「夜に働いている人にも子どもがいることを想像してほしい」 夜間保育園を舞台にした物語『まどろみの星たち』インタビュー

菰野江名『まどろみの星たち』(ポプラ社)

 夜に働く人がいる。そんな眠らない街の片隅で、子どもたちを預かる場所がある——。

 『まどろみの星たち』(ポプラ社)は、24時間体制の「夜間保育園」を舞台にした物語。『つぎはぐ、さんかく』で第11回ポプラ社小説新人賞を満場一致で受賞しデビューした注目の新鋭・菰野江名が、夜に働く親たちとその子どもを支える保育士たちの葛藤や喜びを丁寧に描き出す。

 菰野自身も、日中子どもを保育園に預けて働く母親のひとりであることから、その描写はどこまでもやさしく現実的だ。子育てと仕事を両立しながら、毎日コツコツと書き上げたという本作。なぜ“夜”に光を当てたのか。どんな思いで言葉を選び、物語に何を託したのか。その思いをじっくりと聞いた。

夜という時間に、別の光を当てたかった

――夜間保育園を舞台に小説を書こうと思われたきっかけから教えてください。

菰野江名(以下、菰野):担当編集さんとのたわいない雑談が始まりでした。彼女はすごく夜型で、「夜、寝るのがもったいない」なんて話していて。私は夜22時半には寝てしまう完全な朝型。なので、「夜に起きている人たちはどんな生活をしているんだろう」と、真逆の生活リズムについて考えるようになったんです。

 そんなときに、ちょうど夜に子どもを送迎しているお母さんを見かけて。「こんな時間に開いている保育園なんてあるの?」という驚きから調べてみたところ、夜間保育園の存在を知り、小説の構想が一気に広がりました。

――主人公の文乃は、ある事情から夜に眠れなくなり、夜間保育園の保育士として働き始めます。面接に合格したとき、「社会に適合できる人間だと認められた」と喜ぶシーンが印象的でした。

菰野:夜型って、どこか不健全というイメージが社会にありますよね。朝活はすごくポジティブに語られているのに、夜ふかしはどこかアングラっぽい響きがある。「社会に適合」という言葉も、文乃が昼夜逆転していることで自己肯定感が低くなっているのではないか、という想像から出てきた言葉でした。

 でも、個人的には無理に“適合しよう”としなくてもいいと思っているんですよ。いろんな働き方があって、いろんな心地よさがある。むしろ、夜に働く人たちがいるから社会が快適に回っている部分も多いはずです。さまざまな事情で夜に働く人がいるけれど、「夜型の人の生活だって健全だ」と伝えたい思いがありました。

――夜の街と保育園というギャップも印象的でした。

菰野:夜の大人たちが酔っ払ってワイワイしている場所のすぐ近くに、保育園があるという状態が面白いなと思ったんです。ネオンが光り、タクシーが行き交うすぐそばで、子どもが静かに眠っている。

 でも、昼間の保育園って、夜の酔っ払いに負けないくらいうるさいんですよね(笑)。子どもたちのエネルギーは本当にすごい。そんな賑やかな場所に、夜になると静けさが降りる。同じ場所なのに、時間が変わるだけでまったく違う顔を持つ。その変化そのものが、物語のテーマとも重なっている気がしています。

知るほどに頭が下がった、保育士という仕事

――執筆に際して、取材もされたそうですね。

菰野:そうですね。実際に私自身も保育園を利用しているので、雰囲気はわかっているつもりでした。でも、取材を経て改めて感じたのは、親からは見えない先生方の動きが本当にたくさんあるということ。子どもを送り届けて「お願いします」と言ったあの瞬間から、裏側では多くの配慮や判断が重なっている。特に夜間保育では、体調の変化や睡眠の質にも細かく気を配らなければなりません。夜は子どもにとっても特別な時間ですから。

 実は、子育てが一段落してから保育士資格を取って活躍している友人がいまして。彼女の話から、園の方針や先生同士の考え方の違い、葛藤している現場のリアルを知りました。理想と現実の間で悩みながら「子どもにとっての最善」を模索している姿勢に、心を打たれました。

 この前も、お迎えに行ったら子どもたちを2人膝に乗せている先生の背中に、別の子がよじ登っている状態で、「おかえりなさい!」と明るく声をかけてくださって。本当にすごいお仕事だな、と頭が下がりました。あの一言の裏にどれだけの労力があるのか。小説の中では、そうした“見えない重み”を少しでも感じてもらえたらと思いました。

――作中のキャラクターが非常に生き生きとしていました。書いていて楽しかった人物はいますか。

菰野:ももか先生ですね。書き始めてすぐに、俳優の野呂佳代さんのイメージがバチッとはまったんです。頭の中で野呂さんが再生され始めたら勝手に動き出して、失礼ながら「帰ったらファンタを飲んでそう」「カバンの中がぐちゃぐちゃそう」なんて想像が膨らみました(笑)。でも、そういう具体的な生活感があると、人物は急に立体的になるんですよね。文乃の周りに、こういう自分のなかの“好き”がハッキリある、魅力的な人がいてほしいなと思ったんです。

――そうしたキャラクター造形は、最初から固めて執筆されるんですか?

菰野:書きながらですね。最初は輪郭がぼんやりしていても、物語の中で動かしているうちに「あ、この人はこういう人なんだ」とわかっていく感覚があります。

 もうひとり、さち先生にもモデルがいて。実は、先ほどお話しした保育士の友人を投影していて、彼女の物腰のやわらかさや、にじみ出る慈愛のようなものを思い浮かべながら書き進めていきました。

言葉にこだわること、ごまかさないこと

――菰野さんは裁判所の書記官として働きながらデビューされました。今もその生活を続けていらっしゃるのですか?

菰野:はい。朝6時に起きて、7時半には保育園に送り、17時頃まで仕事をして、終わったらお迎え。夜は基本ワンオペなので、寝かしつけを終えると20時半や21時。そこから自分が寝る22時半までの約1時間半が執筆時間です。本当に書けないときは、2~3行で「本日終了」とパソコンをそっと閉じる日もありました(笑)。

 土日は夫とお酒を飲みたいので、書かないと決めています。メリハリをつけないと続かないと思って。全体で半年ほどで書き上げましたが、本腰を入れたのは最後の2か月でした。締め切りが見えてきてからは、少し夜ふかしをしたり、逆に朝4時に早起きしたりすることもありましたね。

――作中には「ねんトレ(ねんねトレーニング)」など、育児のリアルな描写も散りばめられていました。

菰野:育児情報はいろいろありますが、結局は「子どもによる」んですよね。何が合うかはやってみないとわからないし、その試行錯誤こそが愛情だったりするなとも思っていて。

――一方で、文乃と杏子さん(作中の重要人物)の家族としての形も描かれます。当初、二人の関係性にミステリーのようなドキドキ感もありました。

菰野:書き始める前は文乃の人物像も固まっていなかったのですが、生い立ちを考えるうちに杏子さんという人物が現れました。夜型の心地よさを肯定し、自分のなかの劣等感を克服した先に、杏子さんへの複雑な思いも乗り越えてほしい。そんな成長ストーリーも描きたいと思ったんです。

――菰野さんの作品は、文章がすっと心に入ってくる感覚があります。言葉選びで意識されていることは?

菰野:子どもが生まれてから、“どこに出しても恥ずかしくない言葉”を選ぶようになった気がします。耳ざわりはいいけれど、誰かが傷つくかもしれない言葉は避けたい。ただ、本作では外国人の働き手のことや、夜の仕事現場で働きながら育児をする人への偏見も描く必要がありました。そこは事実としてそのまま書くことを意識しています。偏見はきれいに消えるものではないし、マイルドにしすぎると嘘になってしまう。私の中にもあるかもしれないという自覚を持ったうえで、ごまかさずに書きたいと思いました。

次に書きたい景色と、読者へ伝えたい想像力

――少し個人的なお話になりますが、最近、日常で面白いと感じた発見はありますか。

菰野:娘の成長ですね。今はネイルやお化粧をしたがる、いわゆる「姫化」の真っ最中で(笑)。私は小さい頃プリンセス期がなかったので、見た目は「そっくりね」と言われるのに、「全然違う人間を育てているんだな」と強く感じるようになりました。

――リフレッシュはどのようにされているのでしょうか?

菰野:もともと旅行が好きで、この前「韓国なら行けるのでは?」と思い立ち、夫に「◯月◯日に韓国に行きます」と宣言して強行突破で行ってきました(笑)。やってみると意外とできるもので、次はマレーシアにも行きました。お湯が出ないトラブルもありましたが、行ってよかったです。いつか沢木耕太郎さんの『深夜特急』のような紀行小説が書けたらいいな、なんて思っています。

――どのようにトラブルを乗り越えられたのか、ぜひ読みたいです(笑)。では最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。

菰野:とにかく「知ってほしい」のひとことに尽きます。実際に夜間保育園が存在すること。そして、夜に働いている人にも子どもがいて、その子たちがどう過ごしているのかを想像してみていただけたらなと。背景を知らないから冷たくしてしまうことも、世の中には多くある気がしていて。しかも子育ては一度始まったら、戻れないものでもあります。そして、対処法もその子によって違う。なので、子育て中の方同士でさえお互いの目の前の困難に気づけないですし、ましてや子育てを通り過ぎた方や、経験のない方はさらに見えにくいですよね。なので、想像力で補い合い、お互いが少しでも心穏やかに過ごせる社会になってほしい。この本が少しでも、その助けとなれたらうれしいです。

■書誌情報
『まどろみの星たち』
著者:菰野江名
価格:1,980円
発売日:2026年3月4日
出版社:ポプラ社

関連記事