【追悼】97歳で逝去した少女漫画のパイオニア・わたなべまさこ 生涯描き続けた“悪”と“愛”の人間模様

日本の少女漫画のパイオニアとして知られる、漫画家のわたなべまさこが、2026年10月3日、老衰により死去した。97歳だった。
わたなべまさこは、1929年生まれ。挿絵画家などを経て、貸本『小公子』でデビュー。その後も貸本出版の世界でコンスタントに単行本を描き下ろし、一躍売れっ子作家になる。
1957年、光文社の「少女」に『星よまたたけ』を掲載し、少女誌(商業誌)デビュー。活躍の場はさらにひろがり、ジャングル、海洋、あるいは、修道院や寄宿舎、大富豪の家庭といった、少女たちの冒険心や好奇心をくすぐる非日常的な世界を舞台にした物語の数々は、絶大な支持を集めた。
1969年には、「週刊マーガレット」にて、『ガラスの城』の連載を開始。同作は1971年、第16回小学館漫画賞を受賞するなど、わたなべの代表作のひとつとなる。
そののち、映画『悪い種子(たね)』に着想を得た問題作『聖(セイント)ロザリンド』(1973年)を発表、徐々にミステリやホラーへの志向を強めていく。
70年代末以降は、レディースコミックをはじめとする大人向けの作品にシフト。とりわけ、中国四大奇書のひとつをコミカライズした『金瓶梅(きんぺいばい)』(1993年~2011年)は、長期の連載作となり、各所で高い評価を得た。
2006年、旭日小綬章を受章(女性の漫画家としては初)。2020年には、91歳で新作漫画(『中国怪異譚 朱い紐』)を発表するなど、最晩年まで生涯現役を貫いた巨匠だった。
代表作『ガラスの城』で描いたアンチヒロインの魅力
もともとは若い頃、手塚治虫の『ジャングル大帝』に触発されて、漫画の道を志すようになったというわたなべだが、こうしてあらためて彼女の長い漫画家人生を振り返ってみると、母子もの・双子もののクラシカルな少女漫画から、サイコホラーの先駆的作品、果ては、大人の女性の愛憎劇から中国古典のコミカライズにいたるまで、その描いた作品のジャンルの幅広さに驚かされる(その点でも、手塚治虫の影響が見てとれる)。
とはいえ、彼女の最大のヒット作である『ガラスの城』以降は、多かれ少なかれ、サスペンス色ないしホラー色の強い作品が主流になっている、ともいえよう。
『ガラスの城』は、ロンドンの下町で姉妹として育てられた少女・マリサとイサドラの物語である。あるとき、ふたりの母親が死に、実はマリサがストラス・フォード伯爵の落胤だったということを知ったイサドラは、計略をめぐらせ、マリサの代わりに自らが伯爵令嬢になり替わる。一方のマリサも、孤独な彼女の身を案じた伯爵によって、城で暮らすことになる。
秘密を隠すためには、恐ろしい悪事に手を染めることも厭わないイサドラだったが、やがて真実が明らかになり、城を追われることに。そして、物語の後半、ふたりの娘たち(マリアとミューズ)を巻き込んで、母娘二代にわたる因縁の復讐劇が展開していくのだ。
リアルタイムで同作を読んでいた「少女」たちは、毎回イサドラに騙されるマリサにハラハラさせられたことだろうが、心のどこかで、イサドラの悪女ぶりにも魅了されていたのではないだろうか。
そう、現在の漫画ファンたちにわかりやすい例でいえば、『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦)第1部における、ディオ・ブランドーの悪の魅力がなければ、主人公ジョナサン・ジョースターの「黄金の精神」が目覚めることもなかったように(余談だが、こちらの物語も、英国の貴族階級の“きょうだい”が対決する物語である)、この『ガラスの城』でも、イサドラというアンチヒロインがいなければ、主人公・マリサの純真が際立つこともなかっただろう。
なぜなら、イサドラが象徴する「嫉妬心」や「強欲」は、誰もがもっている「人間」の負の感情であり、マリサが象徴する「善意」や「優しさ」とは表裏一体のものだからだ。
恐ろしい物語の根柢にあるもの
また、そんな人間の暗い面を、さらに一歩推し進めて描いた作品が、『聖ロザリンド』ということになるだろう。この物語では、天使のような無垢な少女・ロザリンドが、恐ろしい殺人を繰り返す。ただし、彼女はそれを悪だとは思っておらず、約束を守るためや、相手を想う善意から、次々と恐ろしい殺人を犯すのだ。これは、再度、「ジョジョ」シリーズになぞらえていえば、第6部の終盤――主要キャラのひとり、ウェザー・リポートが、ラスボス・プッチ神父に向かっていう、「自分が悪だと気づいていない、もっともドス黒い悪」ということになるだろう。
いずれにせよ、こうしたサスペンス色の強い物語の数々を読みながらも、当時の読者たちは、ただ怖がるだけでなく、作者が物語に込めた、“人間への大きな愛”をも読み取っていたはずだ。そうでなければ、『ガラスの城』にせよ、『聖ロザリンド』にせよ、時代を越えて長く読み継がれる普遍的な作品にはなりようがないのである(実際、2017年には、描き下ろしの新エピソードを加えて、『聖ロザリンド』が復刊され、大きな話題となった)。
そういう意味では、わたなべまさこは、すべての少女たちのメンターだった、といっても過言ではないだろう。
わたなべまさこ先生のご冥福を、心からお祈りいたします。
[参考]
『総特集 わたなべまさこ―90歳、今なお愛を描く』(河出書房新社)























