創刊から半世紀以上「月刊自家用車」編集長・田中哲也に聞く、専門雑誌の役割と自動車カルチャーの現在地
内外出版社から刊行されている雑誌「月刊自家用車」をご存じだろうか。同社は創業以来、数々のクルマやバイクの雑誌を刊行してきたが、「月刊自家用車」はマイカーを購入する人向けのガイドブックとして親しまれている。高度経済成長真っ只中の1959年に刊行された、老舗のクルマ雑誌として名高い存在だ。
クルマの雑誌は数あるものの、スペックやデザインなどに注目したものがほとんどである。そんななか、「月刊自家用車」のように購入方法を取り上げる雑誌は少なく、バイヤーズガイドとして購入する人も多い。具体的には、値引きが大きいクルマなどのお得情報から、納期が早い情報など、実用性の高い内容が盛りだくさんなのだ。
そんな老舗の自動車雑誌の編集長を現在務めるのが田中哲也氏である。今や、クルマに関する情報はネット上に氾濫している。さらには若者のクルマ離れが懸念されたり、EV車の普及など、クルマを取り巻く環境は変化が著しい。そんな時代において、田中氏はどんな思いを込めて編集しているか話を聞いた。
■「月刊自家用車」編集者としての原点
――まず、田中さんが編集者を志したきっかけから教えてください。
田中:教師だった父の教え子に新聞記者をしている方がいて、小学生の頃から文字に関わる仕事がしたいと思っていました。大学卒業後に出版業界に就職し、20年前に内外出版社に転職しました。「アールシー・スポーツ(RCスポーツ)」に編集として入ったものの、雑誌が数年で休刊になったため、「オートメカニック」編集部に異動しました。
――そこから「月刊自家用車」の編集に関わるようになった経緯を教えてください。
田中:もともとクルマが好きだったことがあり、いつの間にか「オートメカニック」と「月刊自家用車」両方の編集を担当するようになりました。2017年の4月号からは「月刊自家用車」の編集長になりましたが、しばらく両誌の編集長を兼ねる時期が続きました。
――編集長として大変なことはなんでしょうか。
田中:順風満帆にいっているときはいいのですが、問題はトラブルになりそうなときや、トラブルを回避しなければいけないとき。そんなときにいち早く“手当て”をするのが自分の役目だと思っています。
クルマ雑誌で厳守しなければいけないのは、情報解禁日です。これを破ると、メーカーにもダメージがありますし、株価にも影響することがある。謝罪だけでは済まないこともあります。こういったトラブルを回避できるよう、常日頃から細かい気配りを忘れないことは、編集長の大切な仕事です。
■老舗雑誌としての責任と維持
――「月刊自家用車」は老舗雑誌として長い歴史があります。
田中:創刊されたのは1959年です。まだクルマが普及していない時代で、高嶺の花でした。首都高速道路も完成していないし、舗装もされていない砂利道の一般道も珍しくありません。ドライブしたら、車体が泥だらけになる時代です。ちなみに、日本のパトカーが白黒に塗り分けられているのは、泥はねが目立たないようにするためともいわれています。
創刊号を読むと、買った人や乗った人のインプレッションから、車のメンテナンスなどの情報も事細かに掲載されています。クルマにまつわる実用本位の様々な情報を紹介する編集方針は、創刊時から一貫していますね。
――マイカーが憧れだった時代に雑誌を創刊したのは、時代を先取りしていたのですね。
田中:初代社長は新聞記者でした。社会や情報の最前線にいたわけで、これからは“クルマが来る”と感じ取ったのでしょうね。会社を立ち上げて軌道に乗り、雑誌が現在まで続いているわけですから、やはり創業社長の先見の明はすごいと思います。
――歴代の表紙を見ていると、日本のクルマの歴史を俯瞰できます。
田中:クルマの流行はもちろんですが、社会の空気感がわかります。表紙に女優やアイドルを起用しているのがバブル期だったり。読み返すと記事から広告まで興味深いものが多く、バックナンバーを手にすると面白くてつい読みふけってしまうことがありますね。
■クルマ雑誌として独自路線を貫く
――読者はどんな方が多いのでしょうか。
田中:クルマを買い替える時期に、数か月前から読み始める人が多いですね。以前、弊誌を参考にクルマを買った方が、買い替えの際に再び買ってくださることもよくあります。記事の内容を信頼してくださる読者が多いのは、本当にありがたいですね。
弊誌の記事の中で重要であり人気なのが値引き情報です。この原稿を長く担当されているのが松本隆一氏です。「月刊自家用車」で40年以上執筆いただいており、自動車界の生き字引のような方です。
また注力しているのは、手に入れて満足できるクルマを提案することですね。現在では買ったけれど故障ばかりで失敗した……なんてクルマはまずないでしょうが、そのぶん家族構成や子どもの成長など、ライフステージに合わせた選び方など、きめ細やかな提案を行っています。
――WEBメディアとの差別化はどのように図っているのですか。
田中:弊誌のWEBサイト「月刊自家用車WEB」はとても好評です。メディアとしても確実に成長しているのを実感しています。WEBの価値はしっかりとあります。現状では、雑誌の締切日に間に合わなかった情報を補完するなど、紙とWEBでは、うまく棲み分けができていると思います。
今後、どこかの時点でWEBと紙のポジションが逆転することがあるかもしれませんが、できるだけ紙での刊行は続けていきたいと考えています。やはりリアルな「物」としての雑誌の信用度は格段に違います。ネットにも有益な情報はたくさんありますが玉石混交ですね。実際、弊誌から勝手に引用してWEBの記事を作っている場合も見受けられます。とても困ったことなのですが……。
――そんなことがあるのですか(笑)。しかし、WEBと紙、それぞれの特性を理解して巧みに使い分けているのがいいですね。
田中:速報性ではネットに軍配が上がりますが、紙の強みは“一覧性”があることです。例えば、ミニバンを買おうという人に向けた記事で、比較検討すべき車種がある場合は、表で俯瞰的に見られるように誌面を構成しています。
ほかには、インパネ(注:インストルメントパネル。運転席の前に設置されたパネルのこと)などの写真を車種ごとに並べてみるといった記事は、紙がわかりやすい。読者に伝わりやすいように情報を整理し、しっかりと届けられるように工夫しています。
■読者と密なコミュニケーションを図る
――“電話相談”という、今ではあまり見かけない企画も人気だそうですね。
田中:現在も月1回、電話相談を実施しています。先ほどお話した松本氏が電話を受けます。これからクルマを買う人が、心配事や気になること、人気車を値引いてもらうコツなどの疑問を、松本氏に直接ぶつけることができます。
クルマが必要不可欠だが車検がまもなく切れるので、納期が間に合う車種を教えてほしいという相談があったとします。そんなときは、今乗っているクルマを下取りに出すのを納車まで延ばしてもらい、納車のタイミングまで下取り額を据え置きのまま引き渡す方法といった具合に相談に合わせた具体的な方法を紹介しています。
――さすが自動車業界の生き字引。相談相手に合わせて回答ができる松本さんはすごいです。
田中:相談はさながら漫談のように盛り上がってます(笑)。松本氏は新しい情報を常にインプットしていますし、ディーラーのネットワークも本当にすごい。編集部としても絶大な信頼を置いています。
――読者との距離感の近さも魅力ですね。
田中:読者の方がクルマを買うときに同席しているアドバイザーのような存在でありたいと思っています。ただ「月刊 自家用車」をディーラーに持っていくと、眉をひそめられることがあるかもしれません(笑)。
■クルマとの付き合い方が変化していく
――「月刊自家用車」が目指す方向性について教えてください
田中:クルマの購入方法をガイドする雑誌という基本理念は変わりませんが、今はクルマの買い方ひとつ見ても、いろいろな方法があります。キャッシュだけではなく、クレジット、残価設定ローンなど、様々なシチュエーションに応じた記事を作っていくことが大事だと考えます。
たとえば任意保険が含まれるサブスクのプランは、得か損かを検証したり、時代に合わせたカーライフを提案していきたいと思います。
――クルマを取り巻く社会や価値観は、大きく変わっています。
田中:クルマがあると毎日がもっと楽しくなるということはこれからも主張していきたいですし、カーライフの間口を広げていきたいと思っています。また、WEBも進化させていきたい。紙と違ってページ数や締め切りなどの制約もありませんからね(笑)。
また、自動車業界にも大きな変化があります。今後、自動車業界がEV(電気自動車)に向かっていくのは間違いないでしょう。EVは業界にとっても大変革です。メーカーも製造方法が変わるでしょうから。
――EVについても積極的に取り上げていく予定でしょうか。
田中:税制を含めて、今後国の方針が大きく変わっていくと思います。そんなとき、EVは購入するのがいいのか、それともEVこそサブスクの方がいいのかは読者としても大きな関心事になるでしょう。EVは従来のガソリン車とは立ち位置が違います。雑誌としては読者のためにも、しっかりと追跡し、取り上げていきたいと考えています。