村井邦彦 × 横山剣 × 北中正和『続・村井邦彦のLA日記』刊行記念鼎談「本を書くという行為は、作曲とよく似ている」

 「翼をください」「虹と雪のバラード」などを生んだ作曲家であり、荒井由実(現・松任谷由実)やYMOを輩出したアルファレコードの設立者でもある音楽プロデューサー・村井邦彦によるエッセイ『続・村井邦彦のLA日記』(blueprint)が刊行された。2018年に刊行された『村井邦彦のLA日記』(リットーミュージック)の続編で、同人誌『てりとりぃ』に19年1月から24年4月まで掲載されたエッセイに加筆・修正してまとめた一冊だ。村井が米ロサンゼルスで実際に体験したコロナ禍の日常が日記の中心になっており、巻末には、細野晴臣や松任谷正隆との対談も収録された。そんな本書の刊行を記念するトークショーが2025年12月に代官山 蔦屋書店で開催された。スペシャルゲストとしてクレイジーケンバンドの横山剣が登場し、司会は村井の仕事に詳しい音楽評論家の北中正和が務めた。その模様を抜粋・編集してお届けしたい。

幻想と現実が入り混じる世界

『続・村井邦彦のLA日記』(blueprint)

北中:村井さんの新刊『続・村井邦彦のLA日記』は、前著『村井邦彦のLA日記』の続きだという風に考えてよろしいでしょうか。

村井:そうですね。僕がこういう本を出すようになったきっかけは、同人誌『てりとりぃ』に7、8年ほど日記を連載していたことでした。それをまとめたのが最初の『村井邦彦のLA日記』でした。それで一区切りついて、本になってからはしばらく休んでいました。そしたら、コロナ禍が起こりました。そこで編集長から「コロナ禍のLAの日記を書いてほしい」と依頼されて、そこからまた4、5年ほど日記を書くことになりました。最初の日記は、ロサンゼルスの生活や気候、音楽活動上の付き合いが中心でしたが、今回の本はコロナ禍についての話が中心になっています。きっと編集長は、世界中の人がコロナに苦しむなかで、ロサンゼルスに住む日本人がコロナに遭遇して、どういうことが起こったのかに、興味があったのでしょう。それを村井に書いてもらいたいということだったと思います。

北中:この時期の社会状況だけでなく、日常生活から社会、音楽、芸術、それから政治などアメリカで起こったさまざまな出来事まで、話題が自由自在に飛び交いながら、不思議とうまくつながって展開していきます。特に印象的だったのが、途中から妖精が登場し、幻想と現実が入り混じるようなパートに入っていくところでした。あの展開には何かきっかけがあったのでしょうか。

村井:ちょっとした思いつきでした。本を書くという行為は、作曲とよく似ていると思うんです。ある日パッとひらめいたことをきっかけに、それをひとつ展開していくと、そこから次々とアイデアが湧いてくるんですよね。音楽で言うと、Aのメロディーができると、それに応えるようにカウンターのBのメロディーが生まれてくる。そうやって話がどんどん膨らんでいきました。妖精は、最初はコロナで困っている人たちを助けるボランティアでした。僕はロサンゼルスに住んでいるから、日本食が食べたくてしょうがない。うなぎの蒲焼やイカの刺身、アジのフライなどを夢見ていると、その妖精が日本から持ってきてくれるんです。なぜそんなことができるのかというと、世の中には少し怪しい場所があって、気圧などさまざまな条件が微妙に変化するところに「穴」や「ひだ」がある。その穴からは、一秒もかからずに世界中のどこへでも行けてしまうんです。

左、横山剣。右、村井邦彦。

横山:麻布の暗闇坂などですね。

村井:東京で代表的なのは、暗闇坂ですね。フランスだと、画家ギュスターヴ・モローの美術館があるあたりは怪しい。ニューヨークなら、チャイナタウンとリトルイタリーの間にあるカナルストリートです。あの辺りは『ゴッドファーザー』で、八百屋の前で撃たれるシーンがありました。日本だと他には函館の五稜郭がそうです。そして京都はもう裂け目だらけで、なかでも代表的なのは本能寺跡です。そういった場所がいろいろとある中で、軽井沢も登場します。なぜ軽井沢が裂け目になったのか、その理由については本の中で説明しています。僕はそこで妖精とすっかり友達になってしまうんです。

 妖精は「軽井沢には大きな裂け目がある」と言う。どうしてかを聞いたら、気候が理由の一つだといいます。標高が1000メートルほどあって、関東平野から雲がぐっと上がってきて、浅い峠を越えると一気に冷えて濃霧が発生する。濃霧の出る場所で怪しい事件が起これば、ますます怪しくなるでしょう。これはもう『シャーロック・ホームズ』の『バスカヴィル家の犬』を読めば明らかな話です。それに軽井沢は、20世紀に入ってから外国人が多く住み始めた場所でもある。長いあいだ外国人のいなかった日本では、外国人が集まると裂け目ができやすくなるんです。彼らはさまざまな情報を持ち込みます。日本の有力な政治家や外交官、作家、官僚といった人たちも集まるようになる。さらに各国の大使までいるわけですから、情報量がものすごく多くなる。そうなると、その情報を狙ってスパイがやってくる。僕はスパイが大好きなんですよ。もちろん本物じゃなくて、小説や『007』の世界の話ですけどね(笑)。そうしたスパイたちが入り乱れて情報戦を繰り広げることで、軽井沢は日本でいちばん裂け目が大きい場所になる。そんな風にどんどん広がっていって、ずいぶん長い話になってしまいました。

北中正和

北中:外国人の方が多くて怪しいところというと、横浜もそうですよね。

村井:怪しい。横浜もそういう場所がたくさんあります。

横山:本牧もそうですね。ああいう場所には、気配というか、電波のようなものを感じることがあります。やっぱり、そういうところには何かしらの現象が起きるんです。ニューヨークにも磁場(マグネットフィールド)のようなものがあって、そこから素晴らしいミュージシャンが生まれたり、さまざまな出来事が起きたりする。

 本牧は特にいろんな時代に翻弄されながら、いろいろなものが生まれては廃れ、また別のものが現れてきた場所です。横浜の中区には空間の裂け目であるような場所がすごく多いと思います。港区も同じで、子どもの頃からなんとなくそう感じていました。暗闇坂の話を聞いたときも「やっぱりそうか」と思い当たる節がありました。ファンタジーなのか現実なのか、その両方が混ざり合ったハイブリッドのような感覚が、いつの間にか本当のことになっていく。どこか怖さもあって、上からググッとくるような感覚になりますね。

村井:それについては思うんですけどね、やっぱり僕は、現実とファンタジーが頭のなかで一緒になっちゃってるんだね。だからね、会社をやったりしても、うまくいかないんですよ(笑)。

横山:いやぁ、京浜東北線の田町の辺りで「アルファ」の文字が見えると、興奮していましたよ。

往年の音楽家の作曲から

村井:その裂け目を通って別の時代へ行けるようになったので、せっかくだからいろいろな音楽を聴こうという話になるんです。そこで妖精と相談しながら、たとえば「1940年のベルリンへ行って、フルトヴェングラー指揮のブラームスを聴こうか」なんて言うんだけど、「それはさすがに危ない」と言われる。下手をすると逮捕されて拷問、なんてことにもなりかねないから、それはやめようと。 

 じゃあ、もう少し近いところにしようということで、1958年のロサンゼルスに行くことになる。当時は「サパークラブ」と呼ばれる場所があって、食事をしてお酒を飲みながら、バンドの演奏を楽しめるんです。そこに、僕が大好きなシンガーソングライターであるマット・デニスが出演しているクラブがあった。彼はもともとトミー・ドーシー・バンドのピアニストでした。そのバンドでコーラスを歌っていたのが、当時まだ若かったフランク・シナトラです。のちにシナトラがソロになったあと、彼のために「Everything Happens to Me」という曲を書くことになる。そのマットが、奥さんとトリオで歌っているクラブがあるというので、そこへ行こうということになった。 当時のナイトクラブの音楽がどんな雰囲気だったのかを象徴する一曲があります。マット・デニスの「Violets for Your Furs」。とても華やかなんです。歌詞もいい。ニューヨークに雪が降り、毛皮を着た恋人に雪がかかる。春先だったのか、スミレの花をそっと添えてあげる。そんな情景を歌った曲です。聞いてみましょう。

Matt Dennis - "Violets For Your Furs" (1957)

北中:当時は、まだ「シンガーソングライター」という呼び方もなかった時代ですよね。こうしたピアノを弾き語りする作曲家・シンガーは、当時もわりと多くいたのでしょうか。僕が思い浮かべるのは、たとえば、ホーギー・カーマイケルやナット・キング・コールですが、時代的にもわりと重なりますよね。

村井:もろに重なりますね。ピアノを弾いて歌って、曲も書く。ナット・キング・コールは、自分ではあまり作曲しないけれど。一方で、ホーギー・カーマイケルは作曲家として有名だけど、自分でも歌っている。それから、ミシェル・ルグランなんかは、きっとこういう人たちの音楽を聴いて、自分も歌うようになったんじゃないですかね。

横山:必ず作曲するときに歌いながら作るんですよね。

北中:それで、村井さんも歌うようになられた。

村井:はい。だから、歌うことにあまり抵抗がないんですよね。ミシェルとも仲が良かったですから、いつも「歌って作れ、歌って作れ」と言うんですよ。だから、歌でもなんでも、とにかく歌っちゃう。今でも歌いながら作っています。剣さんだって、本当にすごいライターでしょう。僕と違うのは、歌がうまいところですけど。

横山:ピアノはむちゃくちゃ下手なんですけどね。

北中:作曲の時はどのようにして作られているんですか。

横山:頭の中で鳴ったものを、ギターがあまり得意じゃないので、ピアノで演奏します。でも本当、自己流のひどいやつです。

北中:でもその自己流の弾き方の中から、新しい感覚が出てくるんですね。

横山剣の音楽原体験は米軍基地

横山剣『僕の好きな車』(立東舎)

北中:剣さんは『僕の好きな車』(立東舎)という著作もありますね。私は車にはあまり詳しくないんですが、読んでいて面白かったです。車でいうと、ロックンローラーのニール・ヤングもまさしく車の大ファンですよね。お二人は、もし会われたら、きっと話が合うと思います。

横山:会ったことはないんですよね。

村井:僕はね、ニール・ヤングのトレーナーが僕のトレーナーだったことがあるんです。ニール・ヤングとは同い年で、今年もツアーをしていました。ヨーロッパとアメリカを回って、その時にそのトレーナーが一緒に帯同して毎日トレーニングをしているんですよ。そんな縁で、昔からニール・ヤングのことは知っていまして。ええと、彼が入っていたグループは何でしたっけ。

北中:クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングですね。

村井:そうでしょう。そのメンバーの中で、スティーヴン・スティルスとは仲がいいんです。というのも、彼が僕の入っているゴルフクラブに入りたいから紹介者になってほしいと言われて、僕が推薦して入れてあげたのね。それでニール・ヤングにも興味を持つようになりました。彼は本も書くんですよね。音楽家って剣さんもそうだけど、本を書きますね。ニール・ヤングの本は雄大で詩的な話でした。古い車に乗って、ミシシッピからカナダまで旅した経験を書いていました。うんちくもあるし、とても反逆的なところもある。ミシシッピを南から北へ上がっていくエリアには、アメリカ独特の音楽の源がある。それについて本のなかで触れていました。剣さんのニール・ヤングに対する印象はどうですか?

横山:ニール・ヤングといえば、カウンターカルチャーのイメージがありますが、ただ反骨的というだけではなく、楽理も実験性もあって、メロディがとても美しいところが魅力だと思います。パンクのような感じとはまた違うんですよね。僕のバンドのギタリストの小野瀬雅生さんがニール・ヤングをとても敬愛していて、レコードを貸してもらったんですが、「すごくいいな」と思いました。

横山剣『昭和歌謡イイネ!』(小学館)

北中:本当にたくさんの音楽を聴いてこられたんですね。剣さんの新刊『昭和歌謡イイネ!』(小学館)は、語り口も面白いし、着眼点も独特で、読みながら思わず笑ってしまうのに、しっかり教養が身に付くような本だと思いました。

横山: ありがとうございます。いろんな音楽を聴くようになったきっかけには、いとこの影響も大きいです。例えば、本牧の米軍基地にある将校クラブで「There's a Small Hotel」のような音楽をよく耳にしていました。その時の質感が今でも残っていて、「ああ、この感じは将校クラブで聴いたな」と思い出すことがあります。 

 それから、小学校5年生の頃にレコードの実演販売を手伝ったことがあって、中古レコードにジャンル問わずに触れることができました。そのなかに「円楽のプレイボーイ講座12章」というレコードもあって、前田憲男さんが演奏しているものでした。リズム&ブルースやビートルズのカバーなど、いろんな曲に触れるなかで、ジャジーな響きに目覚めました。 歌謡曲にもジャズの要素を感じ取れるものと、そうでないものがありますね。

村井:こんな趣味の人だから、僕はすっかり横山さんと仲良くなってね。僕は今年で80歳になったので、今「80歳記念アルバム」を作っているんです。すでに9曲録音していて、例えばブレッド&バターが歌っている曲は、もとは僕が自作自演した「朝・昼・夜」です。森山良子さんに昔書いた曲は再編曲して、吉田美奈子さんが歌っています。それから、赤い鳥の残ったメンバーである紙ふうせんの後藤悦治郎さん・平山泰代さんが歌っているのは、作詞家の山上路夫さんと僕が書いた新作「ふるさとを愛する」です。それから、もう一つすごいものがあります。ハイ・ファイ・セットの山本潤子さんは、今はもう声が出ないため引退されていますが、引退寸前に僕と二人でピアノと歌だけで録音した音源が残っていたんです。それにシンフォニー・オーケストラのストリングスを被せて仕上げた曲も入っています。これは山本潤子さんの最後のレコーディングになります。さらに一曲、山上路夫さんが「舞台に生きるアーティスト」をテーマに詩を書いてくれて、誰に歌ってもらおうか考えていたところ、横山さんにデモ音源を聴いてもらったら、やってもらえることになったんですね。

横山:涙が出てくるような、本当に美しいメロディの曲でした。山上さんと村井さんのお二人のコンビの作品を、僕が歌っていいんでしょうかと思いました。しかも、アルバム全10曲のうち9曲がすでに録音済みで、残りの最後の1曲がその曲だと聞いて、本当に光栄でした。音楽を続けてきて良かったと心から思いましたし、とても幸せです。ありがとうございました。

■書誌情報
『続・村井邦彦のLA日記』
著者:村井邦彦
価格:2,970円
発売日:2025年11月17日
出版社:blueprint

『昭和歌謡イイネ!』
著者:横山 剣
価格:1,980円
発売日:2025年9月30日
出版社:小学館

『僕の好きな車』
著者:横山 剣
価格:1,980円
発売日:2018年11月16日
出版社:立東舎

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