『空想科学読本』シリーズ・柳田理科雄が語る、AI時代にこそ大事な“空想力”「人間は見たこともないものを想像できる」
『キン肉マン』や『クレヨンしんちゃん』のように、オナラで空を飛ぶには、どんなオナラが必要なのか――。
そんなアニメやマンガの世界を科学の視点で徹底解説し、30年にわたって愛され続けてきたのが、『空想科学読本』シリーズだ。これまで数々のエンタメ作品を科学的に読み解いてきた空想科学研究所・主任研究員の柳田理科雄が、この4月、新たなシリーズである『空想科学アカデミア』(ポプラ社)をスタートさせた。
“楽しく学べる科学本”を目指した新シリーズは、これまでと何が違うのか。世代を超えて楽しめる幅広いテーマをどう研究しているのか。そして、AI時代だからこそ大切にしたい“空想する力”についても、たっぷり語ってもらった。
横書き&全ページイラスト入りで、楽しく科学が学べる新シリーズ
――今回、新たに『空想科学アカデミア』を執筆された背景を教えてください。
柳田理科雄(以下、柳田):昨年4月、『ジュニア空想科学読本』(角川つばさ文庫)の小中学生向けシリーズが30巻の節目を迎え、ひと区切りとなりました。ちょうどその頃、ポプラ社さんから「本を読むのが好きな小学4年生くらいの子どもたちの、“もっと学びたい”という気持ちを刺激する本を作りませんか」とお声がけいただいたんです。
僕はその話を聞いて、ものすごく燃えました。これまでは「いかに楽しんでもらえるか」というエンタメ性に徹底的にこだわってきたんです。ケーキに例えるなら、力を注いでいたのはデコレーションの部分。でも今回は、その土台になるスポンジから本気で作り込もうと思ったんですね。すると、「そもそもスポンジはなぜ膨らむのか?」みたいな話から始まってしまって(笑)。大人が読んでも「結局、何の話をしているんだ?」となるくらい、掘り下げすぎてしまった。要するに、やりすぎました。昔から僕は、あっちにバイーンと振り切れたかと思えば、今度はビューンと戻ってくるようなブランコ人間なんです。もちろん、科学を学べることは大事なんですが、だからといって子どもたちが「楽しい!」と思える本筋を外してはいけない。その当たり前のバランスに何度もつまずきながら、結局、これまでの原稿の2~3倍くらい時間をかけて完成させました。
――『空想科学アカデミア』となって、一番大きく変わったのは?
柳田:僕にとっては、30年来の悲願だった“横書き”にできたことが大きかったですね。一例として「mmHg」という単位があります。これを縦書きにすると「ミリメートルエイチジー」とカタカナで表記することになる。これがもう、とにかく長いし、すごく不自然。それに縦書きだと数式も入れづらい。もちろん、数式だらけの本はハードルが高くなってしまうので避けたいんですが、それでも「ここは式があったほうが絶対に面白い」という場面はあるんです。例えば、『オナラで空を飛ぶには』という話には、「オナラ方程式」という数式が登場します。そんな“見ているだけでちょっとワクワクする”ような数式は、これからも積極的に入れていきたいと思いました。
そして、この『空想科学アカデミア』で絵の力っていうのを再認識しました。めくっていただくとわかるのですが、全ページに絵が入っています。こんな本はなかなか作れないんですよ。これまでは何もかも言葉で説明した上に、楽しげにしてもらうためにイラストを添えてもらうといった考え方でしたが、今回はもうこのイラストがないとわからない文というものがたくさんあります。イラストをテキストの一部として取り込むと、こんなにわかりやすいんだなって改めて思いました。
『アラレちゃん』から『マイクラ』まで 研究対象は全国の読者から届く質問たち
――4月に発売されてからどのような反響が届いていますか?
柳田:編集担当の方から、SNSなどでつぶやかれている嬉しい声を聞きました。なんでも『ジュニア空想科学読本』を読んで育った方が親になり、今度はそのお子さんに『空想科学アカデミア』を買ってあげたらハマったと。親子で楽しんでいるというのは、本当にありがたいですね。それから、「『Splatoon(スプラトゥーン)』のようなゲームが取り上げられているのも驚いた」という声もあったそうです。
――漫画やアニメにとどまらず、『Dr.スランプ』のアラレちゃんから『Minecraft(マイクラ)』まで、本当に取り上げられる作品の年代を問わないですよね。帯の裏側にすべてのテーマが記載されていて、「これ知ってる!」というところから読めるのも楽しいです。こうした題材は、どのようにピックアップしているのでしょうか?
柳田:実は、みなさんから寄せられた質問から生まれているんです。空想科学研究所は2007年から『空想科学図書館通信』というコンテンツを、全国の希望する学校や公共施設に向けて、毎週月曜日に無料配信しています。そこで扱う質問を『空想科学研究所』の公式ホームページにある投稿フォームで募集しているんです。現在の配信校は、約2000校になります。すると、なかには「自分しか気づいていないネタを送ってやろう!」みたいな心理が働くのか、かなりいろんな作品の細かな設定に関する話題が届くんです。その中から、実際に作品を読んだり、ゲームをプレイする動画を見たりしながら、設定やキャラクターの動きを調べて、計算していく。そんなふうにテーマを掘り下げています。
――今回、1巻・2巻を執筆されるなかで、とくに印象に残っているテーマはありますか?
柳田:書きながらものすごく面白くなっていったのが、2巻の最後に収録されている黒死牟(こくしぼう)の回です。黒死牟とは、『鬼滅の刃』に出てきた鬼で、6つの巨大な目がある。「あれは戦いの役に立っているんですか?」という質問でした。すぐに分かるのは、立体視ができること。そして、物の動きがよく捉えられること。この2つの利点はすぐ思いつく。でも、そういうときこそ罠なんですね。すぐ答えが出せるときほど、薄っぺらい原稿になってしまうんです。
――そういうときはどうするんですか?
柳田:1番関係がありそうな本を1冊読む。僕はそのとき、感覚器の進化にまつわる書籍を手に取りました。すると、すごい発見があったんですね。人間の目というのは、「脳の一部と皮膚からできている」っていうんです。受精卵から細胞分裂を繰り返していくと脳が膨らむ。その先端が皮膚に触れると、皮膚を包み込んで目の組織ができるっていうんです。
――脳が皮膚に触れる!?
柳田:驚きですよね。このように体のある部分が、近くにある別の部分に働きかけて、組織や器官が作られることを「誘導」といいます。そういう知識にたどり着けるのが、本のいいところですよね。ネットは新鮮な情報に触れられますが、体系的な知識を得たいときにはやはり本のほうが信頼度は高いと思っています。
――なるほど。黒死牟の目から、まさか「誘導」の仕組みを知ることができるなんて。
柳田:不思議に思って、徹底的に考えていくと、何かしらの答えが出る。こういう発見が本当に楽しいんです。これこそが科学の喜びの始まりなんだと、子どもたちに伝えられたらと思っています。
“答え”がすぐに出ないのも大事な答え、一緒に考えていく科学本の面白さ
――楽しくなっていった黒死牟の回に対して、苦労された回はありましたか?
柳田:奇しくも、こちらも目がテーマなんですが。1巻で取り上げた「『推しの子』星野アイのように人間の目が星形に輝くことはあるのだろうか?」という回ですね。実は、もうスタート時点で「これ無理だ」と(笑)。なぜなら、人間の瞳というのは円形だからです。なぜ円形なのかというと、瞳を取り囲むようにリング状の筋肉がついているから。その筋肉が縮むことによって瞳は小さくなる。なので、「絶対に星形にはならない」というのが結論なんです。
さらに、瞳は光が入っていく穴なので、みんな黒い。その穴であるはずの瞳が星のように光るというのは、ハッキリ言って無理……なんですけど、子どもたちがその世界に憧れたり、登場人物たちの行動に真剣に怒ったりしている作品ですので、「これはありえません」とは書けない(笑)。ですから、そういう場合にいつもやるのは「目とは何か」という話をしていきながら、アイやアクア、ルビーの目はどこが不思議なのかを明確にしていく。言ってみれば、これは最後まで答えが書いていないタイプの原稿になります。
――そのパターンも“あり”なんですね。
柳田:その不思議について“一緒に考える”ことが一番重要だと、僕は思っています。先生も親御さんも、子どもから「なんで?」「どうして?」と聞かれると、すぐに答えを出さなきゃいけないと思ってしまいがちなんですね。答えられないと恥ずかしい、という感情が出てくる人も珍しくありません。でも、僕の経験から言って、何か疑問を抱いたことに対してすぐに答えが出るってことはないですから。ある程度、納得できる答えが出ても「でも、本当にそうかな?」って言いながら、グレーな状態で持ち続けて、ある日突然「そうか!」といえる答えに巡り会える。一つの疑問に答えが出るには、何年も何十年もかかるのが当たり前です。なので、鮮やかに明快に答えることよりも、一緒に考える時間を持つっていうのを大事にしたほうがいいこともある。「海はなんで青いの?」と聞かれたときに「それは光が散乱してね……」なんて説明するよりも、「本当に不思議だね」って言いながら海の写真を一緒に見る時間のほうが大事なときもあると思うんです。
――では、『空想科学図書館通信』に寄せられる質問でボツにするという回はないのでしょうか?
柳田:めったにないですね。あるとしたら、1年に1回くらい。僕自身が面白くなりすぎちゃって、徹底的に研究した結果、研究所のメンバーに「何を言っているのかちっともわからない!」と言われてしまうときです(笑)。最近で思い出すのは、『炎炎ノ消防隊』ですね。シンラとショウの兄弟が果てしなく光速に近い速さで戦うシーンがあるんです。ちょっとグラフを描きますね。横軸が速度、縦軸がエネルギー、真ん中の縦線が光速です。光速に近づくにつれてエネルギーは高まり、光速ピッタリの状態で無限大になります。僕らの世界ではどんなに速く動こうとしても光速を超えられないように、光速以上で動ける世界ではどんなに遅く動こうとしても光速より遅くなれない。そんな状態なので、光速近くで戦う兄弟は、とにかくめっちゃ疲れる……そんな原稿を書いたら「まったくわかりません」と(笑)。去年はこれが唯一のボツでした。
――とにかく「めっちゃ疲れる」ということはわかりました(笑)。
柳田:それはこのグラフを説明しながら今、目の前でお話したからですね。これを、文字だけで書こうとすると難しい。グラフも、それだけポンと出されても何のことだかサッパリわからないですよね。グラフっていうのは、とにかく高度に抽象化されていますので、説明されないとわからないわけです。
――先生は、もともとどうして科学に興味をお持ちになったんでしょうか? お名前も本名だとお聞きして驚きました。
柳田:「これからは科学の時代だ」と親が付けてくれたのが、この「理科雄」という名前でした。私が生まれたのは1961年。1949年に湯川秀樹さんが日本人初のノーベル物理学賞を受賞し、1969年にはアポロ11号が月面着陸を果たしました。松任谷由実さんの歌にもありますけど、まさに“科学も夢を見てた”時代だったんですね。そして、私が触れるエンタメには多くの科学者たちが活躍していました。『鉄腕アトム』のお茶の水博士に天馬博士。『ウルトラマン』の岩本博士。『サイボーグ009』のギルモア博士。『マジンガーZ』の兜博士。『科学忍者隊ガッチャマン』の南部博士……アニメや漫画で出会った博士たちは、必要なものを何でも生み出してくれる万能な科学者でした。そうした作品を通じて、科学ってすごいなと感じていたこと。そして鹿児島県の種子島で生まれたので、ロケットが打ち上がる様子も実際に何度も目にしていたことから、小学校5年生のころには明確に科学者になりたいと考えるようになりました。そのころになると、子ども向けの科学本が大変面白くて、よく読んでいましたね。
――もし、少年時代に『空想科学アカデミア』があったら、手に取っていたと思いますか?
柳田:非常に楽しんで読んでいたと思います。科学の本の面白さって、僕は3つあると思っていて。まず1つ目は初めて聞く事実が書いてあること。「そうだったんだ!」と思えるのが、科学の醍醐味ですから。2つ目は、ちょっと難しいんだけどよく考えると「なるほど!」とわかる解説が書いてあること。そして、3つ目は「これはまだ明らかになっていない」という現状が書いてあること。僕は子どものころ、そこにワクワクしたんですよ。
AI時代にこそ大事にしたい、人間にしかない“空想力”
――今はわかっていないことを「いつか自分が!」という気持ちになりそうですね。そういう意味では、最近はAIの浸透によってすぐに答えが出てくることが当たり前の時代になってきました。子どもたちの変化を感じられる場面はありますか?
柳田:僕らの時代とは比べものにならないくらい、子どもたちにとってAIが身近なものになっていますよね。漫画を読んでいると、AIはすでに人間社会のなかにある“当たり前の存在”として描かれている。だから、僕らの世代が抱いていたような拒絶感も、ほとんどないのかもしれません。一方で、危ないなと感じるのは、AIが「生きていない」「痛みを感じない存在」だという事実を忘れてしまいそうになることです。
――たしかに、すでにAIに対して人と変わらない感情を向けているという話も耳にします。
柳田:親身になって考えてくれているようにも見えますよね。でも、実は考えているふりをしているだけで、考えていないのがAIだということも忘れないようにしないと危ないです。そうしないと、いつ疑似科学が飛び出してくるかわからないので。
――疑似科学とは何ですか?
柳田:人間の耳って3000~4000ヘルツの音に非常に敏感なんですよ。この周波数は、女性の悲鳴や赤ちゃんの泣き声に近いもの。だから、人間は自分たちの仲間の弱いものが発する信号に敏感なのだ、と。これは、疑似科学の有名な例です。
――そうなんですか? すごく納得してしまいました。
柳田:正しくは、3000~4000ヘルツの音は、人間の耳に共鳴しやすいからです。この事実と、女性の悲鳴や赤ちゃんの泣き声がその周波数であるという事実は、まったく別の話です。でも、その事実同士を根拠もなくサッと結びつけて、新たな事実のようにAIは導くときがあります。AIはまだ「因果」と「相関」の区別ができないというふうに言われています。「相関」でしかないものに、平然と「因果」関係を作り出してしまう。まさに、生成してしまうわけです。誰が言い出したかもわからないストーリーを、疑うことなく広がっていきやすい世の中だと思いますね。
――「本当にそうなのかな?」という視点を子どもたちには持っていてほしいですね。
柳田:そうですね。僕も便利で最近ではAIを使う場面も少なくありません。なので、やたらに嫌っているわけではないんです。ですが、やっぱり子どもたちというのは毎日を生きながら、少しずつ痛い思いをしたり、悲しい思いをしたりしながら世界観を形作っていく時期ですので。すぐに答えを出しているように見えるAIとの付き合い方は、慎重になったほうがいいんじゃないかなというのが僕の考えです。
――そんなAIが急速に進化する時代においても、人間の空想力と、それを現実へと昇華させる科学の力は、失われることなく育まれていくと思いますか?
柳田:もちろんそうだと思います。AIが得意なことは世界中のデータをものすごい速さで処理して組み合わせていくこと。擬人化して見る人からは「もう人間はいらない」みたいな声も聞こえてきますが、人間にしかできないことは「見たこともないものを想像できる」ことです。
まだAIはそこが苦手だと思いますね。空想科学研究所でもアニメや漫画のシーンをAIにイラスト化してみてもらうことがあります。ウルトラマンがキックするシーン、というおなじみの場面はすぐ描いてくれます。でも、『大戦隊ゴーグルファイブ』の「後楽園球場の地下にある秘密基地がせり上がって、中から合体ロボットのパーツを積んだ飛行機を飛び出すシーンを作って」といった、ちょっと想像力が必要になるシーンだとなかなかうまくいかない。でも、その『大戦隊ゴーグルファイブ』を作った人は、そのありえないシーンを想像できたんですよね。僕は、そこに科学の本質があると思うんです。遠すぎて絶対に手が届かない宇宙の果てはどうなっているのか。小さすぎて絶対に手が届かない原子の中身はどうなっているのか……それを科学で検証して、思い描いて、みんなで共有することができるんですから。
――なるほど。ありえないことを想像できるのも人間。それが科学的に実現可能なのかと研究しようと思えるのもまた人間にしかできないことなんですね。
柳田:そういうループですよね。要するに、人間には自らが「やりたいこと」とか「欲望」とかというのがあるというのが1番大事だと思うんです。大昔から、みんなが「空を飛びたい」と思っていた。だからリリエンタールという人が本当に翼を使って飛ぶことに成功して、ライト兄弟がエンジン付きの飛行機で飛んだ。すると、今度は「もっと快適に空が飛びたい」「高く飛びたい」「遠くへ行きたい」……そしてついには「月へ行きたい」って言い出すわけですからね。だから、「人々が見る夢を科学が実現する」「実現しそうになると、みんなでまた次の夢を見る」という、この幸せな関係がずっと続いていけるように。そして、多くの人たちがそこに参加できるようになるといいなと僕は思ってます。
■書誌情報
『空想科学アカデミア(1)』
『空想科学アカデミア(2)』
著者:柳田理科雄
イラスト:花小金井正幸
価格:1,540円
発売日:2026年4月7日
出版社:ポプラ社