アイドルへの“ガチ恋”は、なぜかくも切ない? 栗原裕一郎と姫乃たま、映画『堕ちる』を語る

『中年純情物語』のきよちゃん

 

栗原:ノンフィクションと言えば、『堕ちる』でどうしても連想しちゃったのが、昨年フジテレビの「ザ・ノンフィクション」で放映された『中年純情物語~地下アイドルに恋して』。観ました?

姫乃:私も連想してしまって、『堕ちる』がきっかけで観ました。

栗原:おれはこの番組、衝撃的で、3回くらい観てます(笑)。『中年純情物語』に登場するドルヲタのきよちゃんも、53歳の結婚歴なし独身で通信会社のエンジニアとして働いていて、『堕ちる』の主人公とスペックがほとんど同じなんですよ。知り合いに地下アイドル現場に連れて行かれてハマって。

姫乃:知人に連れられてハマっちゃうのも、多いケースですよね。そしてきよちゃんは推しの子が辞めちゃうという……うう……つらい。

栗原:そうそう。きよちゃんが入れ込むのは、カタモミ女子というグループの小泉りりあちゃん。彼女は現在は「小泉りあ」という名前で活動しています。カタモミ女子は、リフレッシュマッサージのお店の専属アイドルというか店員さんたちのグループで、肩揉みの仕事の傍らでアイドル活動もしている。もうお店は閉店して、カタモミ女子も解散しちゃったんだけど。個室で一対一でアイドルに肩を揉んでもらいながら話ができるというシステムで、1時間6千円くらいだったかな。きよちゃんはお店にもライブにも通い詰めるんだけど、メンバーの女の子たちが「こんなところでアイドルやってても先がない」って造反して一斉に辞めてしまう。りりあちゃんも辞めてしまう。卒業の発表がギリギリまで伏せられていて、きよちゃんも他のファンも寝耳に水で、呆然、揉めごとみたいな展開になるんだけど、りりあちゃんがいなくなった後、きよちゃんが渦中を振り返って「夢のような世界だった」って漏らして、ちょっと涙を流して拭う。失意ということでも『堕ちる』のラストに通じていると思うんだけど、そのとききよちゃんがいる場所がまた印象的で。河川敷のゴルフの打ちっ放しにいるんですよね。

姫乃:またユニフォームがりりあちゃんのイメージカラーのブルーなんですよね……うう……うう。

栗原:アイドルを追っかけなくなったから時間が浮いちゃって、普通の中年の趣味に戻って、河川敷の打ちっ放しにいる。代償行為だよね。『堕ちる』のラストと比較すると、きよちゃんのほうがリアルに見えちゃって。まあ、現実にリアルな話なんだけど。

姫乃:そう、これはすごいリアルですよね。私もなんか見てはいけないファンのプライベートを覗いてしまった気持ちでどきっとしました。

栗原:で、きよちゃんが泣いている姿に、おれはつい「泣くくらい好きなら行けよ! なぜ行かない?」って突っ込んじゃって(笑)。

姫乃:それはまた栗原さんっぽい考え方だなー(笑)。でも告白してうまくいかなかったら、もう何もかも終わりじゃないですか。それこそ何もなくなってしまう気がするのですが。

栗原:きよちゃんが?

姫乃:うん。

栗原:でも、きよちゃんは、もうある意味ではりりあちゃんを失ったわけじゃない。きよちゃんが「あなたのファンになります」って宣言したとき、りりあちゃんはファンがゼロで、アイドルを辞めようと考えていたところだった。きよちゃんが「ファンになります」って言ってくれたことでやる気に火が付いて活動を続けるんだけど、きよちゃんとほぼマンツーマンだから、りりあちゃんも情が移りまくっている。実際「他のファンには悪いけど、きよちゃんのためにやってる」って言ったり。きよちゃんが強くアプローチしたらあるいはって雰囲気はあったじゃないですか。そこで一線を超えないことを守ったきよちゃんの武士的な痩せ我慢は潔くてかっこいいし、ヲタクの美学もそこにあるのはわかるんだけど、現実問題として、アイドルとしての彼女を見守ることと、一線を越えてアプローチすることと、どっちが幸せな結末に近いかって微妙な線じゃない?

姫乃:ほら! 栗原さんは前にもあっけらかんと、「アイドルにかけるお金をデートに使ったらダメなの?」とか聞いて、頃安祐良監督とか岡田康宏さんから怒られてたでしょう!(笑) たしかに、活動がうまくいかないとファンの人と結婚して引退しようかなみたいに話す子もいますけどね。

栗原:ああ、あのときの(笑)。でも、きよちゃんも「毎日会ってたらどんな感じかなと想像することはありますけどね。いつでも会える存在。アイドルやってる間は叶わないことだけど」って言ってるわけだからさ、なら行けよ!(笑)

姫乃:とにかくきよちゃんに物申したいのね(笑)。

――僕もやっぱり行ったほうがいいと思うタイプですね(担当編集M、34歳)。

姫乃:えー、マジですか!

栗原:姫乃さんが「君はもうアイドル辞めておれのところに来い!」って言われたら?

姫乃:えええ……。おれのところに来いは嬉しいけど、仕事には口出してほしくないですね……。

 

栗原:そうなんだよね。『中年純情物語』の感想を見てたらこういう解釈をしている人がいて。きよちゃんとりりあちゃんは両思いだけど見ている先が違う。きよちゃんはりりあと恋人になりたい、結婚したいと思っている。りりあもきよちゃんがいたからカタモミ女子を続けたわけだけど、きよちゃんしかいなかったからカタモミ女子を辞めたんだって。「きよちゃんしかいなかったからステップアップのために辞めた」というそこには絶対的な非対称性があるというわけ。

姫乃:非対称性! はっ、いま栗原さんがアイドルファンではなくて、経済学の人だったことを思い出しました。そうですね、りりあちゃんに関してはわからないですけど、基本的にはアイドル側からすると活動を続けることが恩返しであって、その先に交際とか結婚があるとは限らないですね。ファン側もそれを理解しているのは当たり前のことで、それがなかったら業界がとっきに破綻してます。

栗原:そうすると、おれの「行けよ!」って言うのは単細胞すぎる話で、きよちゃんはその非対称性を十分わかっていて、あえて行かなかったのかもしれない。ますます泣けますね(涙)。

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