連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年9月のベスト国内ミステリ小説

2026年9月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は九月刊の作品から。

梅原いずみの一冊:実石沙枝子『東京魔法少女』(講談社)

 今月は魔法少女アクションの本作と決めていた。人々の絶望から生まれる〈妖鬼〉に魔法少女たちが立ち向かう物語で、主人公は魔法少女歴10年のナナ。どん底に思える状況でも、よりよい未来を切り開こうと足掻くナナにとにかく痺れる。特に彼女の後進に対する姿勢!ナナは尊厳を踏みにじる者たちに声を上げて抗う。後の世代を守るため、この先の世界が少しでも生きやすくなるために。これぞ本来あるべき〝大人〟の姿だ。世界に絶望するより前にすべきことは、きっとまだある。

若林踏の一冊:松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)

 2026年は新鋭作家のミステリ短編集に秀作が多い印象だが、その筆頭として選びたいのが本書である。表題作は日本推理作家協会賞短編部門を受賞した作品で、奇妙なシチュエーションの中で推理が披露されるごとに大きく反転する展開がお見事。残る三篇もミステリとして大胆かつ巧緻な企みを仕掛けながら、青春小説としての読み応えもしっかり備わった作品になっている。SF分野でデビューしたイメージが強い作者だが、ミステリの技巧を熟知した上で読者を翻弄する物語を書く力を十分に持っていると思う。どんどんミステリを書くのだ、松樹凛。

千街晶之の一冊:松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)

 日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作など全四作から成るのが、松樹凛の『ぼくらが夕闇を埋めた場所』だ。クラスメートに呼び出されて穴を掘るよう指示された少年が、その理由を推理する表題作。カフェで飲み物も買わずに座っている女性をめぐる推理ゲームが展開される「カフェオレ色の恋をした」……と、単独でも極めて高水準なミステリ短篇が並んでいるが、それらを読み進めるにつれて、何かがおぼろに浮かんでくる。青春小説としてのビターな味わいと、おそろしく巧緻な伏線とが融合した作風は、若さと老練さを同時に感じさせる。

藤田香織の一冊:小川哲『オルロージュ』(KADOKAWA)

「時計って無神経じゃない? 残された時間が減っていくことを、わざわざ視覚化して見せてくる」。うまいこと言うなぁと思うのだ。中学時代の友人ふたりが11年ぶりに再会し、「世界を変えるための作戦」をたてることもニヤニヤしてしまうし、そのために設立する会社名がフランス語で時計を意味する『オルロージュ』なのもいい。「世界一のお金持ちになろう」? イヤイヤオイオイそんな途方もない……と笑いながら気がつけば夢中になっていた。この無謀とも思える計画を完遂するための道程が面白過ぎた。リアル社会での視野もぐっと広がると確約。

酒井貞道の一冊:月村了衛『腐魚の海』(小学館)

 社会と切り結ぶ作家、月村了衛は今回、地方の漁師町に地獄を現出させる。『騙す衆生』や『虚の伽藍』に顕著に表れる戦後日本社会の闇の総覧・総括、《機龍警察》シリーズや『脱北航路』のような凶暴なアクション、そして様々な作品に仕込まれている国際謀略が本作では緻密に組み合わされる。そしてそこに、中年男性主人公の、うらぶれつつある哀愁が漂うのである。《機龍警察》はあれでもまだ、この作家の一面に過ぎない。本作は多面的にして立体的、そして個性的に歪だ。月村了衛という作家の現時点での総決算だと断言する。

杉江松恋の一冊:松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)

 表題作を読んで、米澤穂信『氷菓』に接したときと同じような新鮮な思いをしたことを覚えている。青春時代は輝きに満ちている反面、世間という未知の存在が自分の周りに広がっていることにまだ十分気づいていないための危うさも抱えている。それが表に出てきてしまったときに感じる残酷なほど冷徹な筆致で描いた作品集で、ひややかな手触りが気持ちいいのだが、読後に振り返ってみると残酷さもお感じる。つまり読者の心を捉えて離さない短篇集なのである。これ以外の単行本未収録短篇も素晴らしいものが多い。松樹凛の名を忘れるべからず。

 新鋭が冴えた活躍をした一方で、ベテラン勢が存在感を示した月となりました。こうやって多彩な才能が活躍の場を得るのは本当にいいことです。次回もぜひお楽しみに。

※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint

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