命をかけてやるものに巡り会う必要はないーー漫画『今どきの若いモンは』吉谷光平、高校生に“働き方”を語る

 千葉県の高校図書館職員が選ぶ「生徒に読んでほしいイチ推し本」の一つに『今どきの若いモンは』(吉谷光平/サイコミ)が選出された。その縁から、千葉県立小金高等学校にて著者・吉谷光平による講演会が2025年7月25日に行われた。

吉谷光平

 就職・進学を控えた高校生が、作家との交流を通じて、自らの将来を考える上での新たな視点や人生の指針を得ることを目的に開催された本講演。吉谷は小金高校の図書館に迎え入れられると、県内14の高校から集まった約70名(教師含む)を前に「学校の先生って普段この光景で仕事してるってことですよね。緊張しますね」と笑顔を見せた。

 自らスライドを作成し講演会に臨んだ吉谷。本格的に漫画を描き始めたのは大学2年生、20歳の頃だったそう。描き始めて2作目で賞を受賞し、華々しくデビューを飾ったようにも見えるが、そのまま漫画家の道には行かずに就職。理由を問われると「無理と思っていたんですよね。デビューはしたけど、その時にはもう内定も決まっていたので。今考えると『もっと前のめりに行けよ!』と思いますね」と笑いながら思い返していた。

 しかし、就職後2年ほどで仕事を辞めてしまったらしく「半ばヤケクソで上京して、2年ほど経った26歳の時、『ナナメにナナミちゃん』(講談社)という漫画を連載させていただいたのですが、これが絶望的に売れなくて。その後もコンスタントに作品を発表してはいたのですが、28歳の時に『今どきの若いモンは』(サイコミ)の連載を始めるまでは打ち切りの連続でした」とヒット作家になるまでの苦労を語る。

 吉谷は、進路に悩む学生に対して大人が使う「好きなことをすればいいじゃん」という常套句について話が及ぶと「よく聞きますけど、『ねえよそんなもん』って思う人もいると思いますし、結構暴論だと思っています。もちろんみんなオムライスが好きとかはあると思いますが、じゃあオムライス作ることに命賭けたいかって言われるとまた違ったりするじゃないですか。なので、その『好き』の方向性とかはちゃんと考えたほうがいいと思う。

 あとはやってみたら『ちょい好きくらいだったけど意外と向いてるわ』みたいなことって結構あるので、別に死にはしないし、気楽にじゃないですけど『絶対好きなことを探さなきゃ!』とか『命を賭けてやるものに巡り会わなきゃいけない』とか思う必要はないんじゃないかなって思います。僕自身、漫画が好きっていうのもあったけど、12〜13時間椅子にずっと座るのが苦じゃなかったんですよ。アクティブに動き回る仕事をしている人からみたら狂気の沙汰ですよね」と私見を述べる。

 続いて、「よく『努力は報われますか』という問いも聞きますが、僕は100%報われる、報われないのは目標を見誤っていただけだと思っています。僕はここ数年趣味でキックボクシングを始めたんですけど、仮に僕が明日プロの一番強い人と戦って勝つことを目標にしたら100%負けます。それで『頑張ったのに努力報われないじゃん!』って言ってもそれは目標の設定がおかしいじゃないですか。でも、頑張った分は上昇しているはずなので、そこをちゃんと見てあげればいいんじゃないかな。怖いし嫌は嫌ですけど、やっぱり失敗は成功のもとなので失敗しまくったほうがいいんじゃないかなと思います」と生徒たちの背中を押した。

公演中、時にジョークを交えつつ、生徒の背中を押す言葉を送っていた

 質問コーナーでは、モデルがいるかといったキャラクター造形についてや作品を作る上での心構えについて問われた吉谷。逆に生徒へ「こういう大人嫌だなって思うところを教えてください」と質問を飛ばすと「自分はよく考えている方だと思っているんですけど、それを『多感な時期だから』で片付けられてしまうのはどうなんだろうと思います」と鋭い返答が。これには吉谷も「気をつけます」と苦笑。


 続けて吉谷は「大人からの意見として、めんどくさいから言っちゃってる人もいるかもしれないけど、本当にそう思っている場合もあるんですよ。大人になって映画とか見ても、すごい感動してボロボロ泣いちゃうみたいなことが減ってくるんです。面白いなと思ってもちょっとしたら忘れちゃうとか。それが『多感ではない』ということだと思うんです。だから、本当の意味で『今を大事にしてほしい』って思って言ってる大人もいるかもしれないから、そういう人との縁は大事にしてあげてください」と作家ならではの視点で言い添えた。

 吉谷から生徒への「多様性についてどう思うか」という問いでは、まずこの言葉が好きか嫌いかで「嫌い」と答える生徒が過半数を占めた。吉谷は結果に少し驚きつつ理由を伺うと、生徒の一人が「『多様性』という言葉だけで 何でも片付けるというか、何も考えず根拠もなく『多様性の時代だよ、今は』みたいなことばかり言う人がいて……」と回答。

質問・逆質問コーナーでは率先的に発言してくれる生徒も

 続けて別の生徒が「例えば、人に迷惑をかける権利が認められていないのと同じように、『多様性を害す多様性』は社会的に認められていないじゃないですか。ということは『多様性』という言葉に限界があって、広く許容しているようで一部拒絶しているアンビバレントな感じがある言葉なのでちょっと嫌いになりました」と述べると吉谷もその視点に感銘を受けていた。

 最後に吉谷は「もう1個だけ、今日僕がここに来たのは完全に(小金高校図書館司書の)鈴木さんの熱量のおかげです。学校で講演会をやるとか僕も初めてのことだったんですけど、鈴木さんが僕の漫画を紹介してくれて、生徒さんも色々動いてくれてこの講演会が実現したんですね。『この人に会ってみたいな』『話聞いてみたいな』とかって、意外と熱量を持っていけば無視されることってあんまりないんですよ。

 結構斜に構えて『いやいや無理でしょ』みたいに思っちゃうことってあると思うんです。でも、本当クサイんですけど熱持って、愛を持ってやれば思った通りのことが実現できるんです。疲れた時は休んで、熱持てる時は熱持ってやってもらえたら人生も楽しいんじゃないかなと思います。今日はみなさんありがとうございました」と生徒たちに熱いメッセージを届けて講演会を締めた。

今回の講演会にあたり、吉谷が描き下ろした色紙

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