なぜイスラエルは「未承認国家」を認めたのか? 東大教授・遠藤貢に聞く、アフリカ地政学と“外向”戦略
中東の緊張が飛び火する「アフリカの角(つの)」の地政学、コバルト開発を席巻する中国の存在感、イスラエルによるソマリランド国家承認——遠藤貢(えんどう・みつぎ)東大教授の新著『アフリカ――「経済大陸」の行動原理と地政学』(中公新書)は、目まぐるしく動く世界の分断をアフリカという地域を通して読み解く一冊だ。アフリカ諸国は外部の力を能動的に利用・転化する「外向」という戦略で、したたかに国際社会を生き抜いてきた。アフリカという鏡に映し出されるのは、世界の現在だけではなく、日本を含む私たち自身の社会の姿なのか。遠藤教授に聞いた。
アフリカという鏡を通して世界を見る
――どんな読者に何を伝えようとする本だとお考えですか。
遠藤貢(以下、遠藤):日本語で書いた、日本語読者を主な対象にしたアフリカに関する新書が出ることはあまり多くはないと思いますが、今回私が考えていたのは、「アフリカという地域を介して見える世界」です。アフリカを通して初めて見えてくる世界があるのではないか、という問題意識がありました。
現在、世界はいろんな面で分断されていて、実はそれがアフリカ地域にかなり明示的に投影されている部分があります。中国とアメリカも鉱物資源をめぐって対峙していますし、ロシアとウクライナの紛争をめぐっても、ロシアが西アフリカ地域やスーダンに関与する一方で、ウクライナもそれに対抗して関与するというような、世界の現状を映し出す鏡の役割をアフリカが果たしている面があるのです。そのことにぜひ気づいてほしいというのが、この本で伝えたかったことの一つです。
それに加えて、最後の章では日本のODA(政府開発援助)やTICAD(アフリカ開発会議)を通して日本がどのように関わってきたかを解説しています。昨年のTICAD9の中でJICA(国際協力機構)により表明されたホームタウン構想(日本とアフリカの地方自治体間の交流を強化するための構想)をめぐって、日本の人々からも様々な反応が出てきました。それまで表面化していなかった、日本社会にあった様々な課題が、アフリカという媒介項を通して逆に明らかになった面があるのではないかと。そういうことについても日本の皆さんに考えてほしいというメッセージを込めました。またコラムとして、広島・長崎に投下された原子爆弾にコンゴ民主共和国(DRC)のウランが使われていた話にも触れ、そのような日本との縁についても読者に伝えたかった経緯があります。
――冒頭に「アフリカは広い」と書かれていて、わかりやすい入り口になっていますね。
遠藤:本書に掲げた地図をご覧いただきたいのですが、アフリカ大陸の広さは、主要な国々の地表面積のほとんどをあわせた広さに匹敵しています。ところが、広く用いられているメルカトル図法では、アフリカは実際よりも相対的に小さくなってしまいます。これに対して、「Correct the Map」(地図を正そう)という、アフリカにおける尊厳の回復を訴える運動の一環として、アフリカという地域を考える必要性への声が、アフリカの人たちからも上がっています。
今年になってトーゴを中心として2026年9月開催予定の国連総会で、メルカトル図法ではなく実際のアフリカの大きさを示す地図(イコールアース図法)を国連加盟国に求める決議案を提出する予定であるといったニュースも出てきました。
「外向」というアフリカの戦略——したたかさの正体
――開発援助の世界でも国際的な指標に合わせながらしたたかに変わっていくアフリカがご著書の中心的なテーマでもありますが、「外向」という概念についてお聞かせください。
遠藤:ディプロマシーの外交ではなく、外に向かうextraversionを日本語では「外向」と訳しているのですが、この概念はアフリカの国際関係を考える上で非常に重要なキーワードです。
国際情勢が変わる中で、国際社会から求められる新自由主義や民主主義に、アフリカの国々はその時々、どう対処するかを迫られてきました。21世紀に入ると、それまで「政治的コンディショナリティ」と呼ばれた開発支援に際した民主化などの条件の話がほとんど聞かれなくなりました。その背景には、まず中国の新たなドナー(援助国)としての台頭があります。西側の国々も、特にアメリカを中心に、9.11以降のテロとの戦いに軸足が移って、そこに協力してくれる国であれば民主主義的でなくても支援するという面が強く出てきました。ウガンダやルワンダがその典型ですが、何が求められているのかということに俊敏に対応する点では、アフリカの指導者たちは実に長けています。
笑い話的に引用していますが、「ドナー等諸外国政府を巧みに操作することが『スポーツ』であったならば、(ウガンダの)ムセヴェニ(大統領)は、世界選手権とオリンピックのチャンピオンになれる」という話がありますが、彼はまさにその典型で、巧みに読み取って対処できる。外向という戦略性を蓄えたアフリカの指導者の特徴が見えてきます。当初は、アフリカの国内政治の分析視角も含めることを検討しましたが、構成が複雑になることから、かなり捨象した部分もあります。
同時に、外向という戦略がうまくいったとしても、果たして開発の成功とか、外部から関与している開発主体の狙いがうまく実現しているかという観点からすると、かなり微妙な問題があるのではと思います。別のインタビューでは、アフリカを中心としたグローバル・サウスの特徴をアメーバ的と評価しました。アメーバはギリシア語で変化・変形を意味する言葉に由来してます。アフリカの行動原理には、明確な軸の欠如も含まれると考えています。
――ご著書にある「形容詞つき民主主義」につながりますね。本当の意味での民主主義ではなくとも、形式上は達成している。
遠藤:世界銀行のガバナンス指標では評価されているものの、実際には抑圧的な体制を作り込んでいるあり方が、アフリカにおいて見られるようになってきたということです。
――ドナー側としてはこれからどのように変わっていけばいいのでしょうか。
遠藤:なかなか難しい課題ですね。新自由主義的専制体制を敷いているルワンダなどは経済的には成功していますが、別の顔も持っています。DRCにおける鉱物資源開発と安全保障をめぐって、人権面でも隣国との複雑な関係を抱えている。アメリカもその点は批判しつつも、完全に現体制を否定する意図はない。その辺りの距離感を見極めながら関与の仕方を探っていく必要があります。アフリカというのは非常に手強い相手だなとも思いますね。
「薄い覇権」の時代——中国の存在感
――アフリカをめぐる国際関係において、どの国も圧倒的な影響力を行使できていない「薄い覇権」(アフリカをめぐる国際関係において、どの国も圧倒的な影響力を行使できていない現状を指す用語)のもとで、旧植民地宗主国の撤退と、ロシアの関与や中国のプレゼンスが交錯しています。中国については読者の関心も高そうに思います。
遠藤:中国の関与で近年目立つのは、鉱物資源(レアメタル)の開発プロジェクトへの進出です。特にDRCでのコバルト開発は中国がほぼ独占している状況です。
経済面での関与は続く一方で、中国も政治面・安全保障面で関心を持たざるを得なくなってきています。前回の中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)の文書にも、テロとの戦いの問題に中国とアフリカでどう協力していくかという問題提起はされていて、今後も中国は多面的な関与を続けていくのではないかと思います。
また、ハイテクの監視技術などの統治技術においても、中国の技術協力を望む国々はあると思うので、技術移転という協力の形もあるでしょう。
――日本はやや出遅れている感じがしますね。
遠藤:やはりある世代以上の方は、アフリカでのビジネスで苦労をしてきたと話します。一方で若い世代を中心にスタートアップ企業も現れるなど関心が高まってはいますが、そのモチベーションをうまく活かす仕組みづくりが課題だと感じています。
紅海を挟んだ緊張――ソマリランド承認とジブチの自衛隊
――最近の出来事についてお尋ねしたいと思います。イスラエルがソマリランドを国家承認し、2026年4月に大使を任命したことは大きなニュースでした。また、ジブチの日本の自衛隊に影響はあるでしょうか。
遠藤:まず、ソマリランドについてご存じない読者の皆さんに向けて、簡単に解説しておきますと、1991年にソマリアの内戦に乗じて、北西部にあるソマリランドは、同国から一方的に独立を宣言しました。ソマリアはこれを認めておらず、また国際的な承認がないものの、ソマリランドは「事実上の」国家として運営されています。いわゆる「未承認国家」です。
本書の校正をしていた昨年末に、突然ニュースが入ってきました。本の中でも「ソマリランド国家承認の衝撃」という見出しがあるのですが、もともとエチオピアがソマリランドとの間で覚書を交わして、その中にエチオピアがソマリランドを国家承認するのではないかという話があったことを念頭に書いた部分でした。ところが蓋を開けてみたら、昨年12月26日にイスラエルがソマリランドを正式に国家承認するという動きがあって、本当にギリギリのタイミングでその件を著作に追記しました。
今年に入って、元ケニア大使のイスラエル外交官がソマリランドへの初代大使として任命されたという報道があり、同時にソマリランド側も水資源管理に関わる代表団をイスラエルに送るなど、実際に相互交流が始まっています。
国家承認の一つの理由として、対岸のイエメンのフーシ派(シーア派イスラーム教徒を基盤とする武装政治・宗教集団)を意識している面があるでしょう。イスラエルはソマリランドに軍事基地を建設すると明示的には言っていませんが、否定もしていません。仮に軍事基地を作った場合、フーシ派はそれを攻撃対象にすると明言していますので、紅海を挟んだ両岸の間での緊張が高まる可能性があります。今後イランの国力がどれぐらい衰退していくのか、フーシ派への支援がどのような形で行われるのかにもよりますが、いずれにしてもイスラエルのソマリランド進出によって、緊張は従来よりも高まっていると言えます。
ジブチを拠点とする自衛隊の基地についても、ソマリランドの目と鼻の先ですので、何かの事態が発生すると、日本としても対処を考えなければならない状況に置かれる可能性が出てくるかもしれません。
現状においてジブチの自衛隊は、当初の派遣目的だった海賊対策というより、紅海周辺を含む広域での情報収集を中心に活動しています。2008~09年頃のような海賊の出現は起きていません。アフリカの角(アフリカ大陸東端のソマリア全域とエチオピアの一部などを占める半島)は流動化する中東とも深く関連していて、紅海を挟んだより広域の中東地域安全保障複合体という視座を通して捉える必要性があると考えています。
――イスラエルとイランの動向も気になります。
遠藤:本書では、アフリカの角地域をめぐる複雑な対立構図をあくまでも今の状況を示すスナップショットとして載せました。イランも一時期アフリカの角に関与していましたが、短期的な直接関与は限定的と思われます。ただフーシ派への動向は気になるところで、ソマリランドに大使を置いたイスラエルとの対立の先鋭化は引き続き注視すべきです。ホルムズ海峡に加えて、紅海とインド洋をつなぐバーブルマンデブ海峡の緊張も高まっており、国際社会は地域の安定化に関与していく必要があるでしょう。
「優等生」の政権交代――ボツワナと南アフリカの今
――ボツワナで1966年の独立以降初めて政権交代が起きたことは、とても大きな動きだったと思います。
遠藤:ボツワナは長く「アフリカの奇跡の国」とも考えられてきた政治経済的な「優等生」であったことからも、2024年の政権交代については、私も驚きをもって受け止めました。
セレツェ・カーマ初代大統領はノン・レイシャル・デモクラシーという形で、自身の出自やその人生の経験をそのまま体現するような、人種をとりわけ問題にしない政治のあり方という構想が強かったと思いますが、その構想がどれぐらい継承されたのかはよくわからないところがあります。のちに息子のイアンが大統領に就くわけですが、その時代はボツワナの政治の大きな転換点だったのではないかと。それでもボツワナ民主党の一党優位体制は崩れなかったのですが、少しずつ政党関係は変わっていきました。
2024年の選挙結果は、改めて流れを見ると起こるべくして起こったと思っています。ボツワナ民主党も今や議席が61議席中4議席にまで減り、短期的な巻き返しは難しいでしょう。ただ政権交代が起きること自体は、民主主義のあり方としては比較的健全だという学術的な指摘はありますし、ボツワナは従来よりも民主主義的になったと評価されています。ボツワナ的な民主主義がこれからどう展開するか、改めて注視していきたいところです。
その一方で、課題もあります。ラボグローン・ダイヤモンド(天然ものと同じ炭素原子で構成される、研究所で生成されたダイヤモンド)の登場などで天然ダイヤモンドが国際市場での価値を落としてしまいましたが、産業の多様化が昔からの課題だったにもかかわらず、ほとんど実現できていなかった。どういう新しい産業の可能性があるのか今まさに問われているところですね。
――南アフリカのゼノフォビア(外国人嫌悪)の動きは顕著ですが、以前からあったものが可視化されたのでしょうか。ボツワナにも排外主義的な面があります。
遠藤:アフリカ南部の問題の一つは、構造的にインフォーマルセクターと呼ばれる非正規の経済活動が行われている領域が、西アフリカなどに比べると狭いと言われていることです。だから雇用されていない人たちが完全に失業した状態になりやすい。インフォーマルセクターがあると、見かけ上は雇用されていなくても実際に経済活動に参加できますが、南アフリカだと本当の意味で失業者になってしまいます。
ボツワナはアフリカの中でも、官僚制が比較的きちんと機能している国です。私が90年代初頭に調査でザンビアからボツワナへ国境を越えたとき、途端に世界が全く違って見えました。道路が整備されていて治安もいい。だからこそ、ザンビアやジンバブエといった内陸国から、より良い暮らしを求めて人が流入してくるんです。しかし、産業の多様化ができず雇用が創出されにくい国や失業率の高い社会へ外部から人が入ってくると、それが排外主義的な動きにつながりやすいということだと思います。
ホームタウン構想が浮き彫りにした日本社会とアフリカ
――日本についてお伺いします。TICADが93年に始まって去年のTICAD9までに内容も変化し、民間セクターや投資が中心となりました。また、ホームタウン構想が炙り出した国内の排外主義的な動きも大きな出来事でした。
遠藤:ホームタウン構想をめぐる騒動では、地方自治体が苦情対応でパンクしてしまって、これは続けられないという判断をせざるを得なかった。ホームタウンという言葉自体の持つ意味合いをめぐって様々な誤解もありました。
日本社会の中でそういった外国や人種の問題について深く考えるという機会が相対的に乏しかったということも一因かもしれません。世界の様々なところで分断について語られています。日本の中でも、アフリカという媒介項を経て世界を考えるきっかけにしてほしいと思いますし、同時にアフリカ地域との関係を通して、日本社会を見つめ直してほしいですね。
――本書を執筆されている間にも、世界情勢は目まぐるしく変化してきました。イスラエル・イラン情勢、トランプ政権の復活とUSAID(米国国際開発庁)の解体、サヘルでの相次ぐクーデタ後の軍政と政情不安、そして日本国内での排外主義の噴出。本書を書き終えた今、新たに見えてきたものはありますか。
遠藤:もともとそういう視点はあったんですが、やはりアフリカ地域を考えるときには、今後は中東、特に湾岸を中心とした世界との関係を無視しては語ることができないと思いました。
同時に、日本でアフリカの人たちを見かけることが多くなりました。調べたら3万人に近い方たちがいらっしゃって少しずつ増えていると。日本社会において今後どのようにアフリカの人たちと付き合っていくのか。日本の中でも共生というテーマが問われています。アフリカという地域を通してしか見えない世界があると考えてきたので、そこが読者の皆さんに伝わるといいと思っています。
■書誌情報
『アフリカ―「経済大陸」の行動原理と地政学』
著者:遠藤貢
価格:1,155円
発売日:2026年3月24日
出版社:中央公論新社
レーベル:中公新書