妻夫木聡、なぜゲイ青年や猟奇殺人犯を演じた? 俳優としての“攻めの姿勢”を考察
妻夫木聡がカエル男を演じる点においては、いろんな意味で挑戦的であると評価できる。そもそも、カエルのマスクで本人の顔が見えないので、演じているのが本人かどうかも判らない。さらに、カエル男はある事情によって顔に傷を負っているという設定なので、スキンヘッドとなった妻夫木聡の顔は、特殊メイクによって素顔がわからないほど変形している。カエル男のキャスティングは判明したが、そのことを知らずに本作を観た観客の中には、「どこに妻夫木聡が出ていたのか?」という感想を漏らす人がいたことに納得するほど、『ミュージアム』の妻夫木聡は攻めている。『悪人』(10)で文字通り“悪人”を演じていたし、『渇き。』(14)では不気味な悪徳刑事を演じていたが、ここまで徹底した悪役は、彼のキャリアにおいて初めてではないだろうか。それどころか、彼がカエル男を演じていると知っていても知らなくとも、その振り切れた演技には誰もが驚かされるに違いないのだ。
当初、妻夫木聡のキャリアは、映画とテレビドラマにバランスよく出演していたという印象がある。例えば、『ウォーターボーイズ』(01)で人気を得た後、テレビでは『ロングラブレター〜漂流教室〜』(フジテレビ系)に出演。『ブラックジャックによろしく』(TBS系)に主演した2003年には、『ドラゴンヘッド』(03)や『ジョゼと虎と魚たち』(03)に出演。さらに『オレンジデイズ』(TBS系)に主演した2004年には、『きょうのできごと a day on a planet』(04)や『69 sixty nine』(04)に出演。2005年の『スローダンス』(フジテレビ系)までは、毎年のように連続ドラマへ出演(しかも主に主演だった)していたが、その頃から映画中心の出演にシフトしていった感がある。2009年には、NHKの大河ドラマ『天地人』に主演したことによって、お茶の間でも年齢を問わず幅広く知られるようになったのだが、そのことが<妻夫木聡>という個人名で、主役でも脇役でも勝負できる自由度を得たようにも感じられる。振り返れば、『ジャッジ!』、(14)、『小さいおうち』(14)、『ぼくたちの家族』(14)、『渇き。』、『STAND BY ME ドラえもん』、(14)、『舞妓はレディ』(14)、『バンクーバーの朝日』(14)と、彼のキャリアで過去最多である8本もの作品が2014年には公開されていた。主役もあれば脇役もあり、吹替えまでこなす多忙ぶりは、そのことを裏付けている。
2016年に公開された妻夫木聡の出演作は、3月に公開された『家族はつらいよ』(14)、5月公開の『殿、利息でござる』(14)、9月公開の『怒り』(14)、そして11月公開の『ミュージアム』と4本ある。この本数を「多い」と捉えるか「それほどでもない」と捉えるかは別として、ゲイの青年を演じた『怒り』と猟奇殺人犯を演じた『ミュージアム』という2本に挑戦した妻夫木聡は、いま自身のイメージを変えようと模索しているようにも窺える。よくよく考えると、『ジョゼと虎と魚たち』の主人公や『春の雪』(05)の主人公など、誠実なだけではない複雑な内面を抱えた人物を演じることに、彼は長けていたではないか。後の世になって妻夫木聡のフィルモグラフィを眺めた時、「2016年がターニングポイントのひとつになっていた」と評価できると個人的に思う由縁。それは、どちらにしても正体・素顔の判らない『ミュージアム』のカエル男を演じることに挑戦した、彼の攻めの姿勢にある。
■松崎健夫
映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『キキマス!』(ニッポン放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。Twitter
■公開情報
『ミュージアム』
全国公開中
出演:小栗旬、尾野真千子、野村周平、丸山智己、田畑智子、市川実日子、伊武雅刀、大森南朋、松重豊、カエル男
原作:巴亮介『ミュージアム』(講談社「ヤングマガジン」刊)
主題歌:ONE OK ROCK「Taking Off」(A-Sketch)
監督:大友啓史
脚本:高橋泉、藤井清美、大友啓史
音楽:岩代太郎
製作:映画「ミュージアム」製作委員会
制作プロダクション:ツインズジャパン
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)巴亮介/講談社 (c)2016映画「ミュージアム」製作委員会
公式サイト:http://www.museum-movie.jp