の夏休み ドキュメント沙羅双樹』は、松江哲明監督が演出・構成・編集・撮影を、熊切和嘉監督とは大阪芸術大学の後輩にあたる山下敦弘監督が“協力”のクレジットで参加している。後に松江監督と山下監督は『山田孝之のカンヌ映画祭』の中で河瀬直美監督を登場させている。さらに、『光』と『武曲 MUKOKU』の両作品に出演している神野三鈴は、村上虹郎とCMや短編映画『花瓶に花』で親子を演じている。さらに『花瓶の花』では、早織が村上虹郎の姉役を演じているなど、これらの縁から成る相関関係もまた一興なのである。

 映画は<画>で見せるもの、と冒頭で書いたが、それまで<サイレント>=<無声>だった映画に<音>が付くようになった1920年代後半以降、映画における映像表現は<音>を意識することで確実に変化していった。<画>と<音>が組み合わさることによってのみ、表現できることも生まれたのである。『光』と『武曲 MUKOKU』にも、<音>のこだわりを感じさせる場面がいくつかある。例えば、『光』は奈良を、『武曲 MUKOKU』は鎌倉を舞台にすることで、都会の喧噪ではなく、風や雨、鳥のさえずりなど、自然の<音>が細やかにミキシングされていることが窺える。『光』では、山村で<音>に耳を傾ける水崎綾女の姿が印象的に映し出され、<画>と<音>によって彼女の内面を表現していることが判る。

『武曲 MUKOKU』(c)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

 さらに『武曲 MUKOKU』では、剣道における踏み込みの<音>によって、忌むべき父親に対する感覚を想起させるという演出も施している。少年の踏み込む<音>を聞いた剣士は、その<音>が父親の踏み込む<音>に近いと感じ、少年に向けて同様の闘争心を向けてゆく。そのことは、台詞などで明確には説明されていないが、やはり<画>と<音>が一体化することで、観客に心情の機微を伝えているのである。

『光』(c)2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

 そして『光』も『武曲 MUKOKU』も、<言葉>や<台詞>に対するこだわりがある。『光』は「映画の音声ガイド」を題材としたことで、“映画についての映画”にもなっている。映画の中で<映像>=<画>として描かれていることを、「音声ガイド」という言葉に変換した時、その細かなニュアンスが及ぼす影響について「押し付けがましいのではないか?」と劇中で繰り返し何度も検証されている。一方の『武曲 MUKOKU』では、村上虹郎の演じる高校生がラップのリリック作りに夢中であるという設定になっている。やがて彼は、<言葉>に縛られた表現の不自由さを、剣道という身体の動きによって体現してゆくことになる。そのことが、<文字>や<言葉>によってではなく、役者の身体が構成する<画>によって、殺人剣が勝人剣になるという重要な変化をも表現してみせている。これらを踏まえて観ることで『光』と『武曲 MUKOKU』の2本は、今いちど映画の表現としての<画>と<言葉>のあり方を考えさせる作品にもなっているのである。

※河瀬直美の瀬は旧字体が正式表記

■松崎健夫(まつざき・たけお)
映画評論家。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『キネマ旬報』(キネマ旬報社)、『ELLE』(ハースト婦人画報社)、『SFマガジン』(早川書房)などに寄稿。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『japanぐる~ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコニコ生放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。

■リリース情報
『光』
12月6日(水)Blu-ray&DVD発売

<Blu-rayスペシャル・エディション>
本編ブルーレイ+特典ブルーレイ 2枚組
価格:¥6,800+税
【特典映像】
●短編映画「その砂の行方」
●メイキング・オブ・「光」
●イベント映像集(完成披露試写会・初日舞台挨拶・カンヌ映画祭映像)
●劇場版予告編集
【封入特典】
●特製アウターケース仕様
●ブックレット封入

『光』<Blu-rayスペシャル・エディション>

 

<DVDスペシャル・エディション>
本編DVD+特典DVD 2枚組
価格:¥5,800+税
【特典映像】
●短編映画「その砂の行方」
●メイキング・オブ・「光」
●イベント映像集(完成披露試写会・初日舞台挨拶・カンヌ映画祭映像)
●劇場版予告編集
【封入特典】
●特製アウターケース仕様
●ブックレット封入

『光』<DVDスペシャル・エディション>
『光』<DVDスタンダード・エディション>

<DVDスタンダード・エディション>
本編DVD1枚
価格:¥3,800+税
【特典映像】
●劇場版予告

出演:永瀬正敏、水崎綾女、藤竜也
監督・脚本:河瀬直美
製作:木下グループ、COMME DES CINEMAS、組画
発売元:株式会社キノフィルムズ/木下グループ
販売元:ポニーキャニオン
(c)2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE
公式サイト:http://hikari-movie.com/

 

『武曲 MUKOKU』
12月6日(水)Blu-ray&DVD発売

<Blu-ray 2枚組>
価格:¥5,800+税
【特典映像】
●メイキング
●インタビュー(綾野剛、村上虹郎、前田敦子)
●完成披露試写会舞台挨拶
●初日舞台挨拶
【封入特典】
●ブックレット(16P)

『武曲 MUKOKU』<Blu-ray 2枚組>

 

<DVD 2枚組>
価格:¥4,800+税
【特典映像】
●メイキング
●インタビュー(綾野剛、村上虹郎、前田敦子)
●完成披露試写会舞台挨拶
●初日舞台挨拶
【封入特典】
●ブックレット(16P)

『武曲 MUKOKU』<DVD 2枚組>

出演:綾野剛、村上虹郎、前田敦子、片岡礼子、神野三鈴、康すおん、風吹ジュン、小林薫、柄本明
監督:熊切和嘉
原作:藤沢周『武曲』(文春文庫刊)
脚本:高田亮
制作プロダクション:ツインズジャパン
発売・販売元:TCエンタテインメント
(c)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会
公式サイト:http://mukoku.com/

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