知念実希人が語る、異世界小説『偽世界転生』を書いた理由「僕しか書けない異世界ものが書けるはず」

 不治の病に冒され、未来の医療技術に賭けてコールドスリープに入った少年、東都規(トキ)が目覚めると、そこは月が2つ浮かびエルフやモンスターが存在する世界だった。7月30日に双葉社から発売された知念実希人『偽世界転生1』は、ライトノベルの“異世界転生”フォーマットで幕を開ける小説だ。トキは最初、もしかしたらフルダイブ型のVR(仮想現実)を体験しているだけかもと考えるが、次々に遭遇する事態に認識を改めざるを得なくなる。やはり異世界なのか。それとも別のどこかなのか。ミステリー作家として活躍し、医師として医療や科学の知識も豊富な作者によって、これまでになかった異世界転生の物語が繰り出される。作品に込めた意図を作者に聞いた。

異世界転生ものへの「アンチテーゼ」

『偽世界転生』(知念実希人/双葉社)

――どのような経緯で『偽世界転生』を書かれたのですか。

知念実希人(以下、知念):3年前だったでしょうか、アニメ会社から一緒にオリジナルアニメを作りたいという話が出たんですが、紆余曲折を経て、小説を書いてコミカライズもしてアニメ化を目指そうという企画があったんです。その時に考えたアイデアの中で、結構うまく作れた話のひとつがこれでした。そこから細かく話を詰めていった感じですね。

――異世界ものを選んだ理由は?

知念:僕しか書けない異世界ものが書けるはずだと思ったからです。異世界ものだと思わせておいて全然違うような、一種のアンチテーゼですね。主人公が異世界に転生したことをすぐに受け入れたり、ステータスがあって魔法があったりっていうのを普通に受け入れていることに、結構違和感があったんです。

 本当にそういうことが起こったら、そうはならないだろう。起こることや感じる心情をリアルに描写したらどうなるのか、SF要素とかミステリー要素を入れたらどういう風になるのか。15年間作家をやってきて、いろいろと引き出しもあるので、それを使って異世界ものを書いてみたかったということですね。

――ライトノベルの読者をどう意識したのですか?

知念:僕自身、異世界ものを漫画で読むことは結構あるんですけど、ライトノベルの熱心な読者ではないので、うまくライトノベルの仕様で書いてあるかというとちょっと分からないです。ただ、ライトノベルは結構一人称で書かれたものが多いですよね。この小説は三人称なんです。どうして三人称にしなければいけないのかという理由もあってそうしました。そういう面も含めて普通のライトノベルとは違うかも。

――異世界ものだからという読者の思い込みを外す感じですね。

知念:そうですね。本当にそういう世界に転生してしまったら、普通は混乱するし消極的になるはずなんですよね。トキの場合は、いったんはゲームだと思って能動的に遊ぼうと思ったけれど、そうではないかもしれないと気づいて怖くて動けなくなった。それでも生きていくためには、流れに身を任せるしかないということなんです。その辺りの心情のリアルな動きを、異世界ものというフォーマットに当てはめようとしました。そうすることで、ライトノベルでありながら面白いミステリーとかサスペンスが書けるんじゃないかなと思って作り始めたところがあります。

――ミステリーでもあるんですか?

知念:この世界は異世界なのか、それとも違う何かなのかというところが一番のテーマで、物語をそうした謎で引っ張っていって、だんだんとその謎が解けていくところは、ミステリーとしての面白さを考えて書いてます。ミステリーってなにも殺人事件を起こした犯人を当てるということだけじゃないんです。謎があって、その謎について少しずつ分かっていく、正解が見つかっていく、その過程を楽しむのがミステリーなんです。そういう意味では、僕はこれをミステリーだと思って書いてます。

タイトルに仕組まれたトリック

――背景となる社会や技術もリアルさを追求したのでしょうか。

知念:そうですね、できる限りリアルに書きました。この世界が何なのかという設定は自分の中では出来てるし、伏線もいっぱい張ってあるんです。それこそどうして異世界なのに日本語を使っているのかというところも。最初こそ作られたゲームの世界だからという考え方もできましたが、そうではないのならどうしてなのか、それも含めて伏線なわけです。いろいろな種族がいて、人間はあまりいなくて、神の使いとして崇められていることにも、全部設定があります。

――不死病というゾンビのような症状になる病気にも科学的で医療的な理由付けがあってリアルでした。

知念:ゾンビというのは現実の世界でまず存在できません。もしもできるならそこにはどのような病原体が存在しているのかといった設定が必要です。それを考えた上でああいった展開になりました。簡単にモンスターだからとか魔法だからとは妥協しません。そこで妥協したら、僕がこの作品を書く意味がなくなっちゃいますから。

――ライトノベルはキャラクター小説と言われるくらい主人公をはじめキャラの造形に力を入れますが、この作品ではどのように作っていきましたか。

知念:基本的にどういう世界にして、読者を何で楽しませるか、何で引っ張っていくのか、どのようなどんでん返しを入れるかをまず考えます。この小説なら、世界は何なのかという謎がどんどん深まっていくミステリーとしての面白さで楽しませようと書いてます。どうやって読者を驚かせるかを作った上で、そこにキャラクターや設定を乗せて肉付けしていった感じです。

――キャラから作っていかないのはポリシーですか?

知念:ポリシーというか、ひとつの小説の技法としてですね。主人公というのは、基本的にできる限り読者と同化させなくちゃいけない存在だと考えています。主人公に特殊な考えとか思想とかがあると、読者がその人に自分を投影できなくなるので、できる限り何も色をつけず、ニュートラルであることが小説の基本だと僕は思ってます。

 シャーロック・ホームズでいうワトソンなんですよ、語り部は。できる限り特徴をなくす。特徴がないからこそ、誰でもそれが自分であると認識できるんです。ニュートラルなキャラクターを語り部として作るっていうのが、読者をその小説の世界に没頭させるための技術としてすごい大切だと思ってます。

――キャラ立てこそ大事と思われがちなライトノベルの真逆を行く。そこもアンチテーゼですね。

知念:ライトノベルでありながら、これまでのライトノベルではない作品を書きたいというのが一番の動機ですから。だからこそ「偽世界」なんです。これは普通の異世界ものではないんです。タイトル自体もほとんど最初に浮かびました。この世界自体が偽物だった。その偽物という意味もやがて明らかにされる。そうした伏線をいろいろと張っておいて、読んでいるうちに分かってくるという仕掛けです。

――タイトルでも設定でも表紙絵でも、意外な展開を繰り出してくる。まさにミステリーでいうミスリーディングです。

知念:これ自体がひとつのトリックなんですよ。その点で、しずまよしのり先生には素晴らしい絵を描いていただけました。以前から存じ上げていてとても上手な方だと思っていたので、受けていただいて本当に良かったと思います。みんな本当に可愛いし、カッコいい。それよりもイメージしていた以上にリアルに描いてもらったことがすごく嬉しいです。

イラストの力とコミカライズへの期待

――イラストが持つ力というものをどう思いましたか。今後も使っていきますか。

知念:イラストはキャラクターの解像度を上げてくれるので、それがありがたいですよね。今回のようにきれいなイラストとか描いていただいて、それが僕の中にフィードバックされて、キャラクターが動かしやすくなることもあります。今後も必要ならイラスト付きのものをやるかもしれません。たとえば天久鷹央シリーズもいとうのいぢ先生のイラストが必要です。逆に読者の想像に任せた方がいい場合もあるので、作品に応じてですね。

――今後の構想はもう固まっているのですか?

知念:全部最後まで決めてます。シナリオは出来上がってます。世界にはいろいろな地域があって、そこにまた別の種族の人たちがいて、それぞれに使える能力が違っている。どうしてそれぞれに違うのか、遺伝的にどうなっているのかというところまで、全部考えて世界を作っています。ものすごいどんでん返しがありますから、それが読者の方には一番の驚きになるんじゃないでしょうか。

2026年8月1日(土)に、紀伊國屋書店 新宿本店で行われたサイン会で飾られた書籍

――コミカライズも8月29日より「マンガがうがう」にて連載スタートとのこと。普通の異世界ファンタジーとは違った仕掛けも少なくないだけに、絵にする時にもいろいろと考えていかなくてはいけなさそうですね。

知念:普通の異世界ものと同じにやってはいけないんですからね。前に異世界ものを描いたことがある方だと、主人公もすっと世界に順応してしまうような感じになってしまいますが、この作品では、基本的に主人公が常に混乱して困惑している。そこをいかに深く描けるかで変わってきます。難しいですが作画の方に頑張ってもらうしかないですね。

書店、そして故・東野圭吾氏への想い

――書店を応援する活動も続けていく考えですか。

知念:そうですね、書店には本当に頑張って欲しいです。東野圭吾先生が亡くなられてより厳しい状況ですから。東野先生がずっとやって来られたことを思うと悔しいですし悲しいです。だからもう、僕たち作家はひたすら面白いものを書いて、少しでも書店に貢献しなくちゃいけないんです。僕は書くことしかできません。売るのは皆さん。良いものを書くので読者の方に届けてください。

――売れるものを書くというのはとても大変なことですが、面白くて売れる小説とは、どのようなものを想定されていますか。

知念:軸にある面白さをちゃんと読ませる構成の強さがあるかどうかですね。東野先生も実はそういうことなんです。僕は、文章は東野先生を真似してます。できる限り読みやすく誰にでもスピード感を持って読めるようにする。そうしたことを全部計算してやってます。早く読ませたいところはセリフを多くする。ゆっくり読ませたいところは地の文を多くして、読者が読むスピードをゆっくりにさせる。それも全部技術です。

 ただ、僕が東野先生と同じことをやってもしょうがないので、自分の書ける一番面白いもの、僕しか書けないものを書いていこうと思います。

――新作の謎から創作の秘密まで教えてもらえてありがとうございました。

知念実希人

■書誌情報
『偽世界転生』
著者:知念実希人
価格:1,430円(税込)
出版社:双葉社(Mノベルス)

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