『信長協奏曲』原作と実写で“本能寺の変”の意味が違う? 二人の信長が迎えたそれぞれの結末

※本稿は『信長協奏曲』漫画最新話までと実写版のネタバレを含みます。作品を未読・未視聴の方はご注意ください。

 石井あゆみによる漫画『信長協奏曲』が、9月11日発売の「ゲッサン」10月号で最終回を迎え、約17年に及んだ連載に幕を下ろす。2009年の同誌創刊号から始まった本作は、勉強が苦手な高校生・サブローが1549年の戦国時代へタイムスリップし、瓜二つの本物の織田信長から身代わりを頼まれる場面からスタート。長期休載を経て、連載再開となった「ゲッサン」8月号、9月号にて、クライマックスの「本能寺の変」が描かれた。

 2014年にはアニメ化に続き小栗旬主演でTVドラマ化され、全話平均世帯視聴率12.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。2016年公開の劇場版も興行収入46.1億円の大ヒットとなったが、実写版と原作漫画ではサブローの人物像から主要人物の設定が大きく異なる。

 実写版のサブロー(小栗)は、劇場版の冒頭で歴史の教科書を読み、自分が本能寺の変で明智光秀(小栗の二役)に討たれる運命と、その光秀を豊臣秀吉(山田孝之)が討つことを把握している。サブローを動かすのは、「戦乱を終わらせて平和な時代を創りたい」という意志に他ならない。一方、原作のサブローは、信長を討った人物の頭文字が「あ」であることしか思い出せないほど歴史の知識が曖昧だ。史実を知らず、戦国時代で生きることを受け入れ、信長としての役目を全うしようとする。

 光秀と秀吉の設定の違いも面白い。実写版の光秀は、周囲から慕われるサブローに嫉妬し、本物の信長との人生を取り戻そうと動く。秀吉は信長(光秀)に村を焼かれ家族を殺された過去を持ち、サブローと光秀の入れ替わりを知ったうえで、復讐のために「信長の全て」を奪おうとする。実写版はこの3人の思惑が交錯するドラマとしての側面が強く、そこに妻・帰蝶(柴咲コウ)との時空を超えた恋愛模様を重ねることで、サブローの悲劇的な運命を鮮明に印象づけていた。

 対照的に、原作の光秀はサブローの才能と人間性を認め、陰から支えるパートナーに徹している。『信長協奏曲』というタイトルが示す通り、二人の信長が互いに歴史を紡ぐ関係性こそが物語の核なのだ。また、原作の秀吉は出世と野心を原動力とする人物で、サブローの正体にも気づいていない。

 そして、本能寺の変もまた別の意味合いを帯びることになる。実写版では、サブローが歴史の定めに挑むための舞台だ。自分が死ぬ定めだと知りながらも、人が人を殺さない時代を創るためにあがく。そこに、光秀に復讐を果たしても心が晴れない秀吉の闇が重なる。帰蝶に別れを告げ、逃走むなしく捕まったサブローは、秀吉に首をはねられる直前、「俺がムリならサル君に任せるよ」「平和な時代は必ずくる」「みんな頼んだよ」と言い残し、次の時代を生きる者へ希望を託す結末となった。

 一方で、原作のサブローは、「本能寺の変」というワードだけは聞き覚えがあるものの、絶対に避けなければならない事態とまでは捉えていない。逆に、光秀は秀吉の謀反と信長が死を迎える結末を察知。自身が身代わりになることで、サブロー信長が誰も知らない新たな歴史を刻むことを望むのだった。光秀と秀吉が対峙するなか、救出に向かったサブローが本能寺に到着。そして、“二人の信長”に驚く秀吉が、サブローに切りかかり絶体絶命となった瞬間、助けに入った帰蝶、弥助(未来から来た元プロ野球選手)と共に、3人は光に包まれて消えるのだ。

 その場を逃れた光秀は、謀反人に仕立てられたことで「明智光秀」として乱世に生きる道を選び、元の時代に戻るサブローに、自分自身の人生を歩んでほしいと心の中で想う。史実どおり、「信長」という役割は、ここで終わりを迎えたわけだが、原作の本能寺の変は「二人の信長が役割を終え、一人の人間に戻るための解放」だったと言える。

 最終回にて、信長としての役割を終えたサブローが自分自身の人生をどう生きるのか。実写と違い、帰蝶が消えたことがどのような意味を持つのか。長きにわたって描かれてきた『信長協奏曲』がたどり着く結末を、ぜひ誌面で見届けてほしい。

■作品情報
『信長協奏曲』
1〜23巻発売中
著:石井あゆみ
価格:770円(税込)
出版社:小学館


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