『ルックバック』劇中漫画は面白いのか? 漫画編集者が“藤野キョウ”作品をレビュー

2026年9月11日に公開された、藤本タツキ原作、是枝裕和監督による実写映画『ルックバック』。漫画の道を志す、「藤野」と「京本」というふたりの少女の出会いと別れを描いた、ビルドゥングス・ロマンの傑作だ。
なお、今回の実写版では、主人公(たち)が描いた『メタルパレード』と『シャークキック』という「劇中漫画」(作中作)が、実際にプロの漫画家たちによって描き下ろされており、これが、ことのほか素晴らしい出来栄えである(いずれも全ページが入場者特典の「Special Booklet」Volume 1および2に収録されており、映像ではなく、「本」の形で読むことができる)。
そこで本稿では、このメタフィクショナルな側面をもつ2作を、同じようにメタな感覚で、批評してみたいと思う。
※以下、『メタルパレード』、『シャークキック』および『ルックバック』のネタバレを含みます。各作品を未読の方はご注意ください。(筆者)
「藤野」と「京本」の初の合作『メタルパレード』
『メタルパレード』と『シャークキック』は、同じ「藤野キョウ作品」ではあるのだが、前者は、藤野と京本の合作、後者は、藤野が他のアシスタントとともに描いた作品である。つまり、「藤野キョウ」という名前は、もともとは藤野と京本の共同ペンネームだったのだが、ある事情からふたりがコンビを解消したのち、プロの漫画家として独り立ちした藤野が単独で使い続けている名前でもあるのだ。
まず、『メタルパレード』だが、この作品は、物語の上では、「藤野キョウ」が「少年ジャンプ」の新人漫画賞を受賞(準入選)したデビュー作(にして、ふたりが制作に1年をかけた初の合作)、ということになっている。
実際に映画で使用された「劇中漫画」は、原作コミックの担当編集者・林士平が代表を務めるミックスグリーンがストーリーを担当し、漫画家・西村野道がネームと作画を担当している(西村は、劇中の4コマ漫画の作画も担当している)。
主人公は、村を焼け出され、瀕死の状態で「ロボットの国」にたどり着いた少年・タケモト(竹本)。その国で、彼は、古い廃棄処理のロボット「トト」に助けられる。
トトの夢は、選ばれたロボットたちによる「メタルパレード」に参加したのち、「全部新品のピカピカボディ」に生まれ変わって、遠くの「海」を見に行くこと。トトの優しい心に触れていたタケモトは、その夢を叶えてやりたいと思うようになる。
そんなある日、トトのもとに、ついに「メタルパレード」への招待状が届く。しかし、実はその華やかなパレードの裏には、国家規模の恐ろしい秘密が隠されていたのだった……。
物語の最後でかけがえのない友と一体化する主人公たち
注目すべきは、物語のクライマックスで、右腕を失ったタケモトが、破壊されたトトの右腕を装着している場面である。無骨で巨大なトトの腕は、明らかに義手としての機能を果たしてはいないだろうが、それでも、彼は、不便には感じていないだろう。
なぜならタケモトは、この先もトト(の右腕)とともに生きていく覚悟を決めたからであり、その姿は、『ルックバック』のラストで、京本の想いを背負い続ける覚悟を決めた藤野のそれとそのまま重なりはしないだろうか。そういう意味では、この『メタルパレード』と『ルックバック』は、表裏一体の作品である。
また、技術的なことをいえば、映画の中でも映し出されていたように、本作はアナログで(つまり、紙にインクで)描かれており、ページをめくっていくにつれ、13歳の少女たちの画力が徐々に向上していく様子も表現されている(作画を担当した西村も、自身のXのアカウントに、「藤野と京本が一年かけて仕上げたので、初めはまだ拙い絵が次第に筆が乗っていく感じを意識して描きました」と投稿している)。さらにいえば、こちらの作品は「京本が背景を描いた」という設定であるためか、後述する『シャークキック』よりも、背景の描写に力が入っているように見える。
“藤野キョウ”渾身の初連載作は『シャークキック』
一方、『シャークキック』は、前述のように、京本と袂を分かち、本格的にプロとしての活動を始めた藤野の長編連載デビュー作である。
今回、「劇中漫画」として制作されたのはその「第1話」であり、藤本タツキ原作、是枝裕和協力のもと、遠山花近が82ページ(!)もの枚数を描き下ろした(遠山のクレジットは「作・画」)。あらためていうまでもなく、映画で映し出されるのは数カットのみであり、そのためにそれだけの枚数を描き下ろすというのは、(もちろん、良い意味で)正気の沙汰ではない、といえよう(ちなみに、これに比べたら少ないが、前述の『メタルパレード』にしても、41ページの「大作」である)。
物語は、ある日、食材としてのカニが、人類に対して宣戦布告をしたことで幕を開ける。その日――従来の食物連鎖の形は逆転したのである。
そして、そんなカニに連動するように、「ヒレだけとってあとはポイ」と捨てられていたサメたちの怨念も、海中で一匹のホオジロザメに受肉。その結果、“人類の敵”「シャークマン」(サメ人間)が誕生する。
積年の恨みを晴らすために、人間たちを虐殺し始めるシャークマンだったが、あるとき、彼の前に、謎めいたひとりの少女が姿を現わす。彼女は、自分もあなたたち(動物人間)と同じ、「人間に殺された人間」の怨念の集合体だというのだったが……。
映画作りにとって最も大切なこと
ちなみに、藤野の仕事場に貼られている『シャークキック』の設定画を見てみると、そこには2話目以降にシャークマンと対決するのではないかと思われる、さまざまな怪人(動物人間)たちの姿が描かれている。だとすれば、シャークマンは、この先、人類の敵ではなく、味方になるのだろうか(実際、「人間モード」のシャークマンの設定画も描かれている)。
あらためていうまでもなく、『シャークキック』は『チェンソーマン』のパロディであり(『チェンソーマン』には、「サメの悪魔」が人間の死体に憑依した「魔人」が登場する)、ダークファンタジーの基本パターンとしては、そういう展開になっても別におかしくはないのだが、それよりも何よりも、単純に、1つの娯楽作品として、この漫画はすこぶる面白いのだ(できることなら、「少年ジャンプ+」あたりで2話目以降も連載してほしいものだが、それは無理だろうか……)。
いずれにせよ、この『シャークキック』にせよ、前述の『メタルパレード』にせよ、映画の作り手たちの“本気”が伝わってくる力作である。
いまも昔も映画というものが、多くの観客に「夢」を見せる装置である以上、その夢を夢でなくすためには、スクリーン上に映し出されない部分も徹底的に作り込まねばならない、ということかもしれない。
■公開情報
『ルックバック』
全国公開中
出演:出口夏希、蒔田彩珠、七瀬ふうり、岡田六花、菅田将暉、宮藤官九郎、野呂佳代、池田良、佐々木みゆ、山田真歩
原作:藤本タツキ『ルックバック』(集英社ジャンプコミックス刊)
監督・脚本・編集:是枝裕和
音楽:坂東祐大
撮影:上野千蔵
企画・プロデューサー:小出大樹
後援:秋田県にかほ市
配給:K2 Pictures
©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2Pictures・集英社
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