青春アニメ、なぜ地方の町ばかり舞台に? 『打ち上げ花火~』の独自性に迫る
『転校生』、『時をかける少女』など大林宣彦監督が青春映画の舞台として、古い風景が息づく尾道市を何度も選んでいるというのは、ノスタルジックな感覚や立体的な美しさとともに、比較的コンパクトな空間のなかに、山があり海が見えるといった、平地が少なく山に囲まれた日本の風土の特徴が凝縮された光景に、やはり一種の説得力を求めたためであろう。そこには、日本人が古来より持っている、山で仕事をして人里に下りるとホッとする感覚、漁師が港の灯りを目にすると安堵する感覚が存在している。危険な自然への畏怖の念から生まれた、山の神と海の神という、一種の土着的な宗教観と、その山と海、もしくは川という聖域の間で「生かされている」という、漠然とした日本人の感覚を意識させる空間というのが、港町だったり、山間の町であったりするのだ。
今回のアニメ映画版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、このような宗教とファンタジーを結びつける試みが、非常に顕著で自覚的である。そこにはやはり神社が登場し、神域を磁場とした花火大会の存在が描かれる。そして少年は、超常的な力によって、次第に海へと誘導されていく。そこもまた死を連想させる異界である。
−もしプールで水泳勝負に勝っていたら、“なずな”と二人きりで花火大会に行けたのかもしれない。−
このように、「あのとき、ああしていたら、今頃どうなっていたのだろう」と、自分の選択を後悔することは日常のなかでよくあることだ。分岐するストーリーを実際に両方とも描くという原作ドラマの設定から、上映時間が伸びるとともに、さらに要所で選択肢を増やし、あたかもシナリオ分岐型のアドベンチャーゲームへと接近した本作が描くのは、無数の選択肢を何度も何度も選び直すことができるという奇跡の力だ。物語の鍵となる謎のアイテムによって、その力をもたらし、媚態とともに少年を導いていく“なずな”という存在は、ここでは悪魔のようにも見えるし、また仏教の世界で衆生を導くという、菩薩のような人智を超えたものに昇華されているように感じられる。
『魔法少女まどか☆マギカ』においては、“契約”による支配構造として描かれた、やはり大人の因習のなかで管理され抑圧される子どもという構造に、一つの宗教的解決が提示されていたように、本作で分岐し変遷を遂げてゆく不気味な世界観というのは、生と死を繰り返し続ける仏教的な輪廻転生の世界観と重なっていくように見える。そして、奇妙な花火というかたちで表現される、その不気味さというのは、ある時期の男子学生が持つ鬱屈とした不満や、やり場のない欲望とシンクロし、ぐるぐると際限なく回り続ける、吐き気をもよおすような身勝手で不毛な妄想世界とも接続されている。それをわざわざ作中で言及したり説明をしないという点で、本作は『魔法少女まどか☆マギカ』よりも、さらに前へ進んでいるように思えるのだ。
あくまで、さわやかさとノスタルジーを継承する青春物語のアップデートとして90年代を代表する一編であった、岩井俊二版の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、本作においてそれを、古来より神仏習合を特徴とする日本的な宗教観と自覚的に結びつけることで、全く違うものへと変貌を遂げた。ここで到達している文学的な難解さについては、アニメ作品『銀河鉄道の夜』や『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズなどのような作品と比較されるべきで、その意味で本作は、予告編の雰囲気や青春作品としての近似性から、新海監督の『君の名は。』の明快さを期待した一部の観客を戸惑わせる結果となったように思われる。
『君の名は。』の爆発的ヒットの影響から、青春作品のラッシュは当分続いていくように思われるが、このような異形の、しかし多くの青春作品を包括するような決定的な意味を持っているとも思える新しい青春映画の完成を受けて、今後のアニメーション作品はどのように変化していくのだろうか。もしくは、ある意味「無かったこと」として無視されたまま進行していくのだろうか。この後の推移を見守っていきたいと思う。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
全国東宝系にて公開中
声の出演:広瀬すず、菅田将暉、宮野真守、浅沼晋太郎、豊永利行、梶裕貴、三木眞一郎、花澤香菜、櫻井孝宏、根谷美智子、飛田展男、宮本充、立木文彦、松たか子
原作:岩井俊二
脚本:大根仁
総監督:新房昭之
主題歌:「打上花火」DAOKO×米津玄師(TOY'S FACTORY)
(c)2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
公式サイト:http://uchiagehanabi.jp/