アイドルへの“ガチ恋”は、なぜかくも切ない? 栗原裕一郎と姫乃たま、映画『堕ちる』を語る
アイドルとヲタクの居場所
栗原:『中年純情物語』は冒頭に「これって新しい恋のかたちかも」っていう林原めぐみのナレーションが入っているんだけど、地下アイドルとヲタクにはそういう非対称性があるから、成就のかたちがよくわからないでしょう。
姫乃:そうですね。アイドルとファンが恋愛のような関係であることは間違いないですし、私もファンの人からは恋をしてほしいと思っています。もちろんファンの人が、きちんと線引きしてくれるから、そういうことができるんですけど。私もファンの人には幸せになってほしい思っていますし、ファンの人も私を好きになって応援してくれているというだけで、すでに恋愛が成就しているとは言えますよね。難しいのは『堕ちる』の耕平さんに関してもそうですけど、めめたんと出会わないままずっと何もない人生を終えていくほうがよかったのかということですよね。司会の大坪ケムタさんも言っていましたけど、アイドルに出会ったことで精神の上がり幅が大きかった分、落ちちゃうこともあるから、ずっと平坦なのと、喜びも悲しみもあるのと、どちらの人生がいいのかという。どちらが正解ってことはないですけど。
栗原:姫乃さんの『潜行』の書評にも書いたけど、アイドルファンを見ていて一番不可解なのは、果てがないじゃないですか。
姫乃:そうですねー……。アイドルとファンの関係で恋は成就しているからその先がない。それは置いといて、本来なら推しが売れるのが上がりのはずなんですけど、いざ実際に売れると、耕平さんみたいになっちゃう人も少なくないわけですよね。「あれ? 違うな」って。以前、個人的にアイドルファン100人にアンケートを採ったことがあるのですが、年齢とか収入とか、アイドルにハマったきっかけとか応援する楽しさとか、そういうアンケートを採ったんですけど、ちょっとびっくりするくらい全員が同じような回答なんですよね。特にヲタクを辞められないと答えた人がほぼほぼ99%みたいな感じで、ハマったらもう二度と出てこられない。『堕ちる』でもそれが大きなテーマになっていますよね。
栗原:『潜行』(姫乃たまの著書)の密かなテーマでもあったけど、姫乃さんは地下アイドルを「居場所」って捉えているでしょう。アイドルとヲタク双方にとっての居場所って。『堕ちる』の耕平さんにとっても、めめたんを知ったことは居場所を見つけたことでもあった。やたらお節介なトップヲタにあれこれ教えてもらうのが、割と嫌じゃない、というより嬉しそうだったり。
姫乃:推しの話題が共通言語になるので、ファン同士のほうがアイドルとよりも話が合いますよね。『堕ちる』でも、そういう雰囲気が描かれていました。以前、寺嶋由芙ちゃんのファンと話してて、「もっと由芙ちゃんと話したくないんですか?」と聞いたら、「由芙ちゃんのことは好きだけど、推しだからといって話が盛り上がるとは限らないからあまりそうは思わない」と言われて衝撃でした。そういう考え方もあるのか、と。でも引っ込み思案の主人公が他のファンの人と仲良くするのはすごく良いですよね。
栗原:ベルハーにものすごいハマっている知人がいて。それまではアイドルにハマるとか意味がわからないって言ってたような人で、ライブに行ってもボッチで腕組みして見ているタイプだったんだけど、ベルハーを知ってからは、一緒に騒ぐし、ヲタの友達ができて現場で声を掛けてもらえるのがすげー幸せって。
姫乃:はー、めちゃくちゃかわいい。ファンのそういう姿を見るとこっちも幸せになりますね。アイドルやってて良かったって思います。
栗原:あと「ガチ恋問題」というのもありますよね。ベルハーにハマるのはたぶんガチ恋みたいなのとは方向が違うと思うんだけど、カタモミ女子はシステム的に疑似恋愛だし、めめたんはキャラクター的にガチ恋を誘発するタイプに見えますね。
姫乃:ああいうわかりやすく可愛くてアキバ系っぽい清純な感じの子は、幻想を抱きやすいのでガチ恋ファンが多い印象ですね。
栗原:姫乃さんのファンはどうですか。
姫乃:えっ、うちはいないようにしてます。ガチ恋。
栗原:そうなんだ。以前インタビューで「本当に好きになっちゃったけど、もう治まりがついたから大丈夫」ってファンに言われたって話をしてたじゃない。
姫乃:うーん、事後報告はたまにありますね。年に1回とか。
栗原:あのエピソードは、きよちゃんの痩せ我慢に近い気がして、ちょっと切なくなったんだけど(笑)。
姫乃:いやあ、私とファンが一番切ないですよ!(笑) 人の期待に沿えないのは本当にストレスになりますね。ガチ恋は難しいです。単純に男同士の嫉妬がすごく苦手なので、ガチ恋ファンが不安定になっているのを見ると、それだけで他のファンとぶつからないか不安になります。
栗原:ガチ恋同士の戦いが起こったり?
姫乃:うちは滅多にないですけど、ガチ恋のヲタクしかいない現場って本当にあって、そういうところはすごいですよ。
栗原:姫乃さんの言う、生きづらい者同士の「居場所」としての地下アイドル現場というのは、書評なんかにも書いたけど、現代的な問題というか困難に対する回答として目から鱗だったんですよ。耕平さんもきよちゃんも、そこでなにがしか生きる活力をもらったわけだし。ただ居場所って考えたとき、同じ場所に一緒にいるそのときの横の広がりと、それが積み重なっていく時間的な縦の軸があると思うんですよ。現場の一時が、楽しい、幸せというのはわかるんだけど、時間が積み重なっていったときに幸せはどこへ収まっていくのか。そう考えちゃうとあまりに果てがなさすぎて気が遠くなっちゃうんだよね。おれが考えすぎなのかもしれないけど。
姫乃:まさに私がずっと悩んでいることなので、答えを出せなくて申し訳ないのですが、人ってどうやって幸せになるんでしょうね(遠い目)。
栗原:アイドルとファンの場合、きよちゃんとりりあちゃんみたいに絶対的な非対称性があるから、一般の恋愛みたいな成就のかたちが基本的にはない。とすると楽しい一時を永遠にループする『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』みたいな話になっちゃうんだけど、それは続かないわけじゃないですか。
姫乃:アイドルは引退すれば終わりですけど、ファンは何かものすごい衝撃が起こらないと死ぬまで終わらないんですよね。アンケートでも死ぬまで辞められないと回答した人がほとんどで、一人だけ具体的な辞める理由を書いてくださった方がいたんですけど、それが「親の介護」。もう本当に胸が締め付けられましたね。アイドルファンやってたから、結婚もしてないし子どももいない。親を老人ホームに入れてあげるお金も趣味に使ってるから、親が倒れたときがアイドルファンを辞めざるを得ない時という。こちらとしても、そういう人を抱えている以上、簡単にアイドルやめられないのが現実なんですけど。
栗原:『堕ちる』のラストも結局そのヲタクはどう終わるのか問題を巡っていた感じはありますよね。めめたんと結婚しちゃったなんてオチは論外だし、告白して振られましたでもどっちらけだろうし。そう考えると、観終わったときには「ねえよ」って思ったけど、あれしか落としようがなかったのかなって気もしてくる。
姫乃:アイドルファンの良くも悪くも永遠が映し出された、いい映画でしたね。
■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter
■姫乃たま
地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』があり、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。
ウェブサイト ■ https://himeeeno.wixsite.com/tama
Twitter ● https://twitter.com/Himeeeno
■公開情報
『堕ちる』
・12月6日(火)ロフトプラスワンウエストにて、上映+トークショー決定
公式サイト:https://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/52963
・12月17日(土)Loft9 Shibuyaにて再アンコール上映
公式サイト:https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/53731
・12月30日(金)~1月6日(金)愛知県刈谷日劇で上映予定
公式サイト:http://kariyanichigeki.com/coming/
※12/30は「退屈に効くクスリ」イベント内での上映
監督・脚本:村山和也
出演:中村まこと、錦織めぐみ(Luce Twinkle Wink☆)、古川順、金子昌弘、水井章人、涼掛凜(じぇるの!)
撮影監督:金子聡司 撮影:柏崎佑介 録音:川目誠 プロデューサー:石原裕久 音楽:前口渉
公式ツイッター