蛭子能収、なぜいま人生最大のブレイク期に? 映画版『ローカル路線バス~』から考える

 そして、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』は、結果的に、そんな蛭子の行動原理に、ある種の説得力を持たせる場所として、あるいはそれを実践する場所として、新たな意味を獲得していったのだった。とはいえ、それが映画化されると知ったときには、さすがに筆者も我が目を疑った。2月13日より、新宿ピカデリー他で全国公開される『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』である。基本的なルールや構成は通常の番組と同じであるものの、番組史上初の海外ロケ(台湾)であること、フルハイビジョンの4倍の画素数を持つ4Kカメラで全編撮影されていることなどを謳った今回の映画版。リアルサウンド映画部としては、やはりこれを観逃してはならないだろうと、ひと足先に観覧させてもらったのだが……スクリーンに登場した太川がタイトルコールの後、のっけから「映画になっちゃったよ(笑)」と語りかけ、それに蛭子が「すごいねえ……お客さん、1800円払って来るかねえ?」と答える超展開に、思わずのけぞった。その後、今回の「マドンナ」である三船美佳を呼びこみつつ、聞きなれたキートン山田のナレーションとテロップによって、テレビ番組のようにサクサクと進行してゆく本作。いまだかつて、こんな映画が存在しただろうか? 番組の規定通り、ローカル路線バスを乗り継ぎながら、「3泊4日」で、“台北”から台湾最南端の“ガランピ灯台”を目指す3人の珍道中。確かに「ロードムービー」と言えなくはないけれど……そのとき、はたと気づいたのだ。重要なのは、この「ブレの無さ」なのである。

(C)2015「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」製作委員会

 たとえ、映画になろうとも決して浮き足立つことなく、そのスタンスや構成をいっさい変えようとしなかったテレビ東京。それと同じく、冒頭のシーンで「(映画だから)泣きどころを作ってあげないとね。感動するシーンとか絶対必要でしょ?」と笑いながら発言しつつも、結局のところ、いつも通りゴールを目指して淡々と旅を進める蛭子もまた、まったくブレが無いのだ。そう、真の意味で驚くべきは、この「ブレの無さ」なのである。近年、バラエティに執筆に多忙を極める蛭子だが、そのマイペースな行動哲学は、何も今に始まった話ではない。思えば、テレビで初めて観た頃から、蛭子のマイペースぶりは1ミリもブレることが無かった。ある意味、生まれたときから徹頭徹尾、一貫していると言ってもいいだろう。むしろ、変わったのは世の中であり、蛭子の言動を笑いながら観ている我々のほうなのではないか? 空気を読まない人間として、失笑を買っていたのは、もはや昔のこと。今となっては、世の中の空気やSNSを含む煩雑な人間関係に流されることなく、たとえ他人にどう思われようとも、自分のやりたいように生きている蛭子に、ほのかな「共感」や「憧れ」が生まれ始めているのだ。まさか、あの蛭子さんに共感する日が来ようとは……というか、映画化されようとも、まったくブレること無く淡々と進行してゆく本作を眺めながら、「ところで、これ、テレビの特番と何が違うんだろう……」という素朴な疑問を持ちつつ、「世の中というのは、本当にわからないな」と、ひとりごちる筆者なのであった。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「CUT」、「ROCKIN’ON JAPAN」誌の編集を経てフリーランス。映画、音楽、その他諸々について、あちらこちらに書いてます。

■公開情報
『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』
2月13日全国ロードショー
出演:蛭子能収、太川陽介、三船美佳
配給:アスミック・エース
(C)2015「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」製作委員会
公式サイト:www.rosenbus-movie.com

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