放送作家・高橋洋二インタビュー
『葛城事件』は日本映画の新潮流を代表する一作だーー放送作家・高橋洋二が語る、その斬新な手法
赤堀監督に感じる日本映画の新たな可能性
ーー一方で葛城清は強烈でした。
高橋:葛城清というキャラクターの“変わらなさ”はすごいですね。稔があれだけの事件を起こしているにも関わらず、事件前も事件後も人としての変化がない。まったく成長していないし、変節もしないキャラクターってかなり珍しいと思うんです。そんなキャラクターを作った赤堀監督の狙いは何かと頭を巡らせました。
葛城清は、一人でいるときも、誰かといるときも常に不遜な態度をとっているのですが、そんな彼が一度だけ“人間らしく”なるところがあるんです。深夜、窓の外を見たらゴミ捨て場が火事になっていて、何事かと思って家を出ようとすると、外から(放火の犯人であると思われる)稔が帰ってくる。清は稔に「お前、どこに行っていたんだ?」と尋ねるのですが、このシーンだけ、唯一、清が人間の顔になっていると感じました。おそらく葛城清は、この時点で稔が“モンスター”に育ってしまったと気付いたのでしょう。だから一瞬だけ人間の顔に戻ったんじゃないか。そこから考えると、もしかしたら赤堀監督は葛城清を「世界を救うことに失敗したヒーロー」として描こうとしたんじゃないかなと、僕は想像しました。
ーーこの時点で彼が止めていれば、息子は犯罪者にならず、通り魔事件も起こらなかったはずだと。
高橋:この後、母・伸子(南果歩)と稔は家出をしてアパートに住みます。保の差し金もあって、葛城清がこのアパートに乗り込んでくるわけですが、ここで清は稔だけをボコボコにします。
ーー家出の首謀者である伸子には手を出さず、稔を殺そうとする。
高橋:つまり、清の中で稔はもうモンスターになっている。でも、殺すことはできなかった。誰がどう見ても「こんな親父がいたら嫌だ」という性格を与えられたヒーロー失格者、それが葛城清なんじゃないかと。そんな清を演じきった三浦友和さんの演技は、とにかく素晴らしいですね。もはや“人じゃない”とさえ思わせますから。「葛城清とは何か?」と、鑑賞後に誰かと話さずにはいられません。
ーーひとりでは抱えきれない映画です。
高橋:それも、赤堀監督の突き放した視点があるからですよね。映画を読み解くときに、よく伏線やその回収について話題となりますが、本作のように伏線を張らず、ただ起きたことを捉える映画だって充分に面白い。いや、むしろ伏線なんてないほうが刺激的な場合もあるということを、本作は伝えてくれます。赤堀監督が意図して作っている“映画の隙間”、物事の原因を描くことを放棄しているとさえ言える姿勢が、それとは対照的に詳細に描かれる稔の事件のシーンを、より凄惨なものにしています。
ーー家族を持っている人、あるいは家族をこれから作っていく人にとっては、かなり恐ろしい映画でもあります。
高橋:伸子の「どうしてここまで来ちゃったんだろう……」は、万人に突き刺さる言葉ですよね。よくわからないうちに大変な状況になってしまうことは、世の中にたくさんありますから。それをブラックなユーモアと斬新な手法で描いたところに、日本映画の新たな可能性を感じました。これからはきっと、赤堀監督のように映画界以外からの才能が、日本映画を豊かにしていくのではないでしょうか。
(取材・文=石井達也)
■高橋洋二
放送作家。火曜JUNK「爆笑問題カーボーイ」をはじめ、爆笑問題の番組を数多く手がける。著書に「オールバックの放送作家――その生活と意見」(国書刊行会)など。
■作品情報
『葛城事件』(BD)
本編Blu-ray+特典DVD
価格:¥4,800+税
時間:120分+特典映像
『葛城事件』(DVD)
本編DVD+特典DVD
価格:¥3,800+税
時間:120分+特典映像
発売元:キングレコード
監督・脚本:赤堀雅秋
出演:三浦友和、南果歩、新井浩文、若葉竜也、田中麗奈
プロデューサー:藤村恵子
撮影:月永雄太
照明:藤井勇
美術:林千奈
録音:菊池信之
配給:ファントム・フィルム
2016/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/120分/PG12
(c)2016「葛城事件」製作委員会
公式サイト:katsuragi-jiken.com