東川篤哉 × 阿津川辰海が語り合う、学園ミステリの現在地「謎解きミステリの主人公は成長する必要があるのか?」

東川篤哉 × 阿津川辰海、学園ミステリ対談

 東川篤哉の〈鯉ケ窪学園〉シリーズ最新作『朝比奈さんと秘密の相棒』(実業之日本社)の文庫化を記念し、気鋭のミステリ作家・阿津川辰海との特別対談が実現した。同じく文庫化を果たした阿津川の学園ミステリ『午後のチャイムが鳴るまでは』(実業之日本社)誕生の裏側には、かつての東川との対話が大きく影響していたという。

 本稿では、明るく楽しい学園生活をベースにしながらも対照的なアプローチをとる二人が、自作の裏話を披露。現代ミステリにおける「探偵役の成長」の要否や、米澤穂信作品からの影響、さらには時代設定や校内図がもたらす執筆の制約まで、世代の異なるミステリ作家同士ならではの奥深い創作論を語り合った。

思わず笑ってしまう様な絵面になっているのが良い

東川篤哉

阿津川:東川さんの『朝比奈さんと秘密の相棒』を今回の文庫化を機に改めて読んだのですが、やはり本作で使われている特異な設定が面白いなと感じました。〈鯉ケ窪学園〉シリーズは第五作『君に読ませたいミステリがあるんだ』の頃からラブコメの興趣が前面に出てきた気がするのですが、『朝比奈さん~』は前作より更に強く感じました。収録作中、私が最も好きなのは第五話の「茶室に消えた少女」です。先ほど申し上げた特異な設定を上手く活かした謎解きが書かれている点に加えて、作中で描かれる状況が非常にシュールというか、思わず笑ってしまう様な絵面になっているのが良いんですよね。

東川:『朝比奈さん~』で使った設定は、実は結構前に思い付いたアイディアだったんです。

阿津川:そうなんですか。着想があったのは、いつ頃からなんですか?

東川篤哉『朝比奈さんと秘密の相棒』(実業之日本社)

東川:はっきりとは覚えていないんですがデビューしてから暫く後、『謎解きはディナーのあとで』の刊行よりも前だったと思います。突飛なアイディアだと自分でも感じましたが、当時は作家としてそれほど売れていない頃だったので「編集者にこんな変なアイディアを書きたいです、と言っても、採用されないだろうな」と思って、そのままお蔵入りになっていたんです。ただ、〈鯉ケ窪学園〉シリーズを長く続けていく中で新しい趣向も必要になるだろう、ということで、寝かせたままだったアイディアを『朝比奈さん~』で使ってみることにしたんです。アイディアといえば、阿津川さんの『午後のチャイムが鳴るまでは』も素晴らしかったと思います。

阿津川:ありがとうございます。

東川:第2話「いつになったら入稿完了?」では人間消失の謎、第4話「占いの館へおいで」ではハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』の形式へのオマージュと、本格謎解きミステリでお馴染みの趣向を使った話もあれば、第3話「賭博師は恋に舞う」では題名通り賭博小説の興趣を備えた話を描くなど、各編でそれぞれ異なるタイプのアイディアに挑んでいる。それでいて連作短編集としてのまとまりも良く考え抜かれています。単行本刊行時にお会いした際も阿津川さんとお話しした記憶がありますが、これを書きあげるのは本当に大変だったと思います。

阿津川辰海

阿津川:東川さんとは以前、『君に読ませたいミステリがあるんだ』を刊行された際にお話ししたことがあります。その時の模様は実日オンライン掲載のエッセイ「東川先輩に会いに行こう!」に詳しく書いたのですが、実はこれが切っ掛けとなって実業之日本社で学園ミステリを書く企画が立ち上がったんです。学園ミステリを書くのであれば、東川さんの〈鯉ケ窪学園〉シリーズのように高校生が明るく楽しく過ごしているお話にしよう、と考えました。例えば第3話に出てくる「消しゴムポーカー」などは、傍から見れば本当に他愛のない遊びですよね。でも、他人からすれば下らないもの、馬鹿馬鹿しく思えるものに全力で青春を捧げる学生たちを書きたかった。その上で学園ミステリという枠組みの中で様々な味わいの話を描こうと思って出来上がったのが『午後のチャイム~』でした。

阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』(実業之日本社)

――〈鯉ケ窪学園〉シリーズに出てくるキャラクターは、生徒も教師も個性が際立っていて、どれもユーモラスですよね。

阿津川:そうですね。ただ個性的であるだけではなく、キャラクターによって作中で起きる事件の雰囲気や謎解きの興趣が変わってくる点も〈鯉ケ窪学園〉シリーズの魅力ではないかと思っています。例えば地学の先生である池上冬子は《峠のドリフト女王》と呼ばれたUFO好きという設定ですが、冬子先生が登場するエピソードではUFOなどオカルトめいた謎が描かれることが多い。それぞれのキャラクターに合わせて話を作ることで各編のテイストが異なっていくところも、このシリーズの大きな特徴ではないでしょうか。

東川:キャラクターの話で言えば、『午後のチャイム~』における登場人物の描き方は私の〈鯉ケ窪学園〉シリーズの学生たちとは大きく違いますよね。各話で起きる謎は登場人物たちにとって身近で切実な問題であり、その謎が解けることでそれぞれの内面に変化が訪れるように描かれています。

謎解きミステリの主人公は成長する必要がある?

――東川さんの〈鯉ケ窪学園〉シリーズの場合は、登場人物たちが作品を重ねても全く成長しないままであるのが特徴ですよね。学園ミステリ、青春ミステリと呼ばれるジャンルでは謎解きを経て主人公や周りの登場人物たちが葛藤や痛みを感じ、大人への階段を上っていく様子を描く事が多い。ですが、〈鯉ケ窪学園〉シリーズの登場人物たちは成長せず、ずっと変わらないままです。

東川:そもそも謎解きミステリの主人公が成長する必要があるのかな、と思っています。例えばシャーロック・ホームズだってシリーズを通して人間的な成長を描かれるなんてことは無かったわけです。〈鯉ケ窪学園〉シリーズでは学校生活の鬱屈や人間関係に関する苦悩みたいなものは描かず、登場人物たちがそれぞれの学園生活を楽しんでいる様子をずっと書いていければ良いんです。でも最近の謎解きミステリって、探偵役が悩んだり事件を前に葛藤したりする姿を良く描きますよね。あくまで私見ですが、いわゆる“新本格推理”ムーヴメント以降、特にそのような傾向が強くなった気がしています。

阿津川:学園ミステリにおける登場人物の描き方で言えば、米澤穂信さんの作品からの影響が自分たちの世代は強いのではないか、と思っています。〈古典部〉シリーズや〈小市民〉シリーズは、学校という閉じた環境の中で主人公が探偵役としてどのように振舞うべきか、という問題意識を持ちながら行動します。探偵の役割に関する問題を描くとなると、登場人物の内面に踏み込んで、ときにはその変化を書く必要も出てくるかと思います。『午後のチャイム~』は〈鯉ケ窪学園〉シリーズの明るく楽しい学園生活の描写を意識した一方で、米澤さんの登場以降に書かれた青春ミステリの強い影響下にある作品だとも言えます。

東川:〈鯉ケ窪学園〉シリーズとの違いといえば、『午後のチャイム~』では舞台となる九十九々丘高校の校内図が本の冒頭に掲載されていて、「こんなにきっちりと校内の様子を決めて書いたんだ」と思いました。〈鯉ケ窪学園〉シリーズの場合は敢えて細かく校内図を決めないで書いています。あと、『午後のチャイム~』では2021年のコロナ禍の物語であることが明示されていますよね。これも〈鯉ケ窪学園〉シリーズとの大きな違いです。

阿津川:『午後のチャイム~』の続編である「九十九祭へようこそ!」の連載が「Webジェイ・ノベル」で10月6日より始まっているのですが、続編を書くにあたって前作で校内図をしっかり描いたことについて「ハードルを上げてしまったな」と思いました。校内図の設定を変えることが出来ないという制約が出来てしまったためです(笑)。とはいえ制約がある中でアイディアを捻り出すのも腕の見せどころだと思っていますので、その点も含めて続編を楽しんでいただければ幸いです。時代背景を執筆時とほぼ同時期の2021年に設定した点については、特に大きな必然性があったわけではありません。しかし続編では様々な制約を受けながら文化祭というリアルイベントを開催している様子を書きたいなと思い、2021年という設定はいじらないことにしたんです。

東川:なるほど。私の場合は、逆にリアルタイムの高校生たちの姿を出来得る限り反映させないような書き方をしています。〈鯉ケ窪学園〉シリーズでは荒木田という不良キャラが出てきます。だぶだぶの学ラン姿でタバコを吸うという1980年代の不良の姿そのまんまで、どう考えても「今どき、こんなスタイルの不良がいるわけないだろ」と読者から突っ込まれそうなキャラクターです(笑)。だからと言って登場人物を無理やり「今どきの高校生」像に合わせて書く必要はないと思っています。現実の高校生らしさを追求しても、時間が経てば古びてしまう。であれば、むしろ「こんな人いないよ」と突っ込まれるくらいのインパクトがあるキャラクターを書いた方が古びないし、小説としても面白いかなという気がしています。『朝比奈さん~』の著者あとがきで「続編を書く気はあります」と言いつつ具体的な案はまだ何も決めていませんが、この点だけは変えないつもりです。

阿津川:登場人物たちが成長せず変わらないこと、現実の高校生たちの姿を反映しないことが却って時代に左右されない、不変的なキャラクターの面白さにつながっているのだと感じました。東川さんのお話を伺って、〈鯉ケ窪学園〉シリーズが長く愛され続けている理由を改めて知ることが出来たと思います。

■書誌情報
『朝比奈さんと秘密の相棒』
著者:東川篤哉
価格:1,012円(税込)
発売日:2026年10月05日発売
判型:A6(文庫)判 336ページ

『午後のチャイムが鳴るまでは』
著者:阿津川辰海
価格:1,100円(税込)
発売日:2026年10月05日発売
判型:A6(文庫)判 416ページ

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