【追悼】村上龍:最初で最後の現代作家

【追悼】村上龍:最初で最後の現代作家

1、言葉は爆弾である

『コインロッカー・ベイビーズ』

 村上龍の訃報には驚いた。彼の盟友・坂本龍一はガン闘病を公表していたからその訃報にも心の準備ができたが、村上龍の死は、私を含めた多くの人々にとって不意打ちであっただろうと想像する。驚きも冷めやらぬまま、通りすがりの書店で分厚い一巻本の『コインロッカー・ベイビーズ』――いつのまにこんな形になったのだろうか?――を買って帰りの電車のなかで読み始めたが、文字に集中するのは難しかった。ただ、幼いキクとハシが歓声をあげながら西九州の離島の海岸で遊ぶ情景は、不思議と心にしみた。

 個人的な話で恐縮だが、私が物書きの仕事をするようになったのは、2000年代初頭、大学3年のときにたまたま村上龍の対談集『存在の耐えがたきサルサ』と『EV.Café』を読んだのがきっかけである。私はこの二冊で、吉本隆明、柄谷行人、浅田彰、蓮實重彦、中上健次、YMO、庵野秀明といった名前を初めて知り、これほど知的で面白い世界があるのかと驚嘆した。当時の私は万事にうとく、恐ろしいほど無知だった(今もたいして変わらないが)。大学の授業は退屈で、「失われた十年」や「就職氷河期」などという陰気な言葉に嫌気がさしつつ、社会にも自分自身にも明確なイメージをもてずにいた。そんなうとくて鈍い私にとって、村上龍と批評家たちの言葉はまさに思考の爆弾だった。頭のなかで突然ポン!と音がして、何かが弾けたのだ。そこから私は、批評や文学や哲学を飢えた獣のように求め始めた。当時は何を読んでもスリリングで面白かったが、こんな至福の日々はもう訪れないだろう。もちろん、こんな出来事はちっぽけで取るに足らない。ただ、ある日、ポン!という軽快な破裂音が響かなければ、一人の人生がまったく異なったものになったのも間違いない。

『存在の耐えがたきサルサ』

 村上龍は90年代半ばの援助交際ブームのなかで『ラブ&ポップ』という猥雑な小説を書いたが(庵野秀明による映画版も荒々しくも魅力的で、特に四人の女子高生が『あの素晴しい愛をもう一度』の下手な歌唱を背景に、渋谷のコンクリート・ジャングルの狭間のどぶ川を歩き続けるエンディングにはびっくりさせられた――庵野は「どこにも行けない」という不可能性の感覚を、映画らしく見せようとカッコつけずに都市の地べたから立ち上げたのだ)、彼の仕事全体が日本をポップ(破裂)させる実験であったと言えるだろう。ポップは、お仕着せの体験や知識を超えたところにある。頭のなかで突然何かがポン!と破裂し、視界が一面パッ!と晴れわたる――このマンガのような瞬間にポップのすべてがかかっているのだ。そして、この破裂の瞬間を生み出すためにこそ、村上は自らのもつ体験と知識を総動員したのである。

 ふつう作家は良い作品を書きたいと願う。しかし、村上龍はそれにとどまらず、読者の人生に革命を起こすところまで進もうとした。村上にとって、言葉はあらゆる場所に入り込む爆弾である。瞬時に鮮明なイメージを立ち上げる彼の文体は、予備知識をもたない者にも作用し、その生を震撼させることを狙う。私はかなり特殊なケースだとしても、村上によって人生を変えられた者は多いだろう。逆に、ポップな爆弾が尽きたとき、ひとは惰性的なパターンに陥ってたちどころに自由を失い、標準化・自動化された知能の奴隷になる。何が自分にとっての死活問題か分からなくなり、他人の情報がただ通り過ぎてゆくだけのアカウントになり果てる。つまり、2026年現在の日本人のようになる。村上龍が半世紀をかけて徹底抗戦した相手は、まさにこのような順応のシステムであった。

2、最初で最後の現代作家

『限りなく透明に近いブルー』

 思えば、2026年は村上龍が1976年に『限りなく透明に近いブルー』でデビューしてちょうど50年めであった。私自身は彼の対談やエッセイにたびたび触発される一方、小説についてはそこまで熱心な読者ではなかったが、それでも村上の半世紀の仕事についてはフェアに評価されるべきだと思う。少なくとも、新作が出るたびに騒がれる一方、肝心の小説の中身がますますつまらなくなっている村上春樹と比べて、村上龍が過小評価されているのは確かだろう。

 村上龍の鮮烈な登場に続いて、村上春樹が1979年に『風の歌を聴け』でデビューした1970年代後半は、日本文学史の大きな転換点であった。二人の村上は日本文学のフィールドを、「近代」(モダン)から「現代」(コンテンポラリー)へと移行させた。村上龍自身がよく語っていたことだが、日本の近代文学は、貧しい共同体から豊かな社会への経済発展の過程で生じる正負両面の問題を検証してきた。個の成熟は「母の崩壊」と引き替えであると論じた江藤淳の『成熟と喪失』は、まさにこの両面性を捉えた典型的な評論である。それに対して、戦後生まれの二人の村上は、この近代化と経済成長のプロセスがある程度完成したことを前提に、表面上は豊かになった現代社会のあちこちで同時多発的に生じている諸現象から、小説を立ち上げようとした。彼らはそろって、1970年代の政治的空白を出発点として、その先に進む道を模索した。繁栄と空白が背中あわせになった社会で、異質な個を輝かせること――それが彼らの牽引した「日本現代文学」の綱領であった。

 このコンテンポラリーな問題意識を保ち続けた点では、後にも先にも、二人の村上に勝る作家は日本にいなかった。否、村上春樹が『1973年のピンボール』『ノルウェイの森』『1Q84』などで、近過去に遡行しながらノスタルジックな(そしてアイロニックな)喪失の物語に傾いたことを思えば、本当にコンテンポラリーであろうとし続けたのは村上龍だけだろう。SM、映画、テロリズム、ビジネス、スポーツ、音楽などの諸領域をどんどん横断しては、同時多発的に生じる現代の数々の事件を、即物的な言葉の爆弾に変えてポップさせること――そこに彼の真骨頂があった。彼が多様な人生に多様な影響を与えたのは、その仕事がそれだけ雑多で賑やかであったことの証である。彼が、既成の文壇からはみ出しがちであったのも当然だろう。

 要するに、村上龍は日本文学史における≪最初で最後の現代作家≫であった。そして、『限りなく透明に近いブルー』に始まる50年間の「日本現代文学」の運動は、村上龍が亡くなり、村上春樹のつまらない新作が儀式的にもてはやされる一方(*)、AIのパンデミックが不可逆な規模で進行した2026年に、名実ともに終わったのである。

(*)村上春樹の新作『夏帆』については、宇野常寛と私の対談動画で取り上げられているので、詳しくはそちらを参照されたい。

「善き物語」とは何か? 村上春樹から「男系男子」まで 現代人の救済を考える 福嶋亮大×宇野常寛

 私の考えの要点だけ記しておこう。村上春樹の初期小説には、戦後日本が経済的繁栄のなかですべてを数字で測れるものに変えてしまったという認識があった。その空白の気分が投影された『風の歌を聴け』の冒頭には、自分には物語も小説も書けない、ただ認識を整理するためのノートやリストを提出できるだけだ、という趣旨のことが記されている。1960年代後半のいわゆる「政治の季節」に流布した革命の物語が挫折した後、大きな物語や幻想から離れ、物語未満の断片の集積から始める――このアイロニックな喪失の意識に基づくミニマリズムが、村上春樹の出発点であった。村上の小説の主人公がしきりにアイロンをかけたりパスタをゆでたりするのも、おかしな物語に引き込まれずに、自分の小さな生活を守りたいという意思表示の場面ではあっただろう。

 しかし、村上春樹は今や、自身の半世紀前の仕事をすっかり忘れてしまったようだ。『夏帆』は、彼がデビュー作の時点で敵対していたような作品そのものである。村上はここで、きわめて単純な善悪の二元論に基づきながら、悪い幻想=物語を善い幻想=物語で克服するという筋書きを作った。しかし、それこそがまさに陰謀論そっくりの最悪の発想にほかならない。『夏帆』の女性主人公は終始一貫して物語中毒であり、アリクイやシロアリの女王の(つまり村上春樹の)語る物語をすべて真に受けて、その意味を「考察」し続ける。かつて物語を語れないと宣言した作家が、今や自分こそが善い物語を生産できる本物の物語作家だと、臆面もなく自己正当化し始めたのだ。むろん、それはどだい無理な話であり、現に『夏帆』はメタファーのつじつまを強引に合わせるために、あちこち説明過多になってしまっている。だが、本来、こういうむやみに肥大化した物語から逃れるためにこそ、村上はノートやリストから始めたのではないのか。

 だいたい80歳を前にした作家が、アリクイだのシロアリの女王だのに象徴的な意味を付与しようとする、その幼稚さに世の人は疑問を抱かないのだろうか。本来は誰でもわかることだが、シロアリは何も象徴していない。そんなものは業者を呼んで駆除すればいいだけだ。しかるに、村上春樹はこの取るに足らないものに大仰な意味を与え、主人公にそれを「考察」させる。巷でこれだけ物語や陰謀論の有害さが指摘されているとき、彼はそれにまったく無頓着なのである。『夏帆』と比べれば、井戸を掘っても掘っても悪い物語しか出てこない90年代の『ねじまき鳥クロニクル』のほうが、まだ切実であったと言わざるを得ない。

3、21世紀の新しいコロニアリズム=アメリカニズムのなかで

 もとより、ロマンティックで情念的な「反逆の神話」は初めどれだけ華々しくとも、いずれ権威の餌になって終わる。日本の政治運動はだいたいそういう末路をたどった。反逆的な不良としてデビューした人間が、いつの間にかしれっとエスタブリッシュメントの中心にいるのも、よくある話だ。だからこそ、村上龍はシステムへの多面的な闘争を選び取る。同時多発的に現れる他者たちに接触し、さまざまな摩擦や衝突を経ながら、自己解体を通じた自己解放に到る――それが村上にとってコンテンポラリーな文化の条件であったと言えるだろう。

 ただ、村上龍の場合、その現代性はあっけらかんとした快活なムードにはならず、逆にしばしば陰鬱な調子を伴っていた。それは彼個人の心理的問題には還元されない。というのも、米軍基地の街・福生を舞台にしたデビュー作『限りなく透明に近いブルー』を筆頭に、村上龍の小説は≪占領の寓話≫としての側面をもっていたからである。村上の鬱は、戦後日本の歴史とつながっていた。

 村上の小説ではたいてい、自己を解放することと他者に隷属すること、自由な主人であることと不自由な奴隷であることの区別がつけられない。村上の主人公は男女問わず、強烈な刺激のなかで自己の限界を突破したとも言えるし、その刺激に圧倒されてマゾヒスティックな「人形」に変えられてしまったとも言える(『コインロッカー・ベイビーズ』のキクとハシに、おおむねこの両面性が割り振られている)。ここで『限りなく透明に近いブルー』の有名な書き出しを思い出そう。「飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。蠅よりも小さな虫は、目の前をしばらく旋回して暗い部屋の隅へと見えなくなった」。この語り手は、虫の飛ぶ音と飛行機の音が区別できない。ほんの小さな音が戦闘的な爆音に感じられるくらいに、感覚のバランスが壊れている。この混乱を正常化することはもはやできない――それがアメリカという「基地」に閉じ込められ、占領されるということなのだ。このことが村上の鬱を不可避にする。

 そもそも、アメリカニズムの本質とは何か。一言で言えば、それは「量」の支配である。ファストフードから音楽、ハリウッド映画、さらにはインターネットまで、アメリカの戦後文化はまさに物質的な量の力によって世界を圧倒し、その精神を「占領」してきた。かつて政治学者の高坂正堯が評したように「アメリカは「物量」を作り出すことができる文明である」(『世界地図の中で考える』)。このような極端な物質文明を作り広めた国は、アメリカ以外にはない。村上の一連の小説は、まさにこの圧倒的な量の支配のもたらす酩酊や恍惚を、誰よりも精密に捉えていた。アメリカが直接の主題になっていないときでも、村上はアメリカニズムを変奏して小説に取り入れたのである。

 そして、アメリカが広めた「量の文明」は、今やAIの登場によって、アメリカ人自身を含めた人類の思考や精神をも着実に植民地化しつつある。ビッグデータを学習の材料とするAIは、知識を質の問題から量の問題へと転換させた。これはまさに、人類史上最大の「計量革命」の一つである。21世紀のテック企業は量と計算の力によって、知識を標準化し、その生成をオートメーション化した。それによって、人間の精神や知的生産物はほぼ「数字で数えられるもの」(村上春樹『1973年のピンボール』)に還元される(*)。それは、アメリカ自体をも占領するような新種のアメリカニズム=コロニアリズムの勝利を意味するだろう。われわれは皮肉なことに、自分自身が作り出した知識とテクノロジーによって急速に植民地化されているのだ。

 そう考えると、50年前にアメリカによる占領状態を描いた『限りなく透明に近いブルー』を、今日のわれわれの喫緊の課題に肉薄した、ほとんど唯一の小説として読み直すこともできるだろう。そうはいっても、現代の状況は半世紀前よりも、ある意味で悪化している。20世紀のアメリカ文化はポップな快楽を内包していた。だからこそ、大量のドラッグや音楽のもたらす暴力的な刺激に溺れ、平衡感覚を失いながらも、それを逆用して基地の外部に向かってジャンプするチャンスが、村上龍の主人公には残されていた。しかし、21世紀の新種のアメリカニズム=コロニアリズムは、むしろこのようなポップの快楽を抹殺する。現代人はテクノロジーの作り出す標準の王国に閉じ込められ、AIによる知的植民地化の進行を止める術もない(この点は、拙著『メディアが人間である』で詳しく論じている)。だとすれば、村上龍の鬱や無力感はいずれ形を変えて、われわれ自身の逃れがたい鬱となって再来するだろう。

(*)大雑把に言えば、村上龍がアメリカニズムを「物量」の問題として捉えたのに対して、村上春樹はそれを「数字」の問題として捉えた。この違いは、前者の動物性と後者のアイロニーの差異としても現れる。この点については、柄谷行人の評論「想像力のベース」(『村上龍自選小説集1』所収)も参照されたい。加えて、二人の村上の「前史」として、やはりアメリカによる占領を取り上げた大江健三郎がいたことも忘れてはならない。大江は暴力や恐怖を文学の核としたが、それも村上たちの「現代文学」の運動に先駆けるものである。

4、終わりが始まりを明らかにする

 ともあれ、村上龍の小説は一貫して、平衡感覚を失わせる快楽と暴力に即物的に占領された世界をテーマとしてきた。それは、村上春樹が「喪失」のメタファーをしきりに用いたことと好対照をなす。とはいえ、龍もまたデビューの時点から、春樹とは違う仕方で「喪失」の感覚にとりつかれていたことも確かである。

 フロイトはおおむねこういうことを述べている。喪失したものが具体的に明確化されていれば、それを喪の作業によって弔い、いずれ心理的な区切りをつけることができる。しかし、何をなくしたかがはっきりしないとき、人間は終わりなきメランコリー(鬱)に陥る、と。村上龍がしばしば示した抑鬱的な感覚も、このフロイト的なメランコリーに近い。龍の喪失はどこか抽象的であり、それゆえに彼のメランコリーには終わりがない。そして、この喪失の意識が、時代の先端を進む村上龍の言葉に、どこか古風な衣装をまとわせたのである。

 繰り返せば、さまざまな領域を言葉の爆弾に仕上げた村上龍は、日本ではほとんど唯一のコンテンポラリーな文学者であった。しかし、その「現代文学」の運動の底に、むしろ近代文学の技法があったことも見逃せない。私は先ほど『コインロッカー・ベイビーズ』における西九州の海の描写に触れたが、それは近代文学の自然主義的リアリズムの延長線上にあった。このリアリズムを踏み台として、村上の描写は激しい性や暴力や快楽へとジャンプしてゆく。この点で、『コインロッカー・ベイビーズ』はキクとハシの成長とともに、近代文学から現代文学への変異のプロセスを記録していた。

 その際、『コインロッカー・ベイビーズ』が標的としたのは母性であった。この小説では、育ての母と実の母がともに悲惨な死を遂げる。この母殺しは、キクとハシがコインロッカーという「子宮」の外に出るための不可欠のステップであった。その一方、父は総じて希薄である。ちょうどこの小説が刊行された1980年に、村上龍自身には息子が生まれたが、小説のキクとハシはむしろ父になることを受け入れない。つまり、母を殺して父を拒絶する――それが『コインロッカー・ベイビーズ』の決断であり、そこから村上龍の他者への冒険が始まるのである。

『MISSING 失われているもの』

 それに対して、2020年刊行のほぼ事実上の遺作と言うべき村上の『MISSING』(「失われているもの」という不思議なサブタイトルが付けられている)では、擬似的な私小説のスタイルに基づいて、母の記憶が語られていた(詳しくは、拙著『らせん状想像力』参照)。『コインロッカー・ベイビーズ』では「母殺し」として炸裂した想像力が、最後には日本文学の伝統に属する「母恋い」の物語に着地する――それが村上龍の文学の軌跡であり、『MISSING』は現代作家として歩んだ半世紀の歴史に自ら幕を引いたのである。それは、彼の「喪失」した対象が、母性的な何かであったことを示唆している。ただ、それは実在の母そのものでもない。ゆえに、彼のメランコリーが終わることもない。

 今日、文学を読んで自由になることは難しい。それはアートであろうと映画であろうと同じことだ。自由や豊かさを求めて文化に接するひとびとは、今どれだけいるだろうか。われわれの世界はとても貧しい。そう言う自分自身がその貧しさを免れていないのが、また苛立ちを増幅させる。その一方、では何が悪かったのか、われわれはどこで間違ったのかと問うても、それもまた明確にはならない。何が失われたかが一向にはっきりしない。その意味で、村上龍のメランコリーは決して彼だけのものではあり得ない。

 50年間の日本現代文学の運動は、確かに名実ともに終わった。しかし、新たな知的植民地化の渦中にいるわれわれは、ある意味で半世紀前の村上龍が抱えた困難に差し戻されたとも言えるだろう。終わりが始まりを明らかにする――私は今そのことを痛感している。

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