刊行70余年を経て太宰治『人間失格』がちくま文庫に 解説に多和田葉子
太宰治『人間失格』(ちくま文庫)が筑摩書房より12月12日に発売される。
太宰治の代表作『人間失格』は、筑摩書房がかつて刊行していた雑誌「展望」から生まれた作品。昭和23年、「展望」6月号からスタートした「人間失格」の短期連載は8月号で完結するも、その掲載を見ずに太宰は入水。その年の7月に単行本『人間失格』が刊行され、20万部のベストセラーとなった。今日に至るまで、『太宰治全集』の刊行や小説新人賞・太宰治賞の創設など、長きにわたり太宰治との関係を繫ぎ続けてきた筑摩書房から、ちくま文庫が40周年を迎えるこの12月、ついに『人間失格』が文庫化される。解説は作家の多和田葉子、作家案内は太宰治研究の第一人者である安藤宏がつとめる。
太宰治と筑摩書房
太宰治と筑摩書房創業者の古田晁の間には、深い親交があった。昭和16年8月には、太宰治の短編集『千代女』が筑摩書房から刊行されている。これは筑摩書房が創業した翌年のことで、筑摩書房が出版した、17冊目の本だった。
その後も昭和20年に『お伽草紙』刊行、昭和21年には「展望」6月号に戯曲「冬の花火」掲載、昭和22年の「展望」3月号に「ヴィヨンの妻」掲載、昭和22年8月『ヴィヨンの妻』刊行と続く。またその頃、太宰の働きかけで『井伏鱒二選集』が企画され、太宰はその編纂にも関わっていた。酔って筑摩書房の社屋に担ぎ込まれた太宰が、翌朝そのまま社内にいて、上機嫌な様子で若い編集者相手に『井伏鱒二選集』のあとがきを口述していた、というエピソードも伝わっている。古田が太宰に執筆のための宿を世話することもしばしばであった。
筑摩書房の太宰治全集
筑摩書房は、昭和30年(1955年)以来、11次にわたって『太宰治全集』を刊行している(文庫版を含む)。11種類の全集の累計部数は、160万部を超える。今も太宰治が書き残したことばを、小説からアフォリズムにいたるまで、『文庫版 太宰治全集』全10巻で読むことができる。
多和田葉子(解説より)
彼は仮面を何枚もかぶっていて、最後の一枚を脱いでも芯の部分には何もない。それは彼が特殊な「中身空っぽ人間」だからではない。多くの人の場合、ある種の鈍感さから、仮面を仮面と気づくことさえなく、それも皮膚の一部だと思って複数の仮面を融合していくうちに、それが内側と外側から襲ってくる欲望と混ざり合って、「自分」の手触りがいつの間にか出来上がっていくのに対し、葉蔵の場合は低体温のため、いかなる融合も起こらず、ずっと孤独なままなのである。
安藤宏(作家案内より)
すでに心身共に、太宰は限界に達していたようである。「ダメな自分」を究極の言葉で語ることに腐心し、刀折れ、矢尽き、結果的に作者みずから生きることの「失格」を演じることになってしまった痛ましい足跡がここにある。
■書誌情報
『人間失格』
著者:太宰治
価格:792円
発売日:2025年12月12日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま文庫