複雑さと分かりやすさが両立 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による渾身の一作『メッセージ』

複雑さと分かりやすさが両立の『メッセージ』

 私は大学時代、それぞれに専門の学問の研究をする教師たちに出会ったが、興味深かったのは、彼らは皆、自分の研究する分野から、世界や社会を認識し、その学問によって全てを説明できるということを信じているように見えたことだ。本作の言語学者ルイーズもまた、世界を「言語」によって認識している。だからこそ、本作では彼女に奇跡が起こることになるのだ。「始めに言葉ありき」と聖書に記されているように、宇宙の法則が、言語という狭小にもローカルにも思われる存在に収斂されていくのである。なんと大胆な物語であり、驚異的な発想だろうか。そしてそんな常軌を逸するような内容を映画化し得たということも、驚異的だと言うほかない。

 本作が描こうとする、もうひとつのテーマは、現代の人類の愚かしさに対する警鐘である。宇宙人が現れたとき、足並みを揃えず、各国が思い思いの判断で勝手に行動することで、事態は深刻な状況に陥っていく。人類という同じ「種」同士が、国家という単位で対立し、お互いを滅ぼせるほどの武器を持って脅し合いながら均衡を保つということが、なんと非効率で非論理的でバカバカしいことなのかということが、宇宙人という、さらなる他者とのコンタクトを通して、浮き彫りになっていくのだ。

 軍のキャンプから、地上スレスレの位置に浮かんでいる、奇妙なかたちの宇宙船へと、放射能保護スーツを着込み、車両に乗って向かうルイーズたちの様子を、長い時間をとって描写していくシーンでは、重苦しい緊迫感と、静謐な空気感が美しく表現されている。本作では、宇宙の法則や世界の情勢という、大きなスケールのものごとが扱われているが、それを感じ取るのは、あくまでルイーズ個人であるという点は重要である。風の流れや木漏れ日が肌に触れる感触や、彼女の小さな娘との「記憶」。それこそが、ルイーズの目を通した本作にとって、最も大事なものであり、真に守るべき価値のあるものなのである。ヴィルヌーヴ監督の最も優れた点は、このように、大きな世界を見通した哲学的な視点と、小さく微細な感情を丁寧に写しとることのできる感性なのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『メッセージ』
全国公開中
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ハイセラー
原作:テッド・チャン(「あなたの人生の物語」ハヤカワ文庫刊)
出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:http://www.message-movie.jp/

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