田家秀樹の『続・村井邦彦のLA日記』評:「想像力」は「孤独」を解放する

 日記が一つの時代を記録する貴重な資料になることは作家、永井荷風が戦時中の生活を綴った『断腸亭日常』を筆頭に数々の先例が証明している。

 その人がどんな生活をして何を思っていたのか。その時世の中はどうなっていたのかというリアリティには創作とは違う説得力がある。

 タイトルを見た時に、何の疑いもなくそういう本だと思った。『村井邦彦のLA日記』が発売されたのは2018年、この本はその続きでもある。一回目の日付は2020年4月3日、タイトルは「平常心ではいられない」だ。

 そこには「誰にも会わない状態がもう三週間続いている。家を出るのは近所を散歩する時だけ。散歩中に人に会ったら、最低二メートルの距離を取らなければならない。子供たちや友人との連絡はインターネットのみという生活だ」と書かれている。つまり、僕らと同じように世界が直面したあの気が狂いそうなコロナ禍での接触遮断生活が背景になっている。

 70年代から80年代の日本の新しいポップミュージックを作り上げた最大の功労者が移住先のLAで何を思いながらどんな日々を送っていたのか。コロナの後にウクライナの戦争も始まった。未曽有の感染症と世界を根底から覆しかねない狂気の戦争の中で自分が暮らす「アメリカ」の社会がどうなっていたのかという、報道では伝えられない日々の日記なのだから惹かれないわけがない。

 彼はやったことのない家庭菜園を始め、接触を避けながら時折ゴルフをし、古い映画を楽しむようになる。テレビで人種差別に抗議する暴動が鎮圧される様子を見た時に、1919年のパリ講和会議で日本が主張した「国際連盟の規約に人種差別撤廃の条項を入れる」という提案をアメリカの当時のウイルソン大統領が拒否をしたことを日本人は覚えていた方がいいと書いている。そんな指摘をした日本のニュース番組があっただろうか、

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 ただ、そうした内容は2020年7月4日の「小公女の幸福感」で「食事の準備が出来ました」と「和服姿の品のいい男」が現れてから趣が変わってゆく。

 翌日、7月5日の「鮫島三郎という名の妖精」で、彼は自分が「鮫島三郎」という「肉体のない妖精」なのだと自己紹介する。村井さんの小説『モンパルナス1934』を読まれた方は思い当たる名前だと思う。

 彼が登場して以降、「日記」は『モンパルナス1934』と重なり合って進んでゆく。『続・村井邦彦のLA日記』は「鮫島三郎との対話の記録」として時空を超える読み物の色を加えてゆく。

 彼は「鮫島三郎」を登場させる前に「このまま続けると話がどんどん暗くなって、書いている僕も気分が滅入ってしまう。コロナのことは忘れて、なにか明るい話を書くことにしよう。こういう時は楽しかった昔の思い出にふけるのがいい」と書いている。

 戦時中の食糧難を経験している彼がその頃の食べ物につられて思いだしたのが子供に頃に読んだイギリスの小説「小公女」で、その話の応用で生まれたのが「鮫島三郎」だった。

 二人の会話に惹きこまれていったのは、次から次へと繰り出されて広がる「思い出話」の圧倒的な「博識さ」にあった。

 たとえば、2020年8月20日の「勝新太郎はすごかった」だ。「いつ京都に行けるんだろう」と漏らした「僕」に鮫島が「京都が好きなんですか」と応じる。勝新太郎の映画『子連れ狼』の音楽が村井邦彦だったことは僕も知らなかった。鮫島三郎が、勝新太郎は北野武やクエンテイン・タランテイーノにも影響を与えハリウッドでも知られる存在だと続け、話は「僕」の撮影所の様子から勝新太郎が好きだった京都の食べ物に発展するのだ。

 二人の思い出話は連日話題を替えて続いて行く。「さすが、物知りの三郎だ。しかも僕と趣味が合う」と書いたのは2021年4月23日、きっかけは「ニューヨークでジャズが聴きたい」だ。

 「僕」はニューヨークジャズクラブ、「ビレッジ・バンガード」のサイトを開きオンラインでしか演奏がないことを知って二人は自分の好きだった50年代のジャズの話に花を咲かせる。その日だけではなく音楽や映画の話が戦前のナチスドイツやオリンピック、第二次世界大戦の際にアメリカ西海岸にあった日本人強制収容所、戦前の軽井沢の思い出などにつながってゆく。合間にデルタ株感染やワクチンをドジャースタジアムで集団接種したことが記録されている。それはタイムトリップ以外の何ものでもなかった。

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 「『モンパルナス1934』連載始める」という小見出しは2021年1月8日。2021年1月2日現在のカリフォルニア州の感染者数が230万人、死者が2万3千人だ。

 「チームで小説を書く面白さ」という見出しは2021年9月24日、その間にも村上“ポンタ”秀一さんの訃報や北中正和さんの著書『ビートルズ』、山上路夫さんの文化勲章受章、小坂忠さんの訃報、アルファミュージック55周年コンサートなど現実に起きている話が増えてゆき、鮫島三郎の出番は少しずつ減ってくる。二人の会話は2022年11月25日が最後だ。そのことが接触遮断生活の収束を物語っていた。

 「僕」と「鮫島三郎」のやりとりを読みながら「鮫島三郎」は何者だろうと何度も思った。  

 音楽はもとより歴史や政治や世相、料理や食生活に至るまでの含蓄の深さは村井さん自身の教養や知識欲の反映だろう。時には『モンパルナス1934』を共同執筆した、当時日経新聞の編集委員、吉田俊宏さんの分身でもあるかもしれない。でも、こうした内容の「日記」が「僕」の人称だけで回想記風に書かれていたらこんな風にテンポよく読めなかったのではないだろうか。

 一人の人間の思い出話に第三者を登場させて二人の会話で進行する。小説では珍しくないであろうそんな手法が心地よかった。

 「想像力が権力を奪う」というのは1968年のパリ5月革命の時にフランスの学生が使った言葉だ。「想像力」が「権力」を奪えたことはないかもしれない。でも、この日記が物語るように「想像力」は「孤独」を解放する。

 音楽出版社アルファミュージックは1969年のパリで生まれた。「鮫島三郎」はあの頃のことをどんな風に語ってくれるだろうと思った。

■書誌情報
『続・村井邦彦のLA日記』
著者:村井邦彦
価格:2,970円
発売日:2025年11月17日
出版社:blueprint

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