日本のIPビジネスは“おもちゃ”から始まっている? KADOKAWA元社長が紐解く100年史
IP(知的財産)という言葉がエンターテインメントの世界で使われるようになっている。「作品」や「キャラクター」と言った形でイメージされるこのIPが、どのように現れ巨大なビジネスの核になっていったのかを、今のIPビジネスを先導するKADOKAWAで社長を務めた佐藤辰男が、『エンタメ(IP)100年史 創業者のエウレカ、継承者の転換』(KADOKAWA Game Linkage)という本で語り尽くした。
ゲーム好きには「コンプティーク」の編集長として名が知られ、ライトノベル読者には「電撃文庫」を出していたメディアワークスの社長といった印象が強い佐藤辰男。それだけに、『エンタメ(IP)100年史 創業者のエウレカ、継承者の転換』もゲームや漫画、ライトノベルにアニメといったコンテンツ業界の裏話で満載なのかと思いきや、意外にもその筆は日本の玩具業界の歴史を綴るところから始まっている。
「プラレール」「トミカ」のトミーと「ダッコちゃん」「チョロQ」のタカラ
まず挙がるのが富山栄市郎という人の名前だ。2006年に合併してタカラトミーとなったうちの1社、トミーの創業者で、奉公などを経て1924年に富山玩具製作所を立ち上げ、自動車やおもちゃを作り始めた。その後、トミーは2代目社長の富山允就が「プラレール」や「トミカ」といった今も子どもたちに大人気のおもちゃを送り出し、海外展開も行ってトミーを有数の玩具会社へと発展させる。
もう1社のタカラは、創業者の佐藤安太がビニール人形の「ダッコちゃん」でブームを起こし、「リカちゃん」や「人生ゲーム」「ミクロマン」「チョロQ」とこちらも人気の定番おもちゃを投入して会社を大きくしていく。そんなタカラやトミーと並んで玩具会社として広く知られるバンダイも、リモコンで動く自動車やレーシングカーセットなどをヒットさせて子供たちに夢を与えていく。
IPビジネスを支えるポップカルチャーの源流を探ろうとすると、普通は手塚治虫の漫画や東映動画(東映アニメーション)のアニメーションに行き着く。それだけに本書がおもちゃから筆を起こしていることを不思議に思う人もいそうだが、子供たちが最初に出会うエンタメは実はおもちゃであり、IPビジネスの発展でもおもちゃは大きく関わっている。そのことを、大学を出て玩具業界紙の「週刊玩具通信」に入り取材して回った経験を持つ佐藤辰男は察知していたのかもしれない。
やがておもちゃはIPでイメージされるキャラクターを大いに取り入れていく。バンダイは特撮ドラマ『サンダーバード』のメカを手がけるようになり、プラモデルを作っていた今井科学と共同戦線を張って展開。今井科学が倒産すると、工場の金型や土地・建物を買い取ってバンダイ模型を1971年に設立し、『宇宙戦艦ヤマト』のプラモデルを出すようになっていく。このバンダイ模型が、今や世界的な人気商品となった「ガンプラ」の源流だ。
現代キャラクター玩具の覇者・バンダイ
バンダイは同じ1971年にポピーという会社も設立し、こちらでは『仮面ライダー』の変身ベルトや『マジンガーZ』のジャンボマシンダーと呼ばれる人形、そして「超合金」と呼ばれるフィギュアのシリーズを出していく。このあたりは、玩具の市場を大人にも広げたハイターゲットトイの原点となっている。
激しい競争の中で一時は倒産の噂まで出たバンダイだったが、「ジャンルとして定着することになるプラモデル『ガンプラ』もあり、キャラクター玩具の覇者となって、次の成長フェーズの緒に就くことになる」と本書には記されている。2005年にナムコと合併してからも、キャラクターを軸にしたIP経営を推し進め、売上高が1兆円を突破する巨大企業となったバンダイナムコグループの躍進の秘密がどのあたりにあったのかを、探ることができる1冊だ。
バンダイは、1980年に山科誠が創業者の山科直治から社長を受け継ぎ事業の多角化に乗り出す。「事業ポートフォリオを玩具から映像、出版、ファッションや雑貨にまで拡大した」と書かれているように、押井守監督で日本初のOVA『ダロス』を作り、世界が日本のアニメに注目する『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』への道を開いた。後に『新世紀エヴァンゲリオン』で名を上げるクリエイターたちが結集した『王立宇宙軍 オネアミスの翼』も手がけ、日本のアニメが世界で支持されるきかっけのひとつを作った。
マルチメディア端末の『ピピンアットマーク』が売れずセガとの合併話が持ち上がって破談になる紆余曲折も経験したが、ゲーム事業でキャラクターを使ったタイトルを多く手がけてゲーム市場拡大の波に乗った。こうしたバンダイの戦略に熱視線を送っていたのが角川歴彦だったと、筆者は『エンタメ(IP)100年史 創業者のエウレカ、継承者の転換』で書いている。
歴彦は、バンダイの「継続してヒットを生み出す仕組み、時代の変化に合わせて人材を輩出する組織力といった企業文化に関心を寄せていた」という。KADOKAWAがライトノベルのレーベルを持つ出版部門を幾つも持ったり、アニメ事業に進出したりしたのは、バンダイが「グループ内の競合を厭わずに分社化施策をとったこと、サンライズのようなおもちゃ業界外でありながら、キャラクターマーチャンダイジングという視点からは欠かせないパートナーを買収したこと」を参考にしたのではないか。そんな本書の指摘を元にして、バンダイナムコグループとKADOKAWAグループを比べてみるのも面白そうだ。
KADOKAWAで起きた多彩なエピソードも収録
いわゆるKADOKAWAの“お家騒動”についても触れられている。同じ佐藤辰男による2021年に発行の社史『KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展』の方が経緯について詳しいが、関係者への配布と期間限定の配信が行われただけで今は手に取ることが難しい。そこで本書が参考になる。
知られているように、発端は角川春樹と歴彦の関係が悪化し歴彦が退社してしまったことで、歴彦が社長を務めていた角川メディア・オフィスにいた佐藤も後を追って独立し、移籍してきた70人と共にメディアワークスを立ち上げた。資金や取次との関係など課題はあったが、どうにかクリアしてスタートしたメディアワークスは、ゲーム情報誌の「電撃PlayStation」をヒットさせ、ライトノベルでは後発の「電撃文庫」で新人を発掘し、ファンタジーに囚われない多彩なジャンルの作品を送り出して支持を集めていく。その頃の出来事に興味がある人には面白いエピソードで満載だ。
トミーが『ポケットモンスター』の玩具を出すようになってキャラクター分野で成功していったことや、タカラが創業者の佐藤安太から子息の佐藤博久に社長を譲ったものの業績が伸びず、外に出ていた博久の弟の慶太を呼び戻して『バウリンガル』のようなヒット商品で注目を集めたこと、その後トミーとタカラが合併してタカラトミーが誕生したことなど、玩具会社のその後の歴史もしっかり書かれている。「週刊玩具通信」出身だけあって記述は詳細で指摘も的確。業界を学ぶ人は必読だ。
ゲーム業界の勃興と発展についても触れられている。記者としてアメリカで開催されたコンピュータ・ゲームの展示会に行き、「ファミリーコンピュータ」が登場してきたおもちゃ売り場を取材して歩いていただけにこちらも詳細だ。パソコン雑誌の創刊を目指していた角川書店から刊行されることになった「コンプティーク」の創刊に携わり、ゲーム「ゼビウス」の隠しコマンドをスクープして話題になったエピソードなど、当時を覚えている人には懐かしい話だろう。
ハドソンが「ファミコン」用のソフトを任天堂以外のサードパーティーとして初めて出すことになった時は、玩具業界の商習慣を教えたり、玩具店の店主たちの勉強会に「玩具通信」時代の伝手を頼ってハドソンのソフトを持ち込み見てもらったりしたという。エニックス(今のスクウェア・エニックス)創業者の福嶋康博がゲームソフトや漫画の新人賞を作って新しい才能を集めたことや、光栄(今のコーエーテクモホールディングス)のシブサワ・コウこと襟川陽一が、継いだ家業で学んだ会社経営の知識が、シミュレーションゲームに経営の視点を入れ込んだ『信長の野望』の登場に繋がったことなど、ビジネス史的な観点から興味をそそられるエピソードも多い。
時代が変わっても創業者たちの何かを発見して世の中に送り出すスピリッツと、そうした事業を次の時代に合わせて延ばすなり変えるなりしていった継承者たちの軌跡を踏まえつつ、玩具とゲームとエンタメの歴史を振り返りこれからの時代に必要なことは何かを見出す。そんな役にたつ1冊だ。