【漫画試し読み】『メダリスト』の次に来るスポ根漫画? 男子バレエの過酷さと美しさを描く『氷の鱗』
『メダリスト』を筆頭として、本格スポーツ漫画の大ヒットが見られる近年。「くらげバンチ」で2025年9月から連載が始まった『氷の鱗』(原作:岩井勇樹、作画:Jicco)は、そうした流れの最前線に立つ作品だ。男子クラシックバレエという珍しい題材を通して、競い合うことの残酷さと美しさを描き出している。
【漫画試し読み】『氷の鱗』不登校の少年が出会ったのは美しくも残酷なバレエの舞台
主人公の櫻庭真央(マオ)は、他人と上手くコミュニケーションすることができず、幼い頃から孤立を経験してきた少年。現在は中学三年生だが、学校には通っておらず、家にこもって絵を描く日々を送っていた。
その人生に転機が訪れたのは、実家の飲食店の手伝いでとあるバレエスタジオに訪れたときのことだ。世界的に有名なバレエダンサー・吉谷霞の踊りを目にした瞬間、その美しさに魅入られてしまう。そしてバレエダンサーたちの踊りをスケッチしていたところ、吉谷から“観察の天才”であることを見抜かれ、バレエの世界に誘われるのだった。
同作の面白さは、こうした設定の秀逸さにある。「持たざる者が、実は誰よりも特別な存在だった」と明らかになっていくカタルシスが詰まっているからだ。
マオは他人の気持ちを想像して言葉を発することを苦手としており、周囲から「普通にしろ」と責められてきた記憶をもつ。亡くなった母親からも自分は「普通」になれないと告げられたらしく、心を箱に入れてフタをするような生き方を選んだという。ここにあるのは、自分が生きていることの価値すら疑ってしまうほどの絶望的な孤独感だ。
しかしそうした特性と表裏一体の才能として、マオは常人とはかけ離れた精緻な観察眼を持っていた。そして吉谷との出会いによってその才能が開花し、一切知識がない初心者でありながら急速にバレエを習得していく。第2話では、マオが未経験者にはできるはずがない4回転のピルエットをわずか30分で成功させ、吉谷とその教え子たちを驚愕させる……という痛快なドラマが描かれていた。
社会に上手く馴染めない“持たざる者”が、実は驚くべき才能を秘めていたという展開のダイナミズムは、『メダリスト』にも共通する部分がある。読者がその姿に共感を誘われ、思わず応援したくなってしまうという意味で、とても魅力的な物語の導入と言っていいだろう。
マオを待ち受ける過酷な競争社会の現実
その一方で、同作で描かれるバレエの世界は美しさだけでなく残酷さにも満ちているのが大きな特徴だ。マオは才能があるがゆえに、厳しい競争社会の圧力に晒されることになる。
たとえばマオにとって、吉谷は自分の才能を見出してくれた恩人という位置づけだ。出会ったときに言った“ここでは常識や「空気を読む」ことなど必要ない”という言葉は、マオにある種の救いをもたらしたはずだ。しかし吉谷は決して善人というわけではない。
吉谷はクールな見た目とは裏腹に野心に燃える人物であり、その目的のために計算尽くで動いている節がある。マオをバレエダンサーとして育てたいという想いは本物かもしれないが、そのためには彼を傷つけることすら厭わないといった危険性が垣間見える。
またマオという“天才”が突如として現れたことで、吉谷の弟子たちのあいだで緊張感が走ることに。とりわけ強烈なインパクトを与えるのが、教え子たちのなかで一番の実力者である三橋瑛史の存在だ。彼は吉谷に対して歪んだ愛情を寄せているようで、表向きはやさしい態度でマオに接するものの、その裏側にはどろどろとした嫉妬と競争心が渦巻いている。
マオが初めての発表会に挑むというエピソードでは、そうした周囲の人々の思惑が交錯した結果、衝撃的なラストを迎えていた。華やかなバレエの世界が舞台となっている同作だが、今後も容赦なく競争社会の生々しい現実が描かれていきそうだ。
世界のどこにも自分の居場所を見出せなかった少年の孤独な挑戦は、どんな道筋を辿っていくのか……。同作は始まったばかりの新連載ながら、すでに“次に来るスポ根漫画”の筆頭という風格を醸し出している。