庵野秀明、山崎貴に続くのは山田洋次と黒沢清!? 『海賊とよばれた男』が示す日本映画とVFXの関係

山田洋次と黒沢清のVFX

 実際、この2人の監督は、意外に特撮好きなのではないかと思わせるフシがある。山田作品で特撮絡みのシーンと言われて思い出すのは、『男はつらいよ 寅次郎真実一路』(84年)の冒頭で恒例の夢のシーンにギララを登場させたことがあったが、あの特撮は『宇宙大怪獣ギララ』(67年)からの流用にすぎないので、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(07年)冒頭のゴジラほどの意図は感じられない。

 VFXを山田洋次が意識するようになったのは、長年組んでいた撮影監督の高羽哲夫がCGによる革新的な液体表現を見せた『アビス』(89年)、『ターミネーター2』(91年)にいたく感銘を受けたことから始まる。90年代前半からそうした研究を始め、詳細不明ながら〈人が霧の中からどんなふうに現われて、どんなふうに見えなくなるかがポイントとなる話〉を企画していたというが、『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(95年)では『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94年)を模倣したニュース映像の中に寅さんが登場して居間でテレビを眺めていたくるまやの人々を仰天させ、『虹をつかむ男』(96年)と『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』(97年)には亡くなった渥美清がデジタル寅さんとなって登場した。当時の感覚では山田作品で大々的にVFXを活用することなど無いのではないかと思っていたので、何故こんな試みをするのかが理解できなかったのだが。

 それから十数年を経て、VFXが徐々に山田作品に使用され始める。戦中から戦後にかけての東京を舞台にした『母べえ』(08年)には白組が参加しているものの、家の前の道を抜けた大通りをCGで作った程度だったが、同じく戦争を挟んで描かれる『小さいおうち』(14年)には舞台となった家屋が終盤、B-29の焼夷弾の直撃を受けて崩壊、炎上するシーンがある。ここで用いられたのは意外にもミニチュアだった。手がけたのは戦隊シリーズや『男たちの大和/YAMATO』の特撮研究所。寓話に出てくるような家として映画に登場するだけに、ここでは意図的にミニチュアを用いて描かれたと推察されるが、それ以上に山田の同時代性を読み取るカンの良さを感じさせる。というのも、CGにいち早く注目したように、『小さいおうち』の準備中は『館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技』や、同展示で短篇の樋口真嗣の監督、庵野秀明の脚本による『巨神兵東京に現わる』(12年)が上映され、ミニチュア特撮への再評価が行われていた時期だったからだ。

 戦中から戦後の長崎が舞台となる『母と暮せば』(15年)では、山田作品としては最大級のVFXが使用された。冒頭で二宮和也が飛び乗る市電の背景に当時の風景が合成されるなど、これまでの固定画面で遠景に映る程度のCG使用から飛躍的に目立つ形となった。スタジオに市電の一部をセットで作るだけで合成可能なカットでも、現存する市電を走らせてその後ろにグリーンバックを張り巡らすなど、完成した映像からも市電の重量感が伝わるように実写ベースでの撮影を選んでいる。そして原爆投下のシーンを机上のインク瓶がグニャリと溶けていくことで表現するためにCGで試行錯誤を繰り返したというのも、演出意図とVFXの理想的な関係を思わせる。

 もう一人、意外に特撮好きな監督が黒沢清だ。「人生どこかで違っていたら、特撮専門家になっていたかも、と夢想することもある」と言う黒沢は、ハリウッドから特殊メイクアーティストのディック・スミスを招いた『スウィートホーム』(89年)を商業映画3作目にして監督している。この映画のラストに登場する昇天する夫人の合成カットは若き日の山崎貴が担当したという。。

 黒沢清の映画に特撮が本格的に導入されるのは、CGが一般映画に普及した90年代後半まで待たねばならなかった。その最初の1作となった『カリスマ』(99年)では、カリスマと呼ばれる巨木などでCGが活用されるものの、ラストカットで役所広司が見下ろす炎と煙につつまれた街の上空を、凄まじい速度で飛行するフルCGのヘリが複数機登場する。しかし、このヘリが公開当時の感覚でもあまりにもチャチなGGにしか見えず、肝心のラストカットが締まらないものになってしまった。

 黒沢作品のVFXが一変するのは、黒沢の初期作『神田川淫乱戦争』(83年)のスタッフを経てVFXプロデューサーとなった浅野秀二が参加するようになってからだろう。『カリスマ』のCGに感じたような不満が、崩壊していく世界を描いた『回路』(01年)以降、一掃されたのは浅野の存在を抜きには考えられない。『リアル 完全なる首長竜の日』(13年)ではフルCGの首長竜を登場させ、主人公たちを襲撃するという難易度の高いシーンが登場する。原作には首長竜が実際に出現して襲撃するという設定がないところからして、黒沢が意図的に用意したことになるが、プロデューサーからは心配する声が挙がったという。だが、浅野から「やります、やってみせましょう」(『nobody ISSUE39』)という返事を得て完成したのは、首長竜の動きからどう見せるかに至るまで、特徴的な黒沢の演出が見事に反映されたものだった。黒沢の演出を熟知、理解した上でVFXを提案できる稀有な存在が傍にいたからこそ、黒沢は首長竜の大暴れをクライマックスに設定したのだろう。

 森田芳光が予言した〈デジタル技術を掌握する者が映画界の主流になる〉を立証してみせたのは、庵野秀明、山崎貴というアニメ・VFXに出自を持つ監督たちと思えたが、実写監督たちの追い上げも始まったばかりである。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■公開情報
『海賊とよばれた男』
全国上映中
監督・脚本・VFX:山崎貴
出演:岡田准一、吉岡秀隆、染谷将太、鈴木亮平、野間口徹、ピエール瀧 
須田邦裕、飯田基祐、小林隆、矢島健一/黒木華、浅野和之、光石研
綾瀬はるか、堤真一、近藤正臣(特別出演)/國村隼、小林薫
原作:百田尚樹「海賊とよばれた男(上下)」(講談社文庫)
音楽:佐藤直紀
(c)2016「海賊とよばれた男」製作委員会(c)百田尚樹/講談社
公式サイト:kaizoku-movie.jp

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