歴代受賞者は2人だけーー50年前に「ビッグコミック賞」でデビューした天才漫画家・一ノ関圭が描いた傑作とは?

 先ごろ、小学館クリエイティブより、漫画家・一ノ関圭の画業50周年を記念した自選集『思色』(おもひのいろ)が刊行された。

 一ノ関圭は、1950年生まれ。1975年、東京藝術大学大学院在学中に投稿した「らんぷの下」にて、第14回「ビッグコミック賞」を受賞(「夢屋日の市」名義)。余談だが、そのときの「ビッグコミック賞」は、「佳作」を谷口ジロー、「準佳作」を弘兼憲史が受賞しており、そのことからも、いかに一ノ関の投稿作が力作だったかがうかがえよう(さらにいえば、「ビッグコミック賞」の歴代受賞者は、「神鷺」の戸峰美太郎の他は、この一ノ関だけである)。

 『思色』は、B5判(雑誌サイズ)の大判コミックス。最新のデジタル技術により生原稿をスキャンしているため、一ノ関の艶(なまめ)かしくも力強い描線が原画に近い形で再現されている。また、今回の本では、著者によるセリフの加筆・変更が施されているので、既刊の単行本・文庫などをお持ちの方は、見比べてみるといいだろう。

 それでは、以下に簡単にではあるが、収録作(全9作)の中から、主だったところをいくつか紹介してみたい。

日本の洋画界の黎明期を描いた「らんぷの下」と「裸のお百」

 「らんぷの下」は、明治期の天才洋画家・青木繁に翻弄された男女の物語。

 明治42年――売れない画家の柘植は、青木繁の元恋人・すなほの部屋に転がり込んでいた。薄暗いランプの灯りの下で、すなほをモデルにして夜な夜な絵を描き続ける柘植。彼の中では青木への嫉妬心と、すなほへの愛と憎しみが入り混じっていたのだが、ある“事件”を境(さかい)にして、彼はすなほと「和解」する。しかし、ひょんなことからすなほが隠していた「絵」を見てしまい……。

『思色』収録作「らんぷの下」より (C)一ノ関圭・小学館クリエイティブ

 「処女作には作家の全てがある」――とはよくいわれることだが、本作にも、凛としたヒロイン、美術の世界の光と闇、歴史上の人物とオリジナルキャラの組み合わせ、謎解きの妙など、のちの一ノ関作品を彷彿させる要素が散りばめられている。何かと絵の巧(うま)さが論じられがちな作家ではあるが、ドラマ作りの巧(たく)みさも、この時点から抜きん出ていたということがわかる一作だ。

 「裸のお百」も、「らんぷの下」同様、日本の洋画界の黎明期を描いた作品である。こちらは、美術団体「白馬会」の黒田清輝や久米桂一郎らに見出され、日本人離れした「肉体」を「武器」に、ヌードモデルとして成り上がっていった女性・お百の物語。

 作中では、じっさいに起きた「腰巻事件」(白馬会の展覧会で、警察により、裸体画が布で覆われた事件)なども織り込まれるが、なんといっても、物語のクライマックス――お百と恋仲になる若き画家“らくだ”が、裸の男女が入り乱れる巨大な油彩画に挑む姿が圧巻だ。

『思色』収録作「裸のお百」より (C)一ノ関圭・小学館クリエイティブ

 絵描きもモデルも、「洋画」という得体の知れないものに対して、青春の全てをぶつけられた熱い時代だった。

写楽は「誰か?」ではなく、「いかにしてなったか?」

 一ノ関圭には、曲亭馬琴の半生を描いた「水茎」や、本書にも第1話が収録されている、三代目・広重の物語「茶箱広重」など、江戸時代の出版界・美術界をモチーフにした作品がいくつかあるが、現在「ビッグコミック増刊号」で不定期連載中の「鼻紙写楽」シリーズもまた、それらと同じ系譜に属する作品である(『思色』には、同シリーズの事実上の第1話である、「第二場 卯之吉 その二」が収録されている)。

 タイトル通り、主人公は“謎の絵師”写楽だが、一ノ関は、本作の謎解きの部分を、写楽の「正体は誰か?」ではなく、「いかにしてなったのか?」という観点から掘り下げていく。つまり、本作では写楽の正体は物語開始早々明かされており、その正体とは、上方の絵師・流光斎如圭である。

『思色』収録作「鼻紙写楽」より (C)一ノ関圭・小学館クリエイティブ

 ちなみに「写楽の正体」といえば、『増補浮世絵類考』にそれらしい記述があるため、阿波の能役者・斎藤十郎兵衛が有力だとされているのだが、一ノ関はあえて、如圭説を採った。それは、事実(史実)がどうであれ、漫画家にとっては、「漫画として、どの説に説得力があるか」が一番大事だからだ(詳しくは、巻末掲載のインタビューを読まれたい)。

1つの道を突き進もうとする人間の逞しさ

 さて、ここまで紹介してきた作品は、江戸と明治の違いこそあれ、いずれも美術をモチーフにした作品だが、『思色』には、その他にも、「日本で3番目の女性医師」になった高橋瑞子の物語「女傑往来」や、日常の隙間に潜む非日常を描いた現代劇「すがの幸福」、「ほっぺたの時間」、「クレソン」など、さまざまなジャンルの作品が収録されている。それはもちろん、一ノ関圭という漫画家の引き出しの多さの表われでもあるのだが、1つの道を突き進もうとする人間(多くの場合は女性)の逞しさが描かれている――という点では、ほとんど全ての作品は同じ方向を向いている、ともいえよう。

 いずれにしても、寡作な作家ゆえ、「画業50年」にしてはあまりにも作品数が少ないのだが、その1つ1つが、魂を削るようにして描かれた傑作であるのは間違いない。本書の収録から漏れた作品も、2冊の文庫(『らんぷの下』、『茶箱広重』)にほぼ収録されているので、興味を持った方はそちらも読んでみるといいだろう(※)。

※『鼻紙写楽』は文庫化されておらず、「第一場」から「第三場」(および「幕間」)までがA5判のコミックスに収録されている。それ以降のシリーズは現在単行本未収録。

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