『バクマン。』になれなかった人たちの行方とは? 鳥トマトが初小説『漫画でイけ』で描いた漫画家としての業

漫画家・鳥トマトが、出版業界を生々しく描いた初の小説『漫画でイけ』(文藝春秋)を刊行した。小説という表現に挑戦したことで、鳥トマトは何を感じたのか。漫画と小説の違いや「本当のことだけ描く」ことを意識するようになった背景、インターネットやAIへの思いまで幅広く話を聞いた。(皆川潤喜)
漫画家が小説を書いて感じたこと
――初となる小説『漫画でイけ』が刊行されて、どんなことを感じましたか?

鳥トマト(以下、鳥):漫画って本当に、1ページしか読まないで感想をくれる人とかが大量に発生するんですよ。小説はそういうのがなくて。それも、僕宛とかではなく個人サイトとかブログとかに載せていたりして「こんなに個人個人で勝手に楽しんでくれるんだ。こんな温かい感想があったんだ」って(笑)。そういうことも知れて、本当に小説を出してみてよかったなと思いました。
――小説を書こうと思った理由の一つとして、「漫画家を描いた漫画はたくさんあるけれど、漫画家を書いた小説はあまりないのでは」という話も別媒体でされていました。
鳥:そうなんですよ。でも探したら、いっぱいありました(笑)。ただ、漫画よりは絶対少ないですよね。あと、漫画家を描いた作品って結構『バクマン。』みたいなイメージがみんなすごく強いから、「『バクマン。』になれなかった人たちはどこに行くのか」を、みんな知らないんですよ。それは書けてよかったなって思っています。あんまりそこは誰もやってないから。
――普段は漫画を描かれているからこそ、小説を書くことで使える表現や、逆に難しかった表現はありましたか?

鳥:これは本当に文藝春秋さんに出してよかったなと思っているんですけど、収録作の「僕の血」は「第130回文學界新人賞」で最終選考までいって、そこでプロの方から講評をもらえたんです。そこに「描写がさっぱりしすぎている」みたいなことが書いてあって。
例えば「マシュマロを食べる」みたいなシーンも、絵だったら一発で伝わるかもしれないけど、小説の場合は食感をもうちょっと書いたほうがいい、みたいなアドバイスをくださった先生がいて。担当編集さんからも「描写は細かくしていったほうがいい」みたいなことを言われたんですよね。
ただ、「陳腐な言い方はやめたほうがいい」みたいなことも言われるんです。でもあまりにも独特な言い回しだと誰にも通じないじゃないですか。だから、表現しきるけど「誰にも通じない表現」と「陳腐すぎる表現」の間を探す試みが自分の中で行われていて。それはめちゃくちゃ頭を使うなと思いました。
――編集者からの指摘はどう受け止めていますか?
鳥:基本的に、指摘してくれる人のことは好きなので。たとえアンチのコメントだとしても、それぐらい好きだから(笑)。「そういう発想があったんだ」って一回ちゃんと飲み込んで、反映はしてるつもり。頑張ってはいるんです。
漫画では、自分の絵が独特すぎるのもあってか、編集さんから絵柄について指摘をしてもらえたことがなかったんです。小説では「構造」と「描写」の、「描写」についても赤字が入ってきたというのが結構新鮮でした。
――「漫画でイけ」も、「僕の血」も、「漫画家と編集者の話」になるかと思います。漫画編集者と小説編集者の違いについて、何か感じたことはありましたか?
鳥:小説ってやっぱりプロでも読むのに時間がかかるんだなって思いました。漫画って本当にネームを渡したら、5分とかで読まれちゃうんですよ。目の前で。でも小説は「読むのに時間をいただきます」ってみんなしっかり言って、1万字渡しても丸1日とかかけて読んでくださるんです。
時間をかけて読んでもらうと、なんか大切にされてる感じがするじゃないですか。さすがに5分で読まれるとね、いつもちょっと傷ついてはいるんですよね。でも、漫画は読者も5分で読むから、5分でよくわかんなかったらもうダメなんですよね。苦しい(笑)。小説って結構、読者さんものんびり読むから、それに合わせてるんだろうなとは思いつつ、やっぱりゆっくり読んでもらえるのはいいなと思います。
小説も漫画も、僕の場合は作るのに同じぐらい時間がかかるにもかかわらず、漫画のほうが圧倒的にポーンって読み飛ばされるから、不思議な気持ちにはなりましたね。でも、読者さんがそうだから仕方ない。
「本当のことだけ描く」とは
――今回の『漫画でイけ』は、「自分だからこそ書けた」と思う部分はありますか?
鳥:いろんな出版社で仕事をさせてもらったことが、結構役に立ったと思います。僕は講談社で社員として働いていましたし、漫画家としても集英社で描いて、小学館で描いて、白泉社で描いて……みたいなことになってしまって、異常にいろんなサンプルが取れたんですよね。サンプルっていう言い方をしたら本当にひどいんですけど。小説では、本作が文藝春秋、『まだおじさんじゃない』は扶桑社ですし。
だから、一社だけに命をかけた人からはたぶんこれは出てこない。雑誌ごと・会社ごとにカルチャーが全然違うので、いろんなところで描いて、それぞれ違っているところや共通しているところ、いろんな人間の変化も見つけられたのは、あんまりないことかなと思いますね。
――長く付き合ってきた編集者の変化も、見てきたわけですよね。
鳥:人間って、いきなり変わらないんですよね。数年かけてちょっとずつ変わっていくじゃないですか。漫画って1ヶ月とかでできないんで、1年とか2年とか、場合によっては3年とか。あんまり取引先さんと、そんな内心を話しながら3年も付き合うみたいなことってないじゃないですか。
人間って、嫌いな人でも好きな人でも、変わったら結構縁を切っちゃう人が多いっぽいって最近気づいて。「あの人、最近ちょっと話が合わないから一旦距離置こう」みたいな。でも僕はやばくなった人も「お、やばくなったぞ(笑)」って感じで結構付き合いを継続しちゃうので。「やばくなったまま放置する」の、好きなんですよね。自分もやばくなったまま放置されてるんで、なんとも言えないんですけど。
――以前のインタビューでも「やばい人が好き」という話をされていましたね。
鳥:でもね、わかったんですよ。みんな性格が悪い自分を認めたくないから、性格悪くいてくれる誰かを身代わりにしてるんです。“倫理的に終わってる漫画”を「わかる」って言いながら読んでるわけで、自分も倫理観終わってるわけじゃん。
でも自分は書いてないから、適当なところで飽きたら「いや、この作者、倫理観終わってます」って言って石を投げて、2倍おいしいよね。そういう「倫理観終わりサーカス」をやってるんだなっていうのがわかった。僕はそれにはあんまり参加したくないから、基本的に本当のことだけ描こうって最近思ってて。
――「本当のことだけを描く」というのは、作家・鳥トマトを表す上でのキーワードになりそうですね。
鳥:そう。それは最近すごい気をつけていて。2年ぐらい前までは、自分が何をやってるか、どういうことを描きたくて、何がしたいのかが全くわからないまま漫画を描いていた時期があって。よくわかんないけど誇張表現を入れるだけ入れてみたりとかしてたんです。
でも、どこからが誇張でどこまでが誇張じゃないかって、意外と読者にバレるし、人によってはそこで興ざめしちゃうってこともわかったので、もうやめようって思ったんですよね。
――「リアリティがあるかどうか」という部分にも繋がりそうですね。世界観を作るときにも、誇張しすぎないことは重要ですか?
鳥:これも最近わかってきたんですけど、世界観って緻密な構成とか努力とか知性で作ってるんじゃなくて、たぶん本人にはそう見えているっていうだけなんですよ。本人が見えてるものが顕現してるだけで、たぶん本人にとってはそういう世界観。それが才能でいいんだって思います。
僕は、自分の世界観が逸脱してるってことに気づいたのが本当に最近だったので。根本的に何かがずれてて、それがたぶん、味としてみんなに読まれてるっぽいってことが、やっとわかってきた。本当に、心の底から自分はまともな人間だと思っていて。この間、吉田豪さんと対談した後に妹からわざわざLINEが来て、「あのおじさん、いつものお姉ちゃんと話が通じててすごいね」って。なんかね、やっと気づいたんですよ。それをみんなが楽しんでくれてるってことに。
だから、本当に漫画にまだ慣れてない頃は、なんとかしてつまんないコマを面白くしなきゃって思って頑張っていたんですけど、そんなことする必要なかったんだなって。別に最初からありのまま自分が感じたものを描いていればよかったんだって。
――ご自身の中にある世界観に、嘘をつかないということですね。
鳥:それでダメだった場合は、それは別に世界観構築に失敗したとかじゃなくて、自分がダメなんだから、普通に「そうだったんだ」って。後から修正はできないから、もう謝るしかないんだなって思いました。
鳥トマトの自我の目覚めはTwitterの目覚めと同時?
――鳥トマトさんにとって、インターネットはどんな存在ですか?
鳥:インターネットは心のふるさと。
いつも言ってるんですけど、僕は高校時代まで青春がなかったし、自我もなかったので(笑)、大学生からTwitterに触れたんですけど、自我の目覚めとTwitterの目覚めが同時だったんですよ。
――現在のSNS・インターネットとは、どんな違いを感じますか?
鳥:2000年代〜10年代ぐらいまでのインターネットって、結構善意で回っていた気がしていて。ニコニコ動画の「MikuMikuDance」みたいに、無料で使えるソフトがあって、その使い方を無料で解説してる動画があったりとか。当時から普通に危ないこともあったけど、リアルのバーとかと変わらない、今に比べたらかなりオープンであたたかいインターネットだった、という認識がありますね。
学生時代に、留学したこともあって海外の海賊版をやってる子たちとも面識があったんですけど、完全無給のボランティアでやってたんですよ、最初。日本のアニメを他の人にも見せて、良さを知らしめたいみたいなモチベーションでやってる大学生とかがめっちゃいて。
ただ10年ぐらい経つと、それが普通に収益が上がるようになってきちゃって、その人たちも狂い始める。法人化したり、インターネットが資本主義に飲み込まれてしまって……僕は悲しい。
Twitterに漫画を載せるのとかも、本当に収益目的じゃなかったんですよ、みんな。「いっぱい読まれて、プロになれたらいいな」ってうっすら思ってたかもしれないけど、まさかそれが金になると思ってないから。「みんなに見てほしいな」っていう一心であげてた人が、たぶんほとんどなんですよね。
だから、インターネット自体は別に悪だとは僕は思ってなくても、なんかね、そのお金が絡み出して、みんなおかしくなったんだなって思います。
AI時代には「人間が作った」と伝える必要がある?
――近年は「作家」と「作品」が近くなっているようにも感じます。キャラクターの発言が、そのまま作者自身の主張だと受け取られるようなケースについてはどう考えますか?
鳥:小説は結構昔から、その作品の主張が作者の主張と混同されるみたいなのって、結構多かったと思っていて。小説は最後まで読むのに気力がいるし、複雑な内容が書かれていることが多いから、みんな割とそういうのも併せて飲み込む傾向が強かったと思うんですけど、漫画は本当に一コマだけ抜けちゃうんで。
一コマだけ抜いてコラ画像みたいにして、LINEスタンプみたいに使うっていう使われ方をするから、そういう印象が強くなっちゃうのかなって思います。
あと最近、たぶん漫画の売り上げが悪いからだと思うんですけど、YouTubeとかやる作者さんがめちゃめちゃ増えていて。そうするとやっぱり作者の顔がみんなちらつくから、やっぱ主張も混同されるよねっていうのは思いますね。
――「作品と作家を分けて考える」ことについては?
鳥:僕も昔は完全にその派でした。分けて考えたかった。でも、みんなが分けて考えられないんだったら、自分だけ分けて考えてても意味ないんだ、ってことがわかって。今は「いいと思ってやっています」ということを言っておけば、「こういうことがあって、この人は今はいいと思ってたんだ」ってわかってくれると思うんですよ。
でも、それが例えば作品だけあったら、ただただ「変な本」で終わっちゃう。だから、作品の背景とか、自分がどういう経緯でこれを作ったのかということは、ちゃんと開示しておかないと、自分もみんなも後々困るんだろうな、って最近思うようになりました。
これまでは全く顔出さない人もいたと思うんですけど、AIも出てきましたし、それももう無理だと思うんですよね。だって、人間が作ったかどうかの保証がどこにもない。
だからもう「私が作りました」みたいな、農家の生産者保証の感じでやっていかないと、人間が作ったっていう保証がどこにもないと、読む側も気持ち悪いだろうし。
――AIによって、リアルな体験や「本物」に触れる価値も変わってきていますか?
鳥:もう嘘か本当かわからない情報が大量に出るようになって、事実なのか、AIが言っているだけなのか、結局実際に読んだり見にいったりしないとわかんないですよね。なんか一周回ってインターネット以前のワールドに戻ってきた感じがします。
進むアナログ回帰
――最近、特に関心を持っていることはありますか?
鳥:最近はアナログの絵画を始めました。教室に通い出して半年ぐらいなんですけど、キャンバスも買いましたし、自分の家にもちゃんとスペースを作りました。アートって金かかるんだな、でも絵を描くのすごい好きだったんだなってことも改めて思ったんです。頑張って絵を描き続けられるようにしたいです。


あとYouTubeとか出て、「なんで自分で配信しないんですか」みたいなコメントをいただくこともあるんですけど、やっぱり場所がないとできないことに気づいたんですよ。だから、ちゃんと機材も一式揃えました。
――現在デジタルで制作されている漫画も、アナログで描こうと考えていますか。
鳥:そう。漫画もアナログにしようかなって思っていて、読切ぐらいからチャレンジって感じなんですけど。この間やっとスキャナを買いました。そう思うとiPadって超安いんですよ。スキャナいる、インクいる、紙いる、プリンターいる。いろいろ買ったら超高いんですよね。アナログ漫画ってすごい贅沢だったんだってここでも思って。デジタルって安いんです。
だから、インターネットがめちゃめちゃになってきちゃったし、タイムラプス動画とかもAIで作れるようになってきて「ちゃんと描いてます」って出しても、「AIじゃない?」ってなる。もうね、本当に嫌になっちゃって、嘘か本当かわかんないインターネットが。だから今、一生懸命頑張ってアナログでできるようになろうと思って、アナログを頑張ってます。
――小説についても、アナログな感覚を意識しているのでしょうか。
鳥:小説もアナログ感大事だと思って、今noteで日記を毎月書いていて。毎月1万字ぐらい書いてるんですけど。
あれも、本当のことしか書いてないから。たぶん、1年とかでまとめて書くとあんなふうにはならないと思うんですよ。人間、記憶も都合よく変わるし「かっこつけたい」っていう精神も働いちゃうから。
だから、もう全部書いておくことによって、「人間だよ〜、人間だよ〜」っていうのを周知していこうと思ってます。

――最後に、読者にメッセージをお願いします。
鳥:小説は読むの大変だと思うけど、読んでほしい。より人間味を感じたかったらnoteやイベントもチェックしてみてほしい。漫画は引き続き続けていくので、10月末にまた『二月に殺して桜に埋める』の新刊が出ちゃうので、よろしくお願いします。
最近は、もうアンチデジタルに振り切ったから、めっちゃ盛り上がってる複製不能な絵を描いてます。絵の上にパテを盛って、5ミリぐらい盛り上がってるやつを作っています。もう絶対スキャンさせないから(笑)。そういった、人間をより感じてもらうために頑張ってます。迷走してるけど、ちょっと応援してもらえるとありがたいです。
■書誌情報
『漫画でイけ』
著者:鳥トマト
価格:2,090円(税込)
出版社:文藝春秋
■鳥トマト
92年生まれ。福岡県出身。一橋大学卒。講談社にてライセンス営業職勤務経験を経て現在、漫画家、たまに小説家。現在漫画『私たちには風呂がある!』、漫画『二月に殺して桜に埋める』を連載中。一児の親。
HP:https://tomatotri.com/
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note:https://note.com/tomatotri


























