『健さん』日比遊一監督インタビュー

「高倉健さんは、ひとつの役しかできないけれどスターだった」 『健さん』監督が語る、その偉大さ

「今の日本映画界の役者には個々のストーリーが必要」

マーティン・スコセッシ

ーー今回出演された方々の中には監督もいらっしゃいますが、内容について何か聞かれたりはしなかったのでしょうか?

日比:もちろん皆さん思っていたんでしょうけど、不思議なことに誰も聞いてこなかったんです。しかも僕みたいな青二才の無名監督に対して、皆さん声を揃えて「良い作品にしてください」と言ってくれたんです。それにはすごく感動しましたね。当然、「おまえ誰だよ」とかあると思うんですけど、誰ひとりそういったことを口にしなかった。それってどういうことなのか自分でも考えてみたんですけど、つまり“全員一流”ってことなんですよ。一流の人は、そういうくだらないことは言わない。そういうことを言うのって、一流になりきれない中途半端な人たちで。でも考えてみれば、いくら大スターでも大監督でも、そういう時代って必ずあるんですよね。だから本当に一流の方々に出演してもらうことができて、とても光栄に思っています。

ーーこれだけの方々の証言があるにも関わらず、上映時間が95分というのにも驚いたのですが、これには何か監督の意図があるのでしょうか?

日比:僕は長い映画をあまり信じていないんです。だから、どうにかして100分前後に収めたかった。今の人たちって、辛抱がないじゃないですか。みんなスマホで映画を観たりして、映画館に行かない。高倉健さんも言っていますけど、映画はエンターテインメントじゃなきゃいけないですし、長ければいいというものでもないですからね。この作品は基本的にはドキュメンタリーですけど、僕はいつもドラマを作りたいと思っている。だから、今回の作品は高倉健さんにとって、206本目の出演作に感じてもらえるものにしたかったんです。もし高倉健さんが生きていらっしゃったら、そう思っていただけることを意識しました。

高倉健

ーー高倉健さんは日本の映画界にとって非常に重要な方だったと思います。海外でご活躍されている監督は、高倉健さんを失った今の日本映画界をどのように見ていますか?

日比:もちろん今の日本の映画界にも才能のある人はいると思います。ただ、みんな自分自分になってしまっているような気がします。僕たちの世代には、高倉健さんやブルース・リーのような存在がありましたけど、今の人たちには、手の届かない目標になる様な存在がないんじゃないでしょうか。悪いことではないと思いますけど、時代が変わって、ブログやSNSなどで自分自身のことを簡単に発信できるようになっていますよね。それに、渋谷や六本木を歩いていても、外見だけで言うと俳優さんよりも目立つ人がたくさんいます。だから、本当にスターみたいな存在って、今の時代、出てきにくいんだと思います。自分がなろうと思ってなれるわけでもないですから。例えば、『太陽にほえろ』の松田優作さんを観ると、演技自体は下手くそなんですよね。でも、間違いなく感じるものがあるんです。松田優作さんが自身のシーンにかける思いっていうのは、彼の人生そのものなわけで。でも今は、もう技術的な部分をみんなわかってしまっているから、器用貧乏な人が多くなっていて、言ってしまえば誰にでもできてしまうような演技が多くなってしまった。でもやっぱり、人が笑ったり泣いたりする感動って、そこにはないと僕は思うんです。今の日本映画界の役者には個々のストーリーが必要なんじゃないかなと。僕は役者がパーソナルになればなるほど作品はよくなるし、世界に発信されるインターナショナルなものになり得ると思うんです。

ーーなるほど。それは映画監督にも言えることですか?

日比:映画監督も何をやっても同じですよね。極端なことを言うと、命かけてラーメンを作ってる人がいるじゃないですか。必要なのは、ああいうことだと思うんです。今の人たちには、そこまで一生懸命になれるものがないのかなって。日本映画も昔に比べて今のほうが海外の映画祭にたくさん出たりしていますけど、外国人が評価する日本映画って、やっぱり何かちょっと違うような気がするんですよね。カンヌに出品されるような映画って、大抵日本では当たらないじゃないですか。そういう映画は世界的に評価されているとは言えないですし、だから結局、黒澤明とか小津安二郎に戻っちゃうんですよね。でも今『東京物語』を観てもみんな感動しますよね。それが“国境を越えた感動”ということになると思うんです。今回、映画のタイトルを『健さん』としましたが、これにはいろいろな思いがあるんですよ。日本を代表する俳優って、まず三船敏郎さんがいて、その次の世代に勝新太郎さんや中村錦之助さん、そして高倉健さんがいたわけですが、この世代の人たちは世界であまりにも知られていない。それは単純に、三船敏郎さんのように、いろいろな国の言葉で、いろんな人に語られていないからなんです。今はこの人たちを通り越して、渡辺謙さんになっていますよね。でも「けんさん」って言うと、僕にとっては“高倉健”以外の何者でもないんです。だから、日本を代表する「けんさん」は、高倉健さんなんだと。それをもう一度確認するという意味で、このタイトルにしました。そして、“高倉健”という偉大な映画人が日本にいたことを、海外の人たちにも知ってもらわなければいけない。それはこの映画を撮った僕の責任でもあるので、今後必ずやっていくつもりでいます。

(取材・文=宮川翔)

■公開情報
『健さん』
8月20日(土)、全国ロードショー
出演:マイケル・ダグラス、ポール・シュレイダー、ヤン・デ・ボン、ユ・オソン、チューリン、ジョン・ウー、マーティン・スコセッシ、阿部丈之・真子、石山希哲・英代、今津勝幸、梅宮辰夫、遠藤努、老川祥一、川本三郎、佐々木隆之、澤島忠、関根忠郎、立木義浩、中野良子、西村泰治、降旗康男、森敏子、八名信夫、山下義明、山田洋次、中井貴一(語り)
監督:日比遊一
エグゼクティブ・プロデューサー:李鳳宇
音楽:岩代太郎
写真提供:遠藤努、今津勝幸、立木義浩、操上和美、高梨豊
2016年/日本/95分/5.1ch/ビスタ/カラー・モノクロ
製作:ガーデングループ、レスぺ
制作・配給:レスぺ
宣伝協力:ブラウニー
後援:読売新聞社
(c)2016 Team "KEN SAN”
公式サイト:kensan-movie.com

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