VIVANT監修の元公安・勝丸円覚が明かす、謎多き組織の実態「超人的な捜査官は実在する」

 テロやゲリラ、外国勢力による工作活動などを取り締まり、治安維持の重責を担う「公安」。秘密裏の捜査や情報収集を旨とする彼らを、人はしばしば「謎の存在」として語る。

 その謎めいた公安警察の実態を窺い知れるのが、勝丸円覚『警視庁公安部外事課』(光文社新書。以下、本書)だ。著者の勝丸は元警視庁公安捜査官であり、スパイ行為を捜査するカウンターインテリジェンスや某国での大使館勤務の経験を持つ。2023年の大ヒットドラマ『VIVANT(ヴィヴァン)』(TBS系)の公安監修を務めるなど、国際的なインテリジェンスの最前線を知るエキスパートだ。

 社会の表舞台には決して現れない公安捜査官とは、一体、どのような人々なのか。ドラマや映画で描かれる公安のイメージは、どの程度、実態を反映しているのか。かつて勝丸と同じ警視庁に属していた、元警察官でフリーライターの島袋龍太が聞いた。

警察内部でも謎の存在の公安

勝丸円覚氏

――以前、私は警視庁の警察官だったんです。なので、勝丸さんの後輩にあたります。現職中に面識はありませんでしたが。

勝丸円覚(以下、勝丸):世代差もありますよね。私が警察官を拝命した頃、警視庁の警察学校は東京の中野区にありました。今は府中市に移転しています。

――私は府中の警察学校を卒業した世代です。偶然ですが、中野の警察学校があった場所は、戦前に旧陸軍の諜報員を養成していた陸軍中野学校の跡地ですよね。

勝丸:因縁を感じることはありましたね。軍と警察で別の組織ではありますが、戦前のインテリジェンス機関の跡地で警察官としてのキャリアをスタートして、後に公安捜査官になったわけですから。

――私は元警察官ではありますが、公安についてそれほど詳しくないんです。公安は警察組織のなかでも隔絶した部門なので。

勝丸:警察署の中でも公安係は異彩を放つ存在です。公安係の部屋だけ看板が掛かっていないし、署員でも許可なく足を踏み入れてはいけません。刑事課や交通課の署員からすると、何をしている集団か判然とせず、不気味かもしれません。

島袋龍太氏(右)

――本書でも「公安警察と一般の警察は仲が悪い」と述べられています。接触機会の少なさが隔たりを生んでいるのでしょうか。

勝丸:それもあると思いますが、公安捜査は秘匿性が高いので、同じ警察官であっても親密になりすぎるのを避けている面はあります。公安捜査では、場合によっては名前や身分を偽装して捜査に従事するわけです。偽の名前で捜査をしているのに、街中で同僚の警察官に本名で呼ばれたら一巻の終わりです。だから、普段から一定の距離を保っている。

 ただ、普段の接触が少ないせいで、無用な対立を招くことも確かにありました。かつての私の上司は、刑事を「泥棒の尻でも追っかけていろ」と内心で見下していました。公安は国家を危機に晒すテロやスパイに対峙しているのだという、ある種のエリート意識です。一方で、刑事は公安に対して「陰でコソコソしやがって」「仕事もしないでパチンコにでも行っているんだろう」と反感を抱いている。それぞれの役割がありますし、事件の性質によっては手を組むこともあるのだから、対立自体がナンセンスではあるのですが。

――「手を組むこともある」とは、具体的にどのようなシチュエーションですか。

勝丸:例えば、私が警察と外国大使館との連絡役である通称「リエゾン班」で勤務していたときに、某国の大使館の敷地に女性が樹木を伝って侵入しようとする事件がありました。女性に政治的外交的な背景はなく、極めて短絡的な犯行でした。しかし、侵入を図られた大使館の側は、テロなどの可能性を疑って神経質にならざるを得ません。そこに、通報を受けた管轄署の刑事が臨場して、鋭い目つきで大使館の周囲をうろうろすると、大使館側の警戒心や不信感を助長してしまいます。

 実際に、その事件の際にも、大使館のトップである大使が「日本の外務大臣に正式に抗議する」と息巻くほど興奮していました。私は運良く、その大使と繋がりがあったので相手の矛を収めることができましたが、放置すれば外交問題にも発展しかねなかったわけです。こうした事件も存在するので、身内同士での無用な対立は避けるべきだと私は思っています。

差別的な人物は公安に向かない

勝丸円覚『警視庁公安部外事課 スパイ・テロを水面下で阻止する組織の実態』(光文社新書)

――勝丸さんは公安捜査官になったきっかけを「スカウト」と話されています。

勝丸:はい、警察学校の学生時代に警視庁本部の公安部からスカウトが来ました。ある日の課外後に別室へ呼び出されて、初対面の男性に「君は将来、公安になってもらうからね」と伝えられました。その方は当時の公安部の幹部でした。加えて、「この話は同期には秘密だよ」とも。実際に、その出来事は口外せずに警察学校を卒業しました。

――警察学校の学生の段階でスカウトがあるのは異例ではありませんか。少なくとも私は聞いたことがありません。

勝丸:そのようです。私も後に警視庁本部の公安部に配属になりますが、学生の段階でリクルートするケースは稀でした。私の場合は、大学生の時に英語を使う仕事をしていたので、英語の能力が幹部の目に留まったのかもしれません。

――本書では公安捜査官の適性についても紹介されています。真っ先に挙げられているのが、語学や資格ではなく、「健全な愛国心があるかどうか」なのが興味深いです。

勝丸:他国に対して差別的な言動をしたり、政治的な問題に過度に攻撃的になったりする人物は公安捜査官に不適格です。愛国心は必要不可欠ですが、行き過ぎるあまりに攻撃性が透けて見えると、捜査の対象者に必ず警戒されます。内心はどうあれ、少なくとも表面上は主義主張を押し殺せる人物でなくてはいけません。

――私は現職中、プライベートで公安捜査官と交流する機会が何度かありました。勝丸さんのおっしゃる通りで、彼らは政治的な話題が俎上に上っても穏当な立場であることが多かった印象です。

勝丸:仮に相手が外国のスパイであったとしても、酒を酌み交わして肩を組めるような関係を築かなければ、情報は得られません。そもそも、極端な政治的主張をする個性の強い人物は、公安捜査のような秘匿行動に向かないのでしょう。プロの公安捜査官が誇りにしているのは、仕事の技術や実績など、もっと地に足の付いた事柄です。抽象的な国家論で熱くなることはまずありません。

伝説の上司が持っていた「特殊能力」

――勝丸さんが監修を務めたTVドラマ『VIVANT』の影響で、公安捜査官に憧れる人は増えているように思います。公安警察への世間的な注目の高まりを感じることはありますか。

勝丸:ここ数年ほど、大学生などから「公安になりたい」という声を度々耳にするようになりました。私の現職中は、刑事や少年事件捜査のほうが圧倒的に人気で、公安志望者を見つけることが一苦労でした。『VIVANT』の放映が多少なりとも影響しているのであれば光栄ですが。

――とはいえ、『VIANT』はフィクションですし、公安捜査の実態とギャップを感じることもあるのではないでしょうか。

勝丸:それはもちろんです。実は、私も子供の頃に『007』シリーズが好きで外事警察を志したのですが、公安捜査の現場にはアストンマーティンもボンドガールも登場しませんでした。現実は、猛暑の日も雪の日も、ひたすら尾行と情報収集の毎日です。その実態に耐えられるかどうかが、公安捜査官としての適性の一つなのだと思います。

――『VIANT』の主人公は「手に持った物の正確な重さが分かる」などの特殊能力を有していました。そうした特異な能力を持った捜査官も実在しないと。

勝丸:いいえ、超人的な能力を持つ捜査官は確かに存在します。例えば、かつての私の直属の上司は目を「魚眼レンズ」にすることができました。

――「魚眼レンズ」ですか…?

勝丸:魚眼レンズのように、視界を180°以上に広げられるイメージです。そのため、真横に立っている人物の表情や動作を把握でき、さらに映像記憶で寸分違わずに覚えることができました。

 その上司が得意にしたのが電車の尾行です。現在のように交通系ICカードが普及する以前は、電車に乗る際には券売機で切符を買っていましたよね。その上司は捜査対象者が切符を買うときに横の券売機に立てば、どの切符を購入したのか覗き見られるので、あらかじめどこの区間で降車するのかを把握でき、尾行に失敗することがありませんでした。尾行中も電車の隣の座席に座れば、携帯電話の画面や開いたメモ帳の内容を覗き見られる。外見上は怪しい動きをしているようには一切見えないのですが、いつの間にか捜査対象者を丸裸にしていました。

――「魚眼レンズ」の技術は、どうやって習得するのですか。

勝丸:分かりません。当時の班の中でも、その上司だけの特殊能力でした。彼に言わせると「訓練すればできる」とのことでしたが、私には無理でしたね。その例に限らず、人並外れた能力を持つ公安捜査官は少なからず存在します。ただし、ほとんどは班内の“一子相伝”的で、誰もが習得できる技術ではないのですが。

公安捜査と冤罪のリスク

――本書の「おわりに」では、現在、国会で議論されている通称「スパイ防止法」についても言及されています。現行の日本の法律では、外国勢力によるスパイ行為の取り締まりに限界があると。

勝丸:現在の日本にはスパイ行為を定義した法律が存在しないため、現実に発生しているスパイ行為には自衛隊法や不正競争防止法などの法律を適用して処罰しているのが現状です。2000年に発生した海上自衛隊員による情報漏洩事件である「ボガチョンコフ事件」は、被疑者がロシアのスパイに対して内部資料を受け渡した現場を15名ほどの捜査官が押さえて摘発しました。裏を返せば、情報漏洩の現場を押さえなければ摘発が困難だったということです。もしスパイ行為の未遂や教唆の段階での摘発が法的に可能であれば、外国勢力による工作活動への抑止力も高まると思います。

――一方で、通称「スパイ防止法」には冤罪リスクなどの懸念の声もあります。2020年には警視庁公安部による冤罪事件である大川原化工機事件も発生しています。

勝丸:大川原化工機事件は決して看過してはいけない事件です。東京高裁も「警視庁公安部の捜査には合理的根拠が欠けていた」と断罪していて、公安捜査への社会的な信頼を毀損する結果になりました。日本には戦前に特高警察が反体制思想の持ち主を弾圧した歴史もあるため、懸念の声が挙がるのは分かります。

 私が公安捜査に従事していたからこそ実感しますが、現場の捜査官にフリーハンドの権限を与えるのは危険です。仮に現在の公安捜査官が真っ当であったとしても、将来的には悪意ある人物が現れる可能性があります。だからこそ、取り締まりのハードルを引き下げるのであれば、現場の捜査官を制御する制度も同時に設けなければいけません。そうでなければ、権限強化に対する社会的な理解も得られないでしょう。

――国民が安心できる法律でなければいけないと。

勝丸:そうですね。なので、法律を整備するにあたっては、政府には国民の理解を促進する広報や法の仕組みについての詳しい説明を期待したいです。

本当に公安を辞めているのか?

――本日はありがとうございました。現職中には知れなかった公安の世界を覗き見られたような気がします。最後に一つだけ、つかぬことをお聞かせください。勝丸さんは本当に警察官を退職されていますよね。

勝丸:どういうことでしょうか?

――冒頭で「公安は身分を偽装して捜査に従事することもある」と話されていました。公安捜査への社会的理解の必要性も訴えられています。勝丸さんは『VIANT』の監修だけでなく、最近ではメディア出演にも積極的ですよね。

勝丸:実はまだ公安捜査官だが、身分を隠して、何らかの意図を持ってメディアに出ているのではと?

――はい。

勝丸:そんなことはありませんよ。おそらく現職の公安捜査官たちも、私の存在は煩わしいと思います。「余計なことを喋るな」と思っているのではないでしょうか。

――……サングラスの下の表情を窺えないのが残念です。

勝丸:しばしば疑われるのですが、既に退職しているので安心してください。ただし、民間の立場で、官庁や企業のセキュリティには貢献したいと思っています。そのために公安捜査官としての経験を活かしたいです。その一端を披露しているのが本書なので、インテリジェンスの現場に関心のある方にはぜひ読んでいただければと思います。

■書誌情報
『警視庁公安部外事課 スパイ・テロを水面下で阻止する組織の実態』
著者:勝丸円覚
価格:1,100円
発売日:2026年6月17日
出版社:光文社
レーベル:光文社新書

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