“ナショナリスト”角川春樹が出版界に残してきた功績とは? 角川商法から新文学賞まで、文芸評論家・仲俣暁生に聞く
角川春樹が新たに創設する「角川春樹文庫大賞」が話題だ。選考委員はなんと角川春樹ひとり、募集内容は「角川春樹を感動させること(ジャンルは問わず)」となっている。
そもそも角川春樹といえば、いわゆる「角川商法」を1970年代後半から展開した日本を代表する出版人のひとり。角川商法とは、自社が発行する小説を原作に映画を製作し、大規模な宣伝で映画と書籍の相乗効果を狙うメディアミックスの販売戦略を指す。
そんな角川春樹が、新たな文学賞開設の発表とともにXやYouTubeでも発信をはじめて“復活”したのである。これをきっかけにあらためて彼が出版界に残してきた功績とはなんだったのかを振り返るべく、『ポスト・ムラカミの日本文学』(朝日出版社→改訂新版:破船房)や『橋本治「再読」ノート』(破船房)などの著書がある文芸評論家の仲俣暁生氏に話を聞いた。
まず、70~80年代当時を知る仲俣氏にとって角川書店とはどのような存在だったのだろうか。
「“角川チルドレン”という言い方がありますが、1964年生まれの私は完全にその世代です。角川文庫は初代社長で国文学者でもあった源義氏が古典文学を収録するものとしてはじめ、75年に2代目を継いだ春樹氏が大衆路線にシフトしました。その2代目の時期は、ほぼ自分の中高生時代とかぶっています。
リアルタイムの感覚としては、小学生時代に岩波少年文庫のような児童向けの啓蒙的なものを読んだあと、思春期のヤングアダルト的な読書に移行するときに、ちょうど角川文庫をはじめとする“古典ではない”文庫が大量に出てきた。最初に自分の小遣いで買った文庫本は角川文庫の筒井康隆で、はじめて自分の小遣いで見た映画も角川製作第1弾の『犬神家の一族』(1976年)だったと記憶しています。
当時の角川文庫にはいくつかのジャンルがあって、横溝正史や森村誠一をはじめとするミステリ路線だけでなく、赤い背表紙が印象的だった片岡義男の都会派路線もありました。なかでも私がいちばんのめり込んだのはSFでした。筒井康隆、小松左京、眉村卓、平井和正、より伝奇ロマン色のある作家で言えば半村良や豊田有恒といった面々です。角川文庫のSFはほとんど読んでいたと思います」
では、文芸評論家となったいまの視点からだと、角川春樹の功績はどう見えるのだろうか。
「私自身が角川商法で育った“子ども”のひとりなので、そのこと自体を批判するのは難しいところがあるけれど、率直に春樹氏の功績は大きいと思います。それまでは古典を収める器だった文庫をエンターテインメントに開放し、映画とのタイアップを始めとする出版社のIP戦略を切り開いた。文庫本の売り方についていえば、他のすべての出版社も角川商法になったということですからね。
批評的な観点から見ても角川春樹の仕事はおもしろい。『ポスト・ムラカミの日本文学』で取り上げたテーマのひとつでもありますが、1970年代後半は純文学の世界も大きな変革期で、村上龍や村上春樹といった作家が出てきた。少しあとに登場する高橋源一郎も含めて、彼らはみな文芸誌の『群像』出身のアメリカ文化を浴びた戦後生まれ世代で、その世代感覚を表現に落としていくところに新しさがあった。
それに対して、エンタメ小説中心の文芸誌『野性時代』を創刊した角川は、『群像』とは異なるもう1つの文学の軸を作りたかったんじゃないかと思うんです。1942年生まれの角川春樹は、アメリカに対して団塊世代とは違う感覚をもっていた。ある意味で、一種の"ナショナリスト"だった気がします」
アメリカ文化の影響が濃かった若い純文学作家たちに対し、ナショナリストで大衆路線を貫いた角川春樹──。当時の文化を考えるうえでおもしろい対比である。では、後者の感性はどのような作品で現れていたのだろうか。
「角川映画でもっとも印象的なのは『野性の証明』(1978年)ですね。リアルタイムではテレビCMの強烈な印象──「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」(西条八十「ぼくの帽子」からの引用)──が先行してしまい見ていなかったのですが、あとになってちゃんと見てみると興味深いことをしている。いきなり陸上自衛隊内の特殊工作隊がアメリカ人といっしょに訓練しているシーンから始まって、次にアメリカ大使を人質にした日本人テロリストと特殊工作隊の攻防が描かれる。あくまで導入なのですがストーリーとして意味ある描写になっていて、全体も反米映画とは言わないまでも、日本という国家とはなにかを考える作品になっています。
他方で、彼のナショナリスト的な感性は、オカルト的な方向にもつながっていきます。古代船を模したボート「野性号」で『魏志倭人伝』の渡海ルートをたどる実験をしてみたり、ある時期からは神道系の宗教にのめり込んだりもしていった。文芸誌としての『野性時代』は成功しなかったし、新しい作家を生み出すこともできなかったけれど、70年代末から80年代前半ごろに彼が持っていた感覚や戦略は、同時代的には『群像』系の純文学とシンクロしつつ、いっそう広い大衆に届いていたと思うんです。その意味で、あの時代は間違いなく「角川の時代」だったと言えると思います。
その対比を考えるうえでおもしろいポジションにいる作家の一人が、じつは橋本治なんです。橋本は『群像』系の作家と同じ戦後生まれの団塊世代ですが、初期作品の『サイモン&ガーファンクルズ・グレイテスト・ヒッツ+1』(ちくま文庫)は、途中まで『野性時代』に連載されたものでした。1980年代始めに出た橋本の青春ミステリ『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』(ホーム社)も、この時代にリバイバルヒットした横溝正史の作品を下敷きにした、一種のアンチ・ミステリでした。1990年代に入り、橋本は『浮上せよと活字は言う』(平凡社ライブラリー)という出版論エッセイで角川商法について、批判とも擁護とも決めきれない複雑な論評を書いています。橋本自身、国文学の研究者を目指していたこともある人だったのに、この時代には「昭和軽薄体」と呼ばれた軽い文体をあやつって当時の「軽チャー」を牽引する存在となっていた。だから角川的なものに対してはアンビバレントな感情を抱きつづけていたのかもしれません」
現代にまでつながるような当時の文化的配置がクリアに見えてきた。最後に、今回の角川春樹文庫大賞について、「予想」も含めた感想を聞いてみた。
「いまは二度目のトランプ政権によってアメリカの外交姿勢も揺らぎ、日米関係や「戦後」のあり方自体をどう考えるかが、日本でも差し迫ったテーマになってきています。そんなタイミングに、さきほど言ったような感性を持つ角川春樹がまだなにかをやりたくなっていること自体が興味深い。すくなくとも、「変わり者がまたなにかやってる」と笑って済ませることはできないなと思います。
今回の文学賞の条件は「角川春樹を感動させること(ジャンルは問わず)」ということだそうですが、もちろんどんなものがとるかはわかりません。ただ、彼の好みから考えると、かつての角川文庫であれば半村良が担っていたような伝奇ロマンがいいんじゃないか。応募規定は400枚以下とのことですが、そんな規定をふっとばすような5~600枚以上、下手をすれば1000枚ぐらいの大長編がとったら面白い。現代風にアップデートされた『産霊山秘録』や『石の血脈』(いずれも角川文庫、集英社文庫など)のような作品が受賞したら衝撃的だと思います」
角川春樹文庫大賞の応募締め切りは11月20日、受賞の発表は来年5月下旬とのこと。いまからその行方が楽しみである。
■関連情報
角川春樹文庫大賞HP
http://www.kadokawaharuki.co.jp/newcomer/
破船房(仲俣暁生による個人出版プロジェクト)HP
https://hasenbo.base.shop/