松江哲明の“いま語りたい”一本 第17回

松江哲明の『夜は短し歩けよ乙女』評:精神世界をポップに描く、湯浅監督の手腕

 湯浅監督は、『Kick−Heart』でも、プロレスを題材としながら、肉体的な対決シーンは描くことはせず、あくまでキャラクターの脳内、心の中を面白くおかしく見せていた。『ピンポン THE ANIMATION』も卓球の戦いを描くというよりも、キャラクターが何を考えて戦っているかという内面を描いていたものでした。そういう意味では、湯浅監督は「心の中」を描くことをずっと続けてきた監督と言っていいと思います。でも、湯浅監督の不思議なところは、精神世界の話なのに、それが殻に閉じこもるようなものではない。どこか開けているというか、むしろすごく明るい。

 森見登美彦さんの2作品を映像化した湯浅監督ですが、個人的に期待するのは村上龍さんの作品。きっと相性がいいはずです。『ケモノヅメ』に代表されるように、湯浅監督はバイオレンス描写も非常にうまい。そういう意味で制作中の『デビルマン』も楽しみですが、村上さんの『イン ザ・ミソスープ』や『共生虫』といった心の中と暴力が大事な要素となっている作品を、是非アニメーション化してほしいです。

 湯浅監督は『マインド・ゲーム』のときから、あるいはそれより前から“天才”と言われていました。僕は湯浅監督は『君の名は。』のような歴史に残るヒット作を目指すような人ではないと思います。プロデューサーなどに“売れる”ための仕掛けを用意されたとしても、拒否するんじゃないかなと。その代わり、何年経っても愛され続け、世界規模で誰かの心に強烈に残るような作品を選ぶんじゃないかな、と。例えば『マインド・ゲーム』が新作として今公開されたとしても、違和感がないと思います。それくらい古びないんです、湯浅監督のアニメーションは。

 

 また、湯浅監督のキャリアを振り返ると、どんな画でも動かしてアニメーションにしてしまうのが特徴です。『四畳半神話大系』に続き、中村佑介さんのイラストを何の違和感もなく動かしていることは凄いことだと思うんですが、それを観客に気付かせないことがめちゃくちゃ凄い(笑)。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのジャケット写真に象徴的なように、真正面や横顔の美しいイラストとして完成されている画なので、非常に動かしにくいはず。でも、『四畳半』のときから動いているものがとても自然に見える。また『ピンポン』の松本大洋さんの画を動かしたのにもびっくりしました。マイケル・アリアス監督によって映画化された『鉄コン筋クリート』では、アニメーション向きにある種のデフォルメがされていたのが、湯浅監督の『ピンポン』では漫画に色を付けてそのまま動かすかのような試みがされていました。『マインド・ゲーム』のロビン西さんの独特の画と構図が、ある意味、漫画以上に大胆に演出されていました。湯浅監督なら、どんな画でも動かせてしまうんじゃないですか。だから絵のテイストが全く違う『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』『マインド・ゲーム』『ピンポン』『夜は短し』といった作品なのに、動いている映像を観ると「湯浅監督だ」と気づけるんです。

 細田守監督や、新海誠監督がヒット作を生み出すと、途端に「ポスト宮﨑駿」の肩書をメディアは付けたがりましたけど、湯浅監督は絶対にそうは呼ばれないと思います(笑)。どちらかと言えば「ポスト押井守」でしょうか。でも、押井監督と作風が似ているという意味ではありません。世界中が「なんじゃこりゃ!」と驚くようなカルチャーショックを与えてくれて、何ものにも似ていない作品を作ってしまう存在という意味で、です。

(取材・構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。山下敦弘と共同監督を務めた『映画 山田孝之3D』が6月16日公開予定。

■公開情報
『夜は短し歩けよ乙女』
現在公開中
出演:星野源、花澤香菜、神谷浩史、秋山竜次(ロバート)、中井和哉、甲斐田裕子、吉野裕行、新妻聖子、諏訪部順一、悠木碧、檜山修之、山路和弘、麦人
原作:森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫刊)
監督:湯浅政明
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
キャラクター原案:中村佑介
音楽:大島ミチル
主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
制作:サイエンス SARU
製作:ナカメの会
配給:東宝映像事業部
(c)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会
公式サイト:https://kurokaminootome.com/

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