映画『ドリーム』はハリウッドの新しい波の象徴となるーー黒人女性たちが成し遂げた偉業

『ドリーム』はハリウッドの新しい波の象徴に

「アンクル・トム」の生き方

 エンジニアを目指すドロシーの夫は当初、NASAで働く妻の仕事に対して、あまりいい顔をしていなかった。このような不平等な差別社会自体を転倒させてやりたいと考えるような彼にしてみれば、彼女の頑張りが、「白人の世界」に奉仕しているように見えていたのだろう。黒人の間では、白人社会の管理のなかで成功をつかんでいくような生き方をしている黒人に対して、複雑な感情を持つ場合がある。

 黒人奴隷が法律的に解放される10年ほど前に、『アンクル・トムの小屋』という、黒人奴隷に対して好意的な小説が出版されている。奴隷として生きる黒人の人間性を描いた作品のヒットは、間接的に奴隷解放への助けになったことは間違いない。

 だが時が流れ、『ドリーム』とも時代がかぶる「公民権運動」が盛んになった時代では、「アンクル・トム」という言葉は、黒人の間で、白人による支配を受け入れ媚びを売るように見える人物への蔑称として使用され始めた。映画では、ハリウッドの黒人俳優の第一人者であるシドニー・ポワチエが揶揄されたり、老齢の白人未亡人と、専属の黒人運転手が友情をはぐくむという内容の『ドライビング Miss デイジー』(1989)に出演したモーガン・フリーマンも、アンクル・トムとしての汚名を着せられていたときがあった。

 リー・ダニエルズ監督の『大統領の執事の涙』(2013)は、まさにこのような葛藤を描いた映画だった。歴代の大統領のために忠実な執事としてホワイトハウスで給仕をしている、フォレスト・ウィテカー演じる主人公は、社会への抗議活動をする息子にとって受け入れがたい存在である。この執事は確かに、キング牧師のように、白人優位社会に対して真っ向から挑むような業績は残していない。しかし、彼の生き方が黒人にとって無意味であったかというと、そんなことはないはずだ。この作品の執事のように、大勢の黒人たちは、差別という現実のなかで、心ならずも白人に頭を下げ続けることで家族を守り、白人の信頼を得ることで、自分やその子孫が社会進出しやすくなるような足掛かりを作り、黒人社会に寄与したのである。それが偉大な業績でないはずがない。

月面へと踏み出した「偉大な一歩」

 話を『ドリーム』に戻そう。キャサリンは職場で、共用のコーヒーポットを使うことを許されず、自分だけのポットを用意されることになる。これでは、「俺たちは黒人であるお前を生理的に受け入れられない」と言われたのと変わらない。遠くのトイレに出かけるたび、コーヒーを淹れる度に、彼女はそういう思いを噛み締めなければならなかったのである。このようなプライドを踏みにじられるような職場で、誰が働きたいと思うだろうか。そんなところはすぐ辞めてしまって、同じ人種のコミュニティーの中で気兼ねなく生活した方が、よほど気楽で解放されるはずだ。

 しかし、彼女は職場にとどまった。それは、自分の才能を発揮できる唯一の場であることはもちろん、自分がいまここにいるのは、自分だけの力ではないことを知っているからだ。自分の才能を信じ、ここまで育ててくれた両親、進学するための引っ越し費用を集めてくれた田舎の教師たち、そして自分の挑戦を喜んでくれる娘たち…。キャサリンは、それらみんなの想いを背負い、女性の代表として、黒人の代表としてここに立っているのだ。アメリカの宇宙飛行士ニール・アームストロングが月に降り立ったとき、「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」と言ったように、この職場へと踏み出した一歩は、黒人や女性の飛躍へとつながるのである。

 彼女の姿は、多数派じゃなくても、差別を受けるような環境にあっても、力を尽くしてやり抜くことで、偉業を成し遂げられるという実例を示してくれている。そして、観客一人ひとりに、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのだ。

 本作はこのように、アツい情熱と重いテーマを扱っているが、オーソドックスな演出で、大勢の観客に理解しやすい娯楽的な内容になっている。ファレル・ウィリアムスによる軽快な楽曲や、カラフルな60年代ファッションもオシャレで、この映画を軽やかで華やかな印象にしている。だからこそ、本作はより多くの観客に受け入れられ、重要なメッセージを広く伝えることに成功したといえる。『ドリーム』は本当に、できるだけ多くの観客に観てもらいたいと思える、「いまの時代の」作品である。

■小野寺系(k.onodera)映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ドリーム』
TOHOシネマズシャンテほか全国公開中
監督:セオドア・メルフィ
脚本:アリソン・シュローダー、セオドア・メルフィ
製作:ドナ・ジグリオッティ、ピーター・チャーニン、ジェノ・トッピング、ファレル・ウィリアムス、セオドア・メルフィ
音楽:ハンス・ジマー、ファレル・ウィリアムス、ベンジャミン・ウォールフィシュ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケビン・コスナー、キルスティン・ダンスト、ジム・パーソンズ、マハーシャラ・アリ
配給:20世紀FOX映画
(c)2016Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie

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