『泉京香は黙らない』なぜ泉京香が主役に? 岸辺露伴と敵対する「無意識の悪役」としての存在感
NHK総合にて、ドラマ『岸辺露伴は動かない』シリーズの最新作『泉京香は黙らない』が2026年5月4日(月・祝)夜9時30分より放送される。
『岸辺露伴は動かない』は、荒木飛呂彦の同名コミックを原作とする人気のドラマシリーズで、主人公は、「ヘブンズ・ドアー」という異能――人や生物を「本」に変えて、その記憶を読んだり、行動を操ったりできる――を持つ漫画家の岸辺露伴(岸辺露伴は、本来は、『ジョジョの奇妙な冒険』第4部のサブキャラクターの1人なのだが、このスピンオフのシリーズでは主役を務める)。
なお、今回放送される『泉京香は黙らない』は、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』、『岸辺露伴は動かない 懺悔室』という2本の映画作品も含む、実写版初のオリジナルストーリーであり(荒木飛呂彦は、「原作・脚本協力」として参加)、かつ、タイトルからもわかるように、露伴の“バディ”泉京香が主役を務めることになる(※)。
※過去作では、『もうひとつの密漁海岸』というAmazon Prime Video独占配信の短編ドラマ(ドラマ版第9話「密漁海岸」のスピンオフ)で、京香が主役を務めている。
演者の存在感が、原作に影響を与える
泉京香は、岸辺露伴の担当編集者。実写版では、飯豊まりえが演じ、露伴役の高橋一生と絶妙な掛け合いを見せてくれる。
今回の『泉京香は黙らない』は、その京香が、担当している新人漫画家・西恩ミカの作品をめぐり、岸辺露伴と対立(?)するところから物語は始まるようだが……。
ちなみにこの泉京香、ドラマと映画では準主役的な立ち位置で全ての物語に登場しているのだが、実は原作では、「富豪村」(2012年)の回で一度登場したのみで、その後はしばらくのあいだ、同シリーズに登場してはいない。だが、2022年、「ホットサマー・マーサ」の回でいきなり再登場、現在は、実写版同様、レギュラーキャラの1人として定着している。
これはどういうことかといえば、単純に考えて、実写版での飯豊まりえの好演と視聴者からの高い支持を受けて、荒木飛呂彦が原作のシリーズに「彼女」を“再登場”させたものと思われる(ただし、単行本第1巻の自作解説のページで、京香のことを「大きな収穫」、「キャラとしては大好き」とも書いているので、もともと作者が気に入っているキャラクターではあったはずだが)。
余談だが、こうした、「実写化が原作のキャラクターに影響を与える」というケースは別に珍しいものではなく、たとえば、小説家の東野圭吾が、最初は湯川学(『ガリレオ』シリーズの主人公)のことを佐野史郎をイメージして書いていたのだが、いまでは、実写版で彼を演じた福山雅治のイメージに引きずられている、というような話もある(文藝春秋「ガリレオ シリーズ」公式サイト・参照)。
バディではなく、バトルの相手!?
ところで、先ほど私は、泉京香のことを岸辺露伴の「バディ」と書いたが、荒木飛呂彦は、『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』(集英社新書)という本の中で、彼女のことを、「実は悪役、しかもかなり手強い敵です」と書いている。
この作者の告白(?)に驚いた読者は少なくないだろう。というのも、周知のように『岸辺露伴は動かない』シリーズで露伴が戦う「敵」の多くは、(少なくとも表面上は)泉京香ではなく、彼が取材先などで出会う自然の怪異や土着の神々、妖怪などだからだ。
にもかかわらず、作者は、京香が「悪役」ないし露伴の「敵」であるのだという。それは一体どういうことなのか。
前掲書において、荒木はこんなことを書いている。
「悪役にはいろいろなタイプがあります。暴力的な悪役、政治的な思想の悪、恋敵……中でも世の中で一番厄介な敵となるのが、仲間や家族、恋人などで、信頼していた身近な人から裏切られると、非常に大きなダメージを受けることになります。もっと困るのが、明らかな悪意があるわけではないけれども、その人が無意識にとる行動が主人公を困難に陥れていくケースです」
たしかに、「富豪村」の回などは、物語の発端で京香は、「無意識」のうちに、挑発的ともいえる態度を露伴にとっており、それが露伴の心の奥底にある“何か”(好奇心、といっていいだろう)を刺激し、結局、「山の神々」とのマナーをめぐる戦いにまで発展することになるのだが、元を正せば、その戦いの根源には、露伴と京香のバトルがあった、といえなくもない。
そしてそうした「露伴VS京香」の構図がより明確になっているのが、「ホットサマー・マーサ」の回だ。同作では、表向きは、神木の空洞の中に入った者の「影分身」を生み出す「藪箱法師」なる存在が露伴の敵として描かれているのだが、この物語も、最初から最後まで、ストーリーの根底の部分で燻り続けているのは、漫画家(露伴)と編集者(京香)の互いに譲れない部分でのせめぎ合いである。だから、タイトルは、「藪箱法師」ではなく、「ホットサマー・マーサ」なのだろう(注・「ホットサマー・マーサ」とは、露伴が考えたキャラクターの名前で、そのデザインについて、2人は終始揉めることになる)。
愛すべきトリックスター
いずれにせよ、こうした「無意識の悪役」としての泉京香の存在が、物語を深く、面白くしているのは間違いない(何しろ、時に露伴は、その敵であるはずの京香を守るために、もう一方の敵である怪異と戦うことになるのだ)。
思えば岸辺露伴自身、「ジョジョ」本編では、敵か味方かわからないトリックスターの役割が与えられているのだが、この『岸辺露伴は動かない』シリーズでは、泉京香こそが物語をかき乱す愛すべきトリックスターなのである(露伴はむしろ、ツッコミ役に回っている)。
それにしても、つくづく『泉京香は黙らない』とは、秀逸なタイトルだと思うが、じっさい、スタンド使い(※)でもないのに、ヘタな怪異よりも強い生命力を持ち(たとえば、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』では、「この世で最も邪悪な絵」の呪いが、彼女にはまったく効かない)、あの王様然とした岸辺露伴の前でも黙らずに――つまり、対等の立場でいられるのは、彼女くらいしかいないだろう。
※「スタンド」とは、「ジョジョ」シリーズのキャラクターの多くが使う異能ないし、具現化された精神のエネルギーのことで、露伴の「ヘブンズ・ドアー」もその1種。実写版では「ギフト」と呼ばれている。
今晩放送されるドラマでも、当然、表向きの「敵」は別にいるのだろうが、泉京香と岸辺露伴のあいだでどのようなバトルが繰り広げられるのか、いまから楽しみである。