『GTO』鬼塚英吉は“令和の価値観”をどう乗り越える? 時代錯誤の果てに示す、規格外な教師像

20世紀末に誕生した教師ヒーロー像

 1998年放送の大ヒットドラマ『GTO』(フジテレビ系)を今見返すと、あまりに時代錯誤過ぎる描写のつるべ打ちに卒倒しそうになる……。教師を夢見る元暴走族の主人公・鬼塚英吉(反町隆史)は、後に教え子になる不良高校生をソフトにカツアゲ返しするわ、欠員が出た武蔵野聖林学苑の採用面接では中尾彬演じる教頭の首筋に激烈キックをお見舞いするわで、もうめちゃくちゃ。

 白川由美演じる理事長の裁量で念願の教師になってからも、逆カツアゲした不良高校生を今度は暴走族仲間を召集して震え上がらせたりもする。同僚教師・冬月あずさ(松嶋菜々子)を見れば、「マドンナ先生」(やっぱり言った!)と早速形容するなど、令和の価値観からすると不適切な行動・発言の詰め合わせセットだ。そもそも教師になりたいと思った動機が不純そのものだった。ドラマでは省略されているが、1997年に週刊少年マガジンで連載を開始した藤沢とおるの原作漫画では細かく描写されている。

 第1巻導入部で、「年収一千万」、「タレントとお友達になれて経費つかいたい放題」の華やかな業界を夢見た鬼塚だったが、略奪したBMWで女子高生(実はおじさん教師と付き合っている!)とデートしたことをきっかけに、彼は教師になると仲間に宣言する。20世紀末に発表された漫画作品によって、こうした平成の教師ヒーロー像が誕生したことは、時代の必然だったのかもしれない。

時代錯誤であることにはたと気づくかのようなオーバーリアクション

 当たり前のことだが、移り変わる時代の中で時代錯誤という言い方が成立するためには、現行ルールからズレた時代錯誤な人物が必要である。彼らは自分が時代からズレていることに自覚的な場合もあるし、そうではない場合もある。では、鬼塚英吉はどうかというと、そのどちらでもない。

 鬼塚は自分がズレていることに気づいているようで気づいていない。と同時に、気づいていないようで気づいている。1998年の放送から実に28年の時を経て、令和の連ドラとして復活した『GTO』(毎週月曜日よる10時放送中)は否が応でも鬼塚に時代の変化を突きつけるが、彼は意外なほどあっけらかんとしている。どんと来いという感じで、その変化を全身で受け止めながら、晴れやかに吹き飛ばしてしまえる。

 たとえば、2024年にカンテレ・フジテレビ開局65周年特別ドラマとして放送された『GTOリバイバル』冒頭には、フードデリバーに扮した鬼塚がガラケーをパカッと開いて注文を確認する場面がある。バイクにまたがり、コーヒー1杯という内容を見た鬼塚は「けえっ!」と大きな独り言をもらす。この痛快極まりない「けえっ!」の響きは、時代錯誤な鬼塚の主体と時代の変化を接続するシグナルではなかったか。自分が時代錯誤であることにはたと気づくかのようなオーバーリアクションを見て、腹を抱えて笑いたくなる。

原作にはない未踏の年齢設定の先へ

 放送中の『GTO』にも似たようなオーバーリアクションがある。本作の鬼塚は、数々の暴力沙汰やハラスメント認定によって学校を転々とし、工藤阿須加演じる教え子の便宜で新たに私立誠進学園に赴任する。大企業が経営する誠進学園では最新の教育システムが導入され、会社組織と見紛う雰囲気だ。『GTOリバイバル』にも増して鬼塚の時代錯誤感が俄然強まる。

 早速校長の大久保安博(宇梶剛士)に紹介されるのだが、鬼塚が元暴走族だったことを知り、「えっ!」とオーバーリアクションするのだ。他作品では強面キャラを演じることも多い宇梶がびくびくするところが可笑しいのだが、こうして他者からのオーバーリアクションを受けることで鬼塚の時代錯誤感が二重に強調されている(近藤芳正演じる中丸浩司が教頭になって再登場するのもエモい)。

 さらに冒頭場面にはこんな夫婦の会話場面が置かれている。鬼塚がかつて「マドンナ先生」とデレデレ形容した冬月が今は歴とした妻である(言うまでもなく反町と松嶋はリアル夫婦でもある)。でも学校をすぐにクビになる夫をよしとしているわけではない。彼女は言う。「あなたもう52だよ。普通は教頭になってる年なの。わかってる?」。そう、鬼塚は50代になった。原作にはない年齢設定だ。本作の反町はその未踏の先へ足を踏み入れ、令和の学園ドラマにとってもやはり規格外な教師像を体現しようとしている。古くさくてもいい。いつの時代も結局我々は鬼塚英吉という男を受け入れてしまうのだから。

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