『もののけ姫』の原点はここにありーー宮﨑駿が『シュナの旅』で描いた自然と人間の物語

 本日8月29日21時より、「金曜ロードショー」(日本テレビ系列)にて、宮﨑駿監督の『もののけ姫』(1997年)が放送される。そこで本稿では、同作の原点の1つともいえる、宮﨑による絵物語『シュナの旅』(徳間書店・アニメージュ文庫)を紹介したいと思う。

 なお、1993年に、『もののけ姫』という題名の絵本が徳間書店より発売されているのだが(編集・発行はスタジオジブリ)、こちらは、1980年に宮﨑がTVスペシャル用の企画案として描いたイメージボードがもとになっており、その内容は、物の怪(もののけ)の妻となった武将の娘が、父に取り憑いた悪霊と対決する、いわば宮﨑版『美女と野獣』――つまり、のちに同じ題名で映画になった物語とはまったく異なるものである(強いていえば、絵本のヒロイン「三の姫」の名が、映画の「サン」に受け継がれていたりはするのだが、物語そのものがまったく別物になっていった経緯については、文春文庫『ジブリの教科書10 もののけ姫』などを参照されたい)。

 むしろ大まかなストーリー展開が近いのは、前述の『シュナの旅』であり、中でも、主人公・アシタカのキャラクター造形は、同書の主人公(シュナ)のそれをそのまま転用しているといっても過言ではないだろう。

『もののけ姫』より © 1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND

※以下、『シュナの旅』のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。(筆者)

チベットの民話を元にした、「金色の種」をめぐる物語

 『シュナの旅』は、1983年に刊行された、文庫サイズのオールカラーの絵物語である。

 主人公は、シュナという名の小国の王子。彼が暮らす辺境の痩せた土地では、ヒワビエの苗がわずかな実りを与えてくれるのみだ。

 そんなある時、シュナは、世界を経巡(へめぐ)って来たとおぼしき瀕死の老人を助ける。自身もまたとある国の王子だったという老人はシュナに、「西の彼方、大地果つるところに、黄金の穀物が豊穣の波となってゆれる土地があるらしい」といい、「見たことのない実」を渡して息絶える(しかし、その実は脱穀されているため、畑に撒いても発芽はしない)。

 以前より不毛の地に暮らす民を救いたいと考えていたシュナは、「大地の果て」を目指して旅に出る。生きた「金色の種」を手に入れるために。

 ちなみに、宮﨑によると、この物語は、チベットの民話『犬になった王子』が元になっているのだという。『犬になった王子』は、「穀物を持たない貧しい国民の生活を愁えたある国の王子が、苦難の旅の末、竜王から麦の粒を盗み出し、そのために魔法で犬の姿に変えられてしまいますが、ひとりの娘の愛によって救われ、ついに祖国に麦をもたらす」(『シュナの旅』「あとがき」より)という物語。

 『シュナの旅』では、この「ひとりの娘」に相当するのが、シュナが旅の途中で救い出す奴隷の少女・テアであり、「竜王」が、「神人」という謎の存在(最後までその正体は明かされない)である。

旅の果てでシュナが見た、恐るべきこの世のシステムとは

 旅の途中でシュナは都に立ち寄り、この世の厳しい現実を知ることになる。そこでは、人間が商品として売り買いされ、また、シュナの求める「金色の種」も市場で山積みになっているのだが(ただし、これらも全て脱穀されたものである)、誰も、それがどうやって作られ、何者によって管理されているのかを知らない。

 このことは、袋詰めになってスーパーの棚に置かれている穀物しか見たことのない現代の都会人や消費社会(いまならさしずめ“令和の米騒動”)を揶揄しているともとれるが、シュナはやがて「大地の果て」に辿り着き、そして、「神人の土地」へと静かに足を踏み入れていく。

 そこでシュナが見たのは、超自然的な「金色の種」の生成システムだった。「神人の土地」とは、海に囲まれた緑豊かな島であり、その中心には、生きた謎の構造物がある。そして、夜になるとどこからか円盤が飛んで来て、構造物に“何か”を注ぎ込んでいくのだ。“何か”とは、無数の人間(おそらくは人買いが集めた奴隷たち)であり、やがてシュナは、構造物の中から燐光を放つ水と、四方にひろがる畑に向かって「金色の種」を吐き出す巨人たちが出てくるのを見る。

 そう、シュナが求めていた種の“原料”は人間であり、神人はおそらく、このシステムを独占するために、脱穀した種しか流通しないようにしているのだ。これは、いわゆるターミネーター種子(遺伝子操作により、発芽できないようにしている種子)の問題点を想起させもするが、それと同時に、「生命の再生」を象徴しているともいえなくもない。

 「神人の土地」では、時の流れが早く、巨人たちが大地に吐き出した(蒔いた)種はすぐに育ち、シュナは水路(これがたぶん、人間と神人の世界を分かつ最後の境界線である)を越え、穂を盗み出す。

 そして――おそらくは、神の領域を汚した代償だろう、シュナは、心を崩壊させてしまう(シュナが旅の途中で出会った老人によると、「神人の土地におもむき、もどった者はいない」そうだが、それは、かの地を訪れた者がいたとしても、ほとんどが精神を破壊されてしまうため、誰も「真実」を語ることができないからだ)。

ジブリ映画のエッセンスが詰め込められた物語

 ここから先の物語については、ぜひ、実際に『シュナの旅』を読んでいただきたいと思うが、「呪われた王子がひとりの娘の愛によって救われる」という展開は、元ネタの『犬になった王子』と同じなので、ご安心(?)を。

 なお、冒頭で私は、アシタカのキャラクター造形はシュナの転用だと書いたが、我が身に降りかかった理不尽な呪いを祓うために異界への旅に出たアシタカと、人々を救うために呪われた土地に自ら足を踏み入れていったシュナの行動原理は、大きく異なるといっていいかもしれない。

 いずれにせよ、この『シュナの旅』という絵物語は、『もののけ姫』の原点の1つであるだけでなく、『天空の城ラピュタ』(1986年)と『風の谷のナウシカ』(1984年)をつなぐ物語ともいわれており、また、宮崎吾朗監督の『ゲド戦記』(2006年)では、ル=グウィンの原作とともに、「原案」としてクレジットされている。そう、スタジオジブリの映画を読み解く上で、本作は絶対に欠かせない一作であり、未読の方はぜひ読んでいただきたいし、既読の方は、読み返すたびに新たな発見があるだろう。

※『シュナの旅』および『もののけ姫』における著者/監督のクレジットは、「宮崎駿」となっていますが、本稿では、近年の正式表記である「宮﨑」名義で統一しました。(筆者)

■放送情報
『もののけ姫』
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、8月29日(金)21:00~23:49放送
※放送枠55分拡大 ※ノーカット
声の出演:松田洋治、石田ゆり子、田中裕子、小林薫、森光子、美輪明宏、森繁久彌ほか
原作・脚本・監督:宮﨑駿
音楽:久石譲
主題歌:米良美一
©1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND

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