二階堂ふみ主演『蜜のあわれ』が描く、エロスとタナトスの相克ーー石井岳龍監督の新境地を探る

 そして石井岳龍監督による、ワイプを多用したオーソドックスな演出と、ミュージカルやダンス、ファンタジーの技法を、時にユーモアをまじえ融合した、いわば伝統美とモダニズムが同居する作品作りの妙。監督の技術力の高さを感じる。そして『狂い咲きサンダーロード』や『爆裂都市 BURST CITY』『ソレダケ/that's it』といった激烈でテンションの高いアクション〜ロック映画のイメージも強い監督にとって、これは新境地の作品であるに違いない。リアルサウンドのインタビューによれば(参考:『爆裂都市』から『ソレダケ』へーー石井岳龍監督が再びロック映画に向かった理由)、依頼があっての今回の作品ということだが、石井監督はこの奇妙な原作から、老いていくことの悲しさや恐れ、若さや性への妄執、死を前にした孤独といったテーマを読み取りクローズ・アップすることで、もうすぐ還暦を迎える自らの境遇を重ね合わせたのかもしれない。

 

 「人間は七十になっても、生きているあいだ、性慾も、感覚も豊富にあるもんなんだよ、それを正直に言い現わすか、匿しているかの違いがあるだけだ」」(室生犀星『蜜のあわれ』)

 若くはち切れそうな金魚の化身と、19年間寝たきりの妻を抱え、目はかすみ、耳は遠くなり、男の機能を失い、否応なく忍び寄る老いの影に怯える作家(大杉漣。適役)の残酷な対比。性は若さの、生の証であるという強い思い。エロスとタナトスの相克。そこに若き日に親交があった芥川龍之介の幽霊が絡んで、老作家が長年抱えてきた葛藤や苦悩までもが明らかにされる。終盤の老作家の慟哭が身につまされる年配の観客は多いだろう。

 前述の通り、石井監督にとって本作は「頼まれ仕事」のひとつということになるのかもしれないが、頼まれ仕事であるからこそ、作家の本質が色濃く表れることもある。依頼元からの「お題」はきっかけに過ぎない。『水の中の八月』(1995)『ユメの銀河』(1997)といった作品での女性性、『シャニダールの花』(2013)での絢爛とした色彩感覚といったものが、本作には存分に生かされているのである。

 なお同じ室生犀星の小説『火の魚』は、『蜜のあわれ』の単行本の表紙製作を巡る室生と装幀家の女性の物語であり、2009年に原田芳雄と尾野真千子の出演でドラマ化されている。こちらもかなりの傑作だ。DVD化もされているので、興味がある方はぜひ。

■小野島大
音楽評論家。 時々DJ。『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』などに執筆。著編書に『ロックがわかる超名盤100』(音楽之友社)、『NEWSWAVEと、その時代』(エイベックス)、『フィッシュマンズ全書』(小学館)『音楽配信はどこに向かう?』(インプレス)など。facebookTwitter

■公開情報
『蜜のあわれ』
4月1日(金)より、新宿バルト9ほかにてロードショー
原作:室生犀星「蜜のあわれ」
監督:石井岳龍
脚本:港岳彦
出演:二階堂ふみ、大杉漣、真木よう子、韓英恵、上田耕一、渋川清彦、高良健吾、永瀬正敏
配給:ファントム・フィルム
(c)2015『蜜のあわれ』製作委員会
公式サイト:http://mitsunoaware.com/

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