ビクトル・エリセを発見せよーースクリーンでしか味わえない“不滅の映画”の奥行
その意味ではやはり少女の成長の物語として出会ったエリセの長編第2作『エル・スール』が今回、父(演じるオメロ・アントヌッティの素敵と共に)の哀しみの物語として『ミツバチのささやき』にも増して胸に深く突き刺さったのもまた驚きだった。
内戦に敗れ、のみならずその戦いによって南の故郷を離れた”亡命者”として今あるここに真の居場所を見出せない父の姿。映画はそれを判ることと判らないことの狭間、どこか曖昧な領域にいる少女の回想として描く。
今は北の地に住む息子一家、孫娘の聖体拝受の式のために彼らの下を訪れる祖母(父の母)と乳母がもたらす南(エル・スール)の風の懐かしさ。そこに立ちのぼる感傷の甘やかな香り。いっぽうで負け戦の後にも信じた思想ゆえにカトリックの儀式は拒み、けれども白い晴れ着に身を包んだ娘とのダンスは拒まない父の眩しい切なさ。
少女の記憶の幼い淡さの向こうでエリセの映画が見すえている痛切な歴史的事実。その重みに気づいてみると、そういえばとやはり内線ゆえに故郷を離れた父の世代の喪失の感覚を濃やかに湛えてその子供たち――”予め失われた“世代の絶望をも活写したエドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』との結び目もここに見出してみたくなる。
ちなみに4時間の長尺を共に駆け抜けることでこそ到達し得る清々しさが『クーリンチェ少年殺人事件』の大きな魅力のひとつと確認してみると、同様にやはり3時間を超える大作として構想されながら、制作半ばで打ち切りの憂き目にあった『エル・スール』の、後半部で描かれるはずだった南との和解の物語に思いを馳せずにもいられなくなる。
が、謎を遺して逝った父の故郷へと旅立つ少女の顔、そこに観客それぞれが過去と交わる未来を思い描く、そんな余韻に満ち満ちた現在のエンディングも捨て難い。
何はともあれエリセの2本がスクリーンにかかっている今、自身の目でエリセの世界を(再/新)発見してみること。この春、マストで実践をお薦めしたい。
■川口敦子
映画評論家。著書に『映画の森 その魅惑の鬱蒼に分け入って』、訳書に『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』など。
■公開情報
ユーロスペースほか順次公開中
『ミツバチのささやき』
監督:ビクトル・エリセ
製作:エリアス・ケレヘタ
原案:ビクトル・エリセ
脚本:アンヘル・フェルナンデス=サントス、ビクトル・エリセ
撮影:ルイス・クアドラド
音楽:ルイス・デ・パブロ
出演:アナ・トレント、イサベル・テリェリア、フェルナンド・フェルナン=ゴメス
『エル・スール』
監督:ビクトル・エリセ
製作:エリアス・ケレヘタ
原作:アデライダ・ガルシア=モラレス
脚本:ビクトル・エリセ
撮影:ホセ=ルイス・アルカイネ
出演:オメロ・アントヌッティ、ソンソレス・アラングーレン、イシアル・ボリャン、ロラ・カルドナ、ラファエラ・アパリシオ、オーロール・クレマン、マリア・カロ、フランシスコ・メリノ
(c)2005 Video Mercury Films S.A.
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